翌朝、俺はよだれを垂らして眠るぼたんを起こして、朝食を食わせて野菜収穫の準備をさせた。
「タク……眠い……私、吸血鬼だから、もう少し遅い時間がいい……」
「ワガママ言わないの! 行くぞ野菜収穫! サラダ食べたいだろサラダ!」
「食べたくない……お肉の方が好き……」
「何だとこの育ちざかり娘め。じゃあ帰ってきたら、鹿肉たっぷり食わせてやるから! ほら! 行くよ! レッツらハーヴェストフェスティバー!」
「朝からテンション高……」
何か思春期の娘ができた気分になりながら、俺はぼたんの手を引いて外に出た。
天気は快晴。最近晴れが多いな、と思う。昨日もいい天気だったし。ぼたん拾った時はちょっと曇ってたけどそのくらい。
俺は自転車を出し、荷台にぼたんを乗せて走り出した。
「うぃー!」
「わ、ひゃ……!」
ぼたんはちょっと怖がりつつ、思ったよりも自転車の荷台が気に入ったと見えて、俺にしがみつきながら、クリクリの目を輝かせていた。
俺は自転車に設置したスマホを頼りに、近くの畑へと向かう。
「つってもなー、荒らされてない畑って、結構レアな気はしてるんだよなー」
到着。案の定というか、何の畑だったかもわからないくらいに、色々と散乱している。
「ここはダメか~」
「でも、意外に荒らされたばっかりって感じだね。最近まで管理されてたのかな」
「あー、確かに? 長年放置されてたら、もっと雑草で鬱蒼って感じだもんな」
「……韻踏んでる?」
「やめろよ人がダジャレで滑ったみたいにすんの」
「ふふ」
ぼたんが少し笑う。こいつめ、フォロー風イジリとはやるじゃないか。やっぱ女子高生ともなると、コミュ力が高いのか。
「この感じなら、近くにまだ無事な畑があるかもな」
「うん。わざわざ早朝に出たんだし、成果をあげて帰ろう」
「……早起きさせられたの、根に持ってる?」
「好きに使ってって言ったのは私。自分の言葉には責任を持つ」
「絶対根に持ってるわ」
やり取りしながら、俺は再びチャリを転がす。
スマホのマップを頼りにいくつか畑を回る。何となく、人里に近いと荒らされてから時間が経っている感じがして、森に近いとそれが薄まっている感じがある。
「森だな」
「だね」
見解は一致した。俺たちはしゃこしゃこと、自転車で森側に向かう。
この隔離地域は中々に広大で、三つの都市、三つの山脈、そして一つの海を抱えている。
俺たちが今住んでいるのは、その端っこの山沿いで、山の方に近づけば近づくほど、森林が豊かに残されている。
その、山中の畑へと、俺たちは自転車で移動していた。坂道を頑張って漕ぐ。人二人分の重みを、俺は自分の細足を叱咤して突き動かす。
「……タク、大変なら代わるよ?」
「俺以上にっ、ガリガリの女の子にっ、自転車なんてっ、漕がせられるかぁっ……!」
「ガリガリ……? あ、そうか。手足を吹っ飛ばされたのを再生したから、エネルギーが枯渇してるんだ」
随分練られた吸血鬼設定だこと、と思いながら、俺は踏ん張る。
踏ん張り、踏ん張り、そしてようやく、