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第10話 可愛いおめめのぼたんちゃん2

 さて、食事を終えたので、俺は約束通りぼたんにスイーツ缶を餌付けしていた。


「……」


 しばらくは悩んでいた様子だったが、ぼたんはスイーツの欲望に抗えずにスイーツを食べ始めた。


 冷凍のケーキっぽい奴だ。うまいんだよなアレ。自販機で買える高い奴。六百円くらいの。


「~っ♡」


 一口食べたらもう止まらない、という具合で、ぼたんは一口食べてはうっとりとスイーツ缶を咀嚼していた。俺はうんうんと頷き、洗い物に取り掛かる。


 それから数分。一通り終えた俺は、ちゃぶ台前に戻った。


 ぼたんはもうスイーツ缶を食べ終えたと見えて、名残惜しそうに、缶の中のクリームの残りをスプーンですくっている。


「うまかった?」


「……うん。美味しかった。ありがとう……」


「いやいやなんの。このくらいの親切は普通よ普通」


 俺にも少しは普通ができたな、と思うと、誇らしい気持ちになる。


 おうクソ親父。俺にもできたぞ普通がよ。見てっかおいこら。


「にしても、ぼたんちゃん災難だったな」


「あの、……ぼたん、でいい。ちゃん付け、なれなくて」


「あ、そう? じゃあぼたんって呼ぶけど」


「うん。ありがとう」


 お気に召した様子。俺は続ける。


「君さ、多分あれでしょ? 危険S級冒険者と高レベルモンスターの戦争に轢かれて、あんなところで倒れてたんだろ? いやー生きててよかったな! うん」


「っ!?」


 驚いたように、ぼたんが顔を上げる。え、何か俺変なこと言った?


「……そういうこと……」


「え、なに。どうかした?」


 ぼたんは、唇を震わせ、何かを言おうとする。それから、意を決したように、俺を見た。


 真っ赤な宝石のような目が、俺を射抜く。


「―――それ、私。その危険S級冒険者が、私。『怪物』化生院 牡丹」


 ぼたんが、そう断言する。その言葉に、俺は―――




「またまた~」


 おばさんみたいに片手で口を押え、もう片方の手を下に振った。




「っ!?」


「いやー、雰囲気に似合わず冗談とか言うのな、ぼたん。思ったより元気そうで安心したわ」


「あ、あの、ほ、ホント。本当に私、危険S級冒険者……」


「はははっ。そのガリッガリの体で何したら『怪物』なんて呼ばれるんだよ」


「……道路標識引っこ抜いて振り回したり、モンスターを素手で引き裂いたり……」


「うぉ~、華奢な女の子がそれしてたらカッコイイな。それよりさ、このあとどうする? 疲れてるなら寝てて良いし、暇なら何かゲームでもする?」


「……、……、……」


 ぼたんはあわあわと、もどかしそうに手を振って、最後には諦めたらしく、ガクンと肩を落とした。


 生憎と、中二病は付き合ってくれる相手がいた方が、予後が良くないのだ。黒歴史に証人が生まれてしまうからな。ソースは俺。


「……ゲームって、どんなの……? 私、ゲームしたことなくって……」


「マジで!? おっけわかった、じゃあ初心者用の奴一緒にやろう。楽しいぞ~」


 ぼたんがゲームに乗り気なのが嬉しくて、俺はにっこにこでゲームへと誘う。


 何がいいかな。女の子だし可愛い系のゲーム……どうぶつたちが暮らす森へとご招待するか!






