さて、食事を終えたので、俺は約束通りぼたんにスイーツ缶を餌付けしていた。
「……」
しばらくは悩んでいた様子だったが、ぼたんはスイーツの欲望に抗えずにスイーツを食べ始めた。
冷凍のケーキっぽい奴だ。うまいんだよなアレ。自販機で買える高い奴。六百円くらいの。
「~っ♡」
一口食べたらもう止まらない、という具合で、ぼたんは一口食べてはうっとりとスイーツ缶を咀嚼していた。俺はうんうんと頷き、洗い物に取り掛かる。
それから数分。一通り終えた俺は、ちゃぶ台前に戻った。
ぼたんはもうスイーツ缶を食べ終えたと見えて、名残惜しそうに、缶の中のクリームの残りをスプーンですくっている。
「うまかった?」
「……うん。美味しかった。ありがとう……」
「いやいやなんの。このくらいの親切は普通よ普通」
俺にも少しは普通ができたな、と思うと、誇らしい気持ちになる。
おうクソ親父。俺にもできたぞ普通がよ。見てっかおいこら。
「にしても、ぼたんちゃん災難だったな」
「あの、……ぼたん、でいい。ちゃん付け、なれなくて」
「あ、そう? じゃあぼたんって呼ぶけど」
「うん。ありがとう」
お気に召した様子。俺は続ける。
「君さ、多分あれでしょ? 危険S級冒険者と高レベルモンスターの戦争に轢かれて、あんなところで倒れてたんだろ? いやー生きててよかったな! うん」
「っ!?」
驚いたように、ぼたんが顔を上げる。え、何か俺変なこと言った?
「……そういうこと……」
「え、なに。どうかした?」
ぼたんは、唇を震わせ、何かを言おうとする。それから、意を決したように、俺を見た。
真っ赤な宝石のような目が、俺を射抜く。
「―――それ、私。その危険S級冒険者が、私。『怪物』化生院 牡丹」
ぼたんが、そう断言する。その言葉に、俺は―――
「またまた~」
おばさんみたいに片手で口を押え、もう片方の手を下に振った。
「っ!?」
「いやー、雰囲気に似合わず冗談とか言うのな、ぼたん。思ったより元気そうで安心したわ」
「あ、あの、ほ、ホント。本当に私、危険S級冒険者……」
「はははっ。そのガリッガリの体で何したら『怪物』なんて呼ばれるんだよ」
「……道路標識引っこ抜いて振り回したり、モンスターを素手で引き裂いたり……」
「うぉ~、華奢な女の子がそれしてたらカッコイイな。それよりさ、このあとどうする? 疲れてるなら寝てて良いし、暇なら何かゲームでもする?」
「……、……、……」
ぼたんはあわあわと、もどかしそうに手を振って、最後には諦めたらしく、ガクンと肩を落とした。
生憎と、中二病は付き合ってくれる相手がいた方が、予後が良くないのだ。黒歴史に証人が生まれてしまうからな。ソースは俺。
「……ゲームって、どんなの……? 私、ゲームしたことなくって……」
「マジで!? おっけわかった、じゃあ初心者用の奴一緒にやろう。楽しいぞ~」
ぼたんがゲームに乗り気なのが嬉しくて、俺はにっこにこでゲームへと誘う。
何がいいかな。女の子だし可愛い系のゲーム……どうぶつたちが暮らす森へとご招待するか!
さて、その日の夜のこと。
俺が夕食に「ぼたん、思ったより元気だし、寿司屋タク開くか」と、準備を済ませて戻ると、テレビ画面にはデカデカと獣狩りの夜が開かれていた。
「……」
「よっ、ほっ、んっ、たぁっ」
そしてものすごく熱中されているご様子。
ゲームの動きにつられて体が動いているのが可愛らしいが、何故ゲーム初心者が、人生初めてのゲームで死にゲーをやっているのか。
「ここは前に……! たぁっ! やった勝った!」
そして高難易度ボスに、しっかり勝っていく。すごいなぼたん。才能があるわ。死にゲーの。
「タク! 勝った! 神父に勝った!」
「ぼたん、やるなぁ……。どうぶつたちとの無人島生活に、ピンときてなかったから自由にさせてたけど、まさか獣狩りを始めるとは……」
地味に、鍋を振舞った以上の笑顔を引き出しているゲームが憎い。いや、クソ名作だから仕方ないのだが。神父倒せたらそりゃあおもろいよなぁ。
「このゲーム、楽しい……! いつものモンスター狩りの感覚が、ゲームでも……!」
「はいはい。夕飯、寿司作ったけど食う?」
「食べるっ」
返事もすっかり元気だ。昼のあの緊張感どこ行ったんだよという感じ。
ということで、俺は寿司を披露することとなった。といっても、ガチの奴は無理なので、手巻き寿司をば。
「「いただきます」」
二人揃っていだたきます。醤油に付けていただきますだ。
「ん~っ! タク、これおいしい」
「うんうん! イケるなこれ! 赤鬼魚、どんな調理でもうまいわ。名素材だ」
グロテスクでごつい魚は美味いの法則、あると思う。逆にキレイな魚は毒があるね。カサゴとか。あとは何しても素人は手を出せないフグ。
そんな訳で、二人してパクパクと手巻き寿司を食らう。
うまい。そりゃあプロの奴には敵わないが、それでも自分で釣った魚で作った寿司だ。感動もひとしお。
食べ終え、二人して腹をなでおろす。食った……。最近手に入る獲物がデカいからか、どんどん食ってしまう。油断したら太るなこれ。
とか考えてると、ぼたんが俺に声をかけてくる。
「タク、ここに住んでるの?」
「ん? ああ。会社辞めて以来、数年間ずっとここだぞ」
「……会社? っていうと……」
「ぼたん、スイーツ缶あげるから指折り俺の年考えるの止めない?」
二十五を超えた辺りから、年齢のこと考えるの嫌になったんだよね。特に普通ができていない俺はなおさら。
二十七歳が結婚適齢期ってマ? 死んでいい?
