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第11話 怪物、化生院 牡丹

 化生院 牡丹の半生は、暗澹たるものだった。


 化生院。それが牡丹の生まれた家の名だ。現隔離地域内では有数の名家で、牡丹はその長女だった。


 ひどく、ひどく厳しく育てられた。化生院の名を背負って生きることを、宿命づけられた生まれ。


 何人かいる弟、妹たちは、ある程度自由を許されて成長したのに対し、長女たる牡丹には、それが許されなかった。


 娯楽などもってのほか。食事もマナーが最優先で、美味しいという感情が先立ったことがない。


 だが、牡丹はそれを受け入れて育った。生まれに対する責任。自分にはそれがあるのだから、仕方がない、と。


 状況が悪くなったのは、学校の友人に、とあるアプリを見せてもらった時のことだ。


『化生院様は、最近流行っている「スキルステータス」というアプリはご存じですか?』


 スキルを得られる魔法が内包されたアプリだという。魔法。ダンジョンから見つかった異質な技術。


 胡乱だと思いながらも、『学友との交流はつつがなくせよ』という教えに従って、牡丹はアプリをインストール、起動した。


 それが、牡丹にとって、大きな転機だった。


『ッ!?』


 牡丹が『スキルステータス』を起動した直後、牡丹の体に大きな変化が起こった。


 長く黒く伸ばしていた髪が、瞬時に真っ白に染まった。日本人らしい茶色の瞳が、真っ赤に色づいた。


 白髪赤目。そんな外見は幻想的で、牡丹は鏡を見て飛び上がった。元々見目麗しいと言われていた牡丹だったが、よりそれが現実離れして見えた。


 スキル名は『吸血鬼』。


 当時、中学一年生だった牡丹は、何だか中二心をくすぐるようなスキルに、友人たちと喜び合った。


 だが、実家はそれに頷かなかった。


『お前は、何という事をしたのです!』


 家に帰るなり、母親から強く平手打ち、叱咤された。事情を説明しても理解など得られなかった。


『やめてくださいっ! お母さま、やめてください!』


 強制的に髪染めされ、付けてもいないカラーコンタクトを外せと、目に指を突っ込まれた。


 だが無駄だった。染めた先から髪は白く色づき、してもいないコンタクトレンズなんて出てこなかった。


『いたいっ、やめてください!』


『お前が化生院の誇りを穢し、そのようなことをするから悪いのです!』


『いたっ、目がつぶれる、やめてください! やめてっ!』


 咄嗟に牡丹は母親を突き飛ばした。それが良くなかった。


 スキル『吸血鬼』は、非常に強力なスキルだ。膂力は常人を遥かに超え、他にも様々な特殊能力を得る。


 故に、まだ力加減の分かっていない牡丹の突き飛ばしは、母親にとって致命的となった。


『え……? お母、さま……?』


 牡丹はその日、母親を殺した。壁に全身を打ち付け、母親はぐったりとその場に崩れ落ちた。


 呆然自失となっているところに、家の者が集まってきて、何事かと問うた。それに答えることは、牡丹には出来なかった。


 結果として、牡丹はそれ以来、化生院の本家地下にある座敷牢に、監禁されることとなった。


『お前は忌子だ』


 実の父が、牢越しに、面と向かって牡丹に言った。


『怪物のような髪色、瞳、そして人間離れした力……。体面上お前を警察に突き出すことは出来ないが、ここから出されることもないと思え』


 失敗作めが。憎悪のこもった目で、父親は牡丹にそう言った。


 それから、しばらくの間、牡丹は座敷牢で時を過ごした。自分には当然の罰だと思った。いきさつはどうあれ、家族を殺した自分にはお似合いの罰だと。


 それが終わったのは、化生院家の住まう地域が、大規模に隔離地域に分類される、少し前のことだ。


 その日は地上がうるさかった。嫌な騒がしさがそこにあった。牡丹はしばらく考え、じっとその場で待った。必要があれば、誰かが来ると信じて。


 牡丹を出迎えたのは、モンスターだった。


『カロロロロロロ……』


『え……?』


 牡丹の前の牢は、モンスターにあっさりと破壊された。牡丹はそのまま襲われ、殺されるのだと思った。


 だが、簡単な抵抗一つで、モンスターは死んだ。


 牡丹の稚拙な動き一つで、まるで障子紙のように千切れた。


『……私、は……』


 牡丹は困惑したが、すぐに動き出した。


 地上では何か異変が起こっている。そしておそらく、自分にはそれを解決する力がある。