 さて、その日の夜のこと。


 俺が夕食に「ぼたん、思ったより元気だし、寿司屋タク開くか」と、準備を済ませて戻ると、テレビ画面にはデカデカと獣狩りの夜が開かれていた。


「……」


「よっ、ほっ、んっ、たぁっ」


 そしてものすごく熱中されているご様子。


 ゲームの動きにつられて体が動いているのが可愛らしいが、何故ゲーム初心者が、人生初めてのゲームで死にゲーをやっているのか。


「ここは前に……! たぁっ! やった勝った!」


 そして高難易度ボスに、しっかり勝っていく。すごいなぼたん。才能があるわ。死にゲーの。


「タク! 勝った! 神父に勝った!」


「ぼたん、やるなぁ……。どうぶつたちとの無人島生活に、ピンときてなかったから自由にさせてたけど、まさか獣狩りを始めるとは……」


 地味に、鍋を振舞った以上の笑顔を引き出しているゲームが憎い。いや、クソ名作だから仕方ないのだが。神父倒せたらそりゃあおもろいよなぁ。


「このゲーム、楽しい……! いつものモンスター狩りの感覚が、ゲームでも……!」


「はいはい。夕飯、寿司作ったけど食う?」


「食べるっ」


 返事もすっかり元気だ。昼のあの緊張感どこ行ったんだよという感じ。


 ということで、俺は寿司を披露することとなった。といっても、ガチの奴は無理なので、手巻き寿司をば。


「「いただきます」」


 二人揃っていだたきます。醤油に付けていただきますだ。


「ん~っ! タク、これおいしい」


「うんうん! イケるなこれ! 赤鬼魚、どんな調理でもうまいわ。名素材だ」


 グロテスクでごつい魚は美味いの法則、あると思う。逆にキレイな魚は毒があるね。カサゴとか。あとは何しても素人は手を出せないフグ。


 そんな訳で、二人してパクパクと手巻き寿司を食らう。


 うまい。そりゃあプロの奴には敵わないが、それでも自分で釣った魚で作った寿司だ。感動もひとしお。


 食べ終え、二人して腹をなでおろす。食った……。最近手に入る獲物がデカいからか、どんどん食ってしまう。油断したら太るなこれ。


 とか考えてると、ぼたんが俺に声をかけてくる。


「タク、ここに住んでるの?」


「ん? ああ。会社辞めて以来、数年間ずっとここだぞ」


「……会社? っていうと……」


「ぼたん、スイーツ缶あげるから指折り俺の年考えるの止めない?」


 二十五を超えた辺りから、年齢のこと考えるの嫌になったんだよね。特に普通ができていない俺はなおさら。


 二十七歳が結婚適齢期ってマ? 死んでいい?


「っていうか、ぼたんは何歳なんだよ。一人で隔離地域ほっつき歩いていい年に見えないが」


「私? 私は十六歳」


「うぐ、ぐ、ぐるじぃ……!」


「タクっ?」


 俺は胸を押さえうずくまる。


 わ、若い。え、助けた女の子が自分より十一歳も年下なのこんなに辛いの? ボーイミーツガール気分でいた自分に気付いて、ものすごく罪悪感が出てきた。


「神よ……許したまえ……」


 十字を切る。ぼたんが俺を見て引いている。俺はそっと祈りをささげる。不埒な考えをわずかでも抱いた俺を許したまえ……。


 ともかくだ。俺は普通の大人の義務を遂行すべく、ぼたんに提案する。


「じゃ、じゃあ、タイミング見て、親御さんのところ連れていかないとな」


「……ううん、要らない。親はもういないから。でも、出ていってほしくなったら、すぐに言って。その日の内に、荷物をまとめて出ていく」


「ちょっと待って。切ない言葉が渋滞起こしてる。理解が追い付いてないのに悲しい気持ちになってるから、一旦スルーさせてくれ」


「タク、繊細だね……」


 ぼたんが、面倒くささ半分、同情半分の目で俺を見る。やめてそんな目で見ないで……(2敗)。


「……この辺りで暮らすの、あんまりおススメしない」


 俺が懊悩していると、ぼたんが言う。


「この辺り、危険だよ。高レベルモンスターだらけ。タクみたいな一般人が住める環境じゃない。しばらくしない内に、SSS級のモンスターも通過するって聞くし」


「え? マジで? でも今のところ野生動物しか出会ってないんだけどな……」


「……そう、なの? 運がいいんだね」


「よく言われるわそれ。実はじゃんけんで負けたことないんだぜ」


 ぼたんに微妙な顔される。おもんないギャグとして受け止められたみたいだ。悲しい。


 ぼたんは言う。


「お世話になったし、避難するなら守ってあげる。大半のモンスターなら相手にもならない。でも、私の名前は避難先で出さない方がいい。私、危険冒険者だから」


「ん? うん、ありがとな。それでさ、ちょっと相談があるんだけど、俺野菜不足を感じてるんだよ」


「話聞いてた?」


 ぼたんに睨まれる。ぶっちゃけ聞いてない。聞いてないけど「聞いてる聞いてる」となだめる。


 中二病は誰にでも来るからな。俺は理解のあるお兄さんなのだ。


「さっきの鍋もそうだけど、野菜を今缶詰に頼っててさ。放置された畑を漁りに行くか、ホームセンターの廃墟から苗を探すかって考えてるんだよ」


「絶対話聞いてない……。……何で野菜? お肉とかじゃないの?」


「肉は余ってる。何なら今朝まで肉しかなくて、耐えかねて釣りに出たくらい」


「『余ってる』って言葉、隔離地域で初めて聞いた」


 ぼたんが目を丸くする。なるほど、やはり隔離地域はどこも困窮しているらしい。


「この通り一人で過ごしてるからな。大物の野生動物の狩りに成功すると、むしろそれの消費に困るんだよ。だから一緒に食べてくれるの、実は助かってる」


「そういうもの……? でも、分かった」


 ぼたんは深く頷いて、俺を真っ赤な瞳で見つめる。


「恩には報いる。好きに使って」


 意志の揺らがない、落ち着き払った態度。そしてその中心で輝く瞳。


 俺はつい、ずっと思っていたことをポロっと口にした。


「ぼたん、可愛い目してるよな。真っ赤で、クリクリしてて」


「えっ」


「あ、ごめん。セクハラだったかも。忘れて」


 コミュニケーションが久々すぎて、距離感がバグっている。うわーやらかしー。


「……っ。……!?」


 見ろよこのぼたんの動揺っぷりを。あーマジこれだからコミュ障は。大反省だ。


 俺はそそくさと立ち上がり、「じゃあお皿洗ってくる」とその場を逃げ出した。

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