「っていうか、ぼたんは何歳なんだよ。一人で隔離地域ほっつき歩いていい年に見えないが」
「私? 私は十六歳」
「うぐ、ぐ、ぐるじぃ……!」
「タクっ?」
俺は胸を押さえうずくまる。
わ、若い。え、助けた女の子が自分より十一歳も年下なのこんなに辛いの? ボーイミーツガール気分でいた自分に気付いて、ものすごく罪悪感が出てきた。
「神よ……許したまえ……」
十字を切る。ぼたんが俺を見て引いている。俺はそっと祈りをささげる。不埒な考えをわずかでも抱いた俺を許したまえ……。
ともかくだ。俺は普通の大人の義務を遂行すべく、ぼたんに提案する。
「じゃ、じゃあ、タイミング見て、親御さんのところ連れていかないとな」
「……ううん、要らない。親はもういないから。でも、出ていってほしくなったら、すぐに言って。その日の内に、荷物をまとめて出ていく」
「ちょっと待って。切ない言葉が渋滞起こしてる。理解が追い付いてないのに悲しい気持ちになってるから、一旦スルーさせてくれ」
「タク、繊細だね……」
ぼたんが、面倒くささ半分、同情半分の目で俺を見る。やめてそんな目で見ないで……(2敗)。
「……この辺りで暮らすの、あんまりおススメしない」
俺が懊悩していると、ぼたんが言う。
「この辺り、危険だよ。高レベルモンスターだらけ。タクみたいな一般人が住める環境じゃない。しばらくしない内に、SSS級のモンスターも通過するって聞くし」
「え? マジで? でも今のところ野生動物しか出会ってないんだけどな……」
「……そう、なの? 運がいいんだね」
「よく言われるわそれ。実はじゃんけんで負けたことないんだぜ」
ぼたんに微妙な顔される。おもんないギャグとして受け止められたみたいだ。悲しい。
ぼたんは言う。
「お世話になったし、避難するなら守ってあげる。大半のモンスターなら相手にもならない。でも、私の名前は避難先で出さない方がいい。私、危険冒険者だから」
「ん? うん、ありがとな。それでさ、ちょっと相談があるんだけど、俺野菜不足を感じてるんだよ」
「話聞いてた?」
ぼたんに睨まれる。ぶっちゃけ聞いてない。聞いてないけど「聞いてる聞いてる」となだめる。
中二病は誰にでも来るからな。俺は理解のあるお兄さんなのだ。
「さっきの鍋もそうだけど、野菜を今缶詰に頼っててさ。放置された畑を漁りに行くか、ホームセンターの廃墟から苗を探すかって考えてるんだよ」
「絶対話聞いてない……。……何で野菜? お肉とかじゃないの?」
「肉は余ってる。何なら今朝まで肉しかなくて、耐えかねて釣りに出たくらい」
「『余ってる』って言葉、隔離地域で初めて聞いた」
ぼたんが目を丸くする。なるほど、やはり隔離地域はどこも困窮しているらしい。
「この通り一人で過ごしてるからな。大物の野生動物の狩りに成功すると、むしろそれの消費に困るんだよ。だから一緒に食べてくれるの、実は助かってる」
「そういうもの……? でも、分かった」
ぼたんは深く頷いて、俺を真っ赤な瞳で見つめる。
「恩には報いる。好きに使って」
意志の揺らがない、落ち着き払った態度。そしてその中心で輝く瞳。
俺はつい、ずっと思っていたことをポロっと口にした。
「ぼたん、可愛い目してるよな。真っ赤で、クリクリしてて」
「えっ」
「あ、ごめん。セクハラだったかも。忘れて」
コミュニケーションが久々すぎて、距離感がバグっている。うわーやらかしー。
「……っ。……!?」
見ろよこのぼたんの動揺っぷりを。あーマジこれだからコミュ障は。大反省だ。
俺はそそくさと立ち上がり、「じゃあお皿洗ってくる」とその場を逃げ出した。