 ならば、報いなければ。忌子と言われても、それまで確かに育ててくれた家。それを救わなければと―――


 そうして地上に戻った牡丹を待っていたのは、家人がモンスターに皆殺しにされた化生院の家だった。


『え……?』


 大小様々なモンスターが、家人を蹂躙していた。生きている者は一人もいなかった。


 厳しく育てられた家だった。それらの躾は、決して楽しいものではなかった。だが、産み育てられた恩が確かにあった。


 だのに、牡丹は、恩に報いる力を持ちながら、結果的に家のすべてを見殺しにしたのだ。


『―――――ッ』


 そこからの記憶は、あまり残っていない。ただ、無数にいる敵のほとんどが、牡丹にとっては歯牙にかけるまでもない敵だったことばかり覚えている。


 すべてのモンスターを素手で引きちぎった牡丹は、そうして生家を離れた。


 それからは、スマホで情報収集し、冒険者として過ごした。地域一帯が隔離地域と化してからは、牡丹の力には需要が合って、生きていくのに苦労はしなかった。


『おい……アレが噂の「怪物」か……』『真っ白な髪に、真っ赤な目。面は良いが、気味が悪いな……』『それであの怪力だろ? おーこわ……』


 ただ、風聞が良かったとは、当時から言えなかった。奇異な外見に奇異な能力。それはいつの世も、人の間から弾かれる宿命にある。


 とはいえ結果を出している内は、実力のある若手の冒険者として扱われていた。


 実家が滅びたことは確かな影を牡丹の心に落としていたが、それでも前向きに生きられていたのだ。


 だが牡丹の運命は、牡丹にさらなる過酷を強いた。


『おう、「怪物」。ほー、すげぇな。本当にこんな嬢ちゃんかよ。ハハッ、噂通りの不気味な目だ』


 それは、ある夜のこと。略奪者レイダー崩れのようなガラの悪い冒険者が、夕食を取っている牡丹に話しかけてきた。


『……用事は何。こちらは食事中で、邪魔をしないでもらいたいのだけど』


『いやー、最近お前がたっくさん頑張ってくれちゃってるお蔭でよぉ。こっちは商売あがったりなんだよ』


 レイダー崩れは、恨み節を述べる。


『ヒーロー気分で随分精力的に活動してくれてるみたいじゃねぇか。え? 感謝されて嬉しいのか? 化け物みたいな姿でよ』


『用がないなら消えて。目障り』


『おいおいそんなこと言うなよ~。なぁ、俺たち仲良くやってけると思うんだよ』


 レイダー崩れは牡丹に肩を組む。牡丹がそれを払おうとしたとき、奴は言った。


『―――だってお前、実家の人間を皆殺しにしたんだろ? バラされたくないなら、協力しろよ』


『―――――ッ』


 牡丹はその日、危険冒険者の悪名を得て、追われる立場となった。


 堪え性のない自分が悪いのだと、ぼろきれ同然となったレイダー崩れの死体を見下ろしながら、そう思った。


 それ以来、牡丹には定住の場所はなかった。どこに行っても、特徴的な外見は牡丹の素性をつまびらかにした。


 温かく迎え入れてくれた場所で毒を盛られた。何人もの冒険者に囲まれ、一斉に襲い掛かられた。罠を張られ、モンスターをけしかけられた。


 ついには隔離地域でも極めて危険な地域まで追いつめられ、高レベルモンスターを大量にけしかけられ、人生で初めて死にかけた。


 路上で一人、虫の息で意識を失う時に、思った。


 自分は、生まれてはいけなかったのだと。誰にも愛されず、憎まれ、怪物となり果てた自分は、生まれるべきではなかったのだと。




 だから―――――




「……可愛い目、してる、だなんて」


 事情を全く理解していない、どころか説明しても冗談だと突っぱね自分を保護した、一回り年上の男性、物部 巧。


 彼が自分に攻撃する機会はかなりあった。


 拾われたその瞬間なら死んでいた。二回の食事のどっちでも毒を盛れた。ゲームに没頭している時間にも背後に立てた。


 だが、彼は何もしなかった。どころか、深夜となった今、牡丹をベッドに寝かせ、自分は来客用の布団を地面に敷いて、その上でよだれを垂らして寝ている始末。


 牡丹は警戒にしばらく起きていたが、タクは完全に眠りこけている。


 それに牡丹は、少し笑った。


「ふふっ。……変な人」


 これ以上警戒しても仕方ない。牡丹はそうして、やっと安心して眠ることができた。


 ―――ここまでのすべてが計算ずくの手練れだったならば、きっと自分を、苦しませずに殺してくれるだろう、という打算もこめて。

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