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第9話 可愛いおめめのぼたんちゃん1

 帰宅後、一旦適当に赤鬼魚を冷蔵庫にぶち込んだ俺は、すぐに女の子の看病に移った。


 女の子はサッと見た感じ、見た目よりも傷を負っていないようだった。だが、それ以上に栄養失調と言うか、全身が俺よりも遥かにガリガリだった。


「ちょっと前の俺以下じゃん」


 鹿肉を手に入れる前、軽めの絶食をしていた俺でさえ、ここまでの衰弱具合ではなかった。


 着ていた服はほとんどぼろ雑巾で、看病している最中に、ほどけるように落ちてしまった。その所為で、肋骨の浮き出た体を目の当たりにした、と言う流れだった。


「……一度見ちゃったものは気にしない! それより風呂だ風呂!」


 まだギリ電気水道ガスがウチには通っているので(隔離地域外に施設があるので生きているのだそう)、この手のそれこれには苦労しないのがいいところ。


 俺はすぐさまお湯を張り、ガリッガリの女の子の体を洗い、その汚れを落とした。


 体に付着した汚れは、血に肉片、固まった皮脂など、散々な状態だった。俺は自分のシャンプー、ボディソープを全部使って、女の子を洗い切った。


「ふぅ……! 疲れる!」


 女の子の全裸、というのは普段なら興奮ものだが、こんな状況ではそんな気にもならない。俺は清潔になった女の子に、自分のお古のTシャツを着せ、ベッドに寝かせた。


 さて、ここまでやったはいいものの、まだ女の子は眠りこけている。


 とすると、次はやはり飯だろう。飯を食わねば始まらぬ!


 俺は満を持して、赤鬼魚の解体に取り掛かった。


「今日の~メインディッシュ~♪」


 急いで帰ってきたので、神経締めは出来ていないが、鮮度は悪くない。日用品なんちゃらスキルの力のなせる技かもな、と思うと愛着も湧いてくる。


 俺はゴリゴリと赤鬼魚の解体に入る。以前鹿で使ったデカイ包丁で赤鬼魚を三枚におろし、更にブロック状に分けて、フリーザーの袋に詰めていく。


「よし、大半は冷凍庫にしまえたな。じゃあここからは刺身……」


 ……のつもりだったが。女の子を見る。衰弱した体に、いきなり生食はきつかろう。


「鍋でも作るかな。最悪汁だけでも啜れればいいだろ」


 急遽俺は鍋に切り替える。鍋は消化に良いはずだ。


 俺は寸胴鍋を持ってきて、赤鬼魚のブロックをさらに一口大に切り分けて鍋にぶち込む。


 野菜も入れたいが、あるのは缶詰だけだ。今回は急ぎなので、缶詰で我慢する。トマト魚介鍋じゃあ!


 他にも相性のよさそうな野菜缶詰をぶち込み、味を見ながら調味料を入れていく。


 あ、赤鬼魚の骨で出汁とればよかった。せっかくデカイ骨だったのに。次はあれであら汁作ろう。


 そうこうしていると、グツグツ煮えてきていい匂いがし始める。一旦これで良いだろう。少し味見して、塩で味を調える。カンペキ!


「ん、ぅ……」


 女の子が、ベッドの上でもぞもぞと動き出す。かと思いきや、バッと激しく飛び上がり、壁を背に、真っ赤な目で俺を睨みつけてきた。


「なっ、何。誰。あなたは―――」


 俺はニッと笑いかけ、問いを投げかける。


「やぁっと起きたな。鍋作ったけど、食う?」






 ちゃぶ台に二人分のご飯と鍋を置く。女の子はまだベッドの上で、警戒した面持ちで俺を見つめている。


 改めて起きてる姿見ると、美少女だな~この子。今はガリガリだけど、栄養状態が良くなれば、絶世の美女になるんじゃないか。


 と、あんまり他人の顔について考えるもんじゃないか、と俺は飯に向き直り、両手を合わせた。


「じゃ、いただきます」


 俺が食べ始めると、女の子はゴクリと唾を飲んで、俺の食事シーンを見つめている。


「……ん? 食べないの? うまいよこれ。トマト魚介鍋」


「……だ、だって、毒……」


「はぁ!? 毒ぅ!? あ、ちょっと待って。冷静に考えたら赤鬼魚に毒ある可能性忘れてた」


 知らない魚なのに普通に煮て食ってるわ俺。大丈夫かな。怖くなってきた。


「ちょ、ちょっと君は食べるの待って。今から調べるから。え、毒ないよな? そしたら死んじゃうぞ俺。ないよな?」


「……」


 女の子が奇妙な目で俺を見つめている。俺は検索し、検索し……。


「た、多分大丈夫! 内臓は取り除いたし、棘っぽいのは鍋に入れてないから、きっとメイビー、平気!」


「……」


 女の子がジト目になる。うっ、そ、そんな目で見ないで……だって食べるものがないんだもの……。


「……怖かったら食べなくていいよ……。一応鹿肉が余ってるし、あとでそっちでおじやみたいなの作ったげるから……」


 俺が言うと女の子は何だか哀れそうな目で俺を見る。かと思えば、しずしずとベッドから降りて、鍋に手を付けた。


「……食べてもいい、んだよ、ね?」


「! もちろん。たくさん食べてくれ。まだまだいっぱいあるぞ!」


 現実で他人とコミュニケーションしたのがマジで数年ぶりで、何かすごくうれしい気持ちになる。


「じゃあ、いただきます……」


 女の子は手を合わせて、手を付け始めた。一口食べる。すると、目を瞠る。


「おいしい……!」


 女の子の、真っ赤な、まるでルビーのような目が輝く。それに俺は、テンションが上がってしまう。


「そう!? いやーよかった~。ここ二週間で料理けっこうしたからさ、お口に合う程度には上達してたみたいだ」


 人に食べてもらって美味しいって言われるの、いいな。すごく幸せな気分だ。この子ガリガリだし、たくさん食べて元気になってもらおう。


 それからしばらく、お互いに無言で鍋をすする。


 いや、我ながらマジでうまい。トマト魚介鍋、正解です。赤鬼魚がぷりっぷりだし、トマトが瑞々しくていい。


 とか思ってたら、女の子が口を開いた。


「……あなたは、誰?」


「ん? ああ、自己紹介ね。俺は物部ものべ たく。そっちは?」


「……け、」


 まるで、喉に骨が突っかかったような物言いで、女の子は言った。


化生院けしょういん 牡丹ぼたん……」


「ふーん、ぼたんちゃんね。よろしくぼたんちゃん」


「っ?」


 女の子改めぼたんが、驚きに顔を上げた。俺は首を傾げる。


「何か苦しそうにしてるけど、骨刺さった? うがいする?」


「……刺さってない」


「あ、俺の勘違い……」


 全然的外れで笑う。俺は引き続き鍋を食らう。


「あ、あなた、は……」


 ぼたんが、苦しげに問うてくる。


「私を、どういうつもりで、ここに……?」


「え? だってあんなボロボロで倒れてたら、とりあえず連れ帰って看病するでしょ。ぼたんちゃん、血まみれ肉まみれだったぞ? もう洗ったけど」


「えっ、そ、そう……―――えっ? 洗った?」


 一瞬スルーしかけたぼたんが、俺に聞く。


 俺はそっと目をそらし、答えた。


「だって服ぼろきれ同然だったし、看病してたら服落ちちゃったし……」


 ぼたんがハッとして自分の服を顧みる。俺が着せた服だと理解して、顔を赤くしてプルプル震えだす。


 俺は咄嗟に両手を合わせて、言った。


「……と、とっておきのスイーツ缶あげたら、許してくれる?」


「―――――。……うん。いいよ。そもそも助けられてる身だし、気にしない……」


 不服そうだが納得してくれた模様。良かった。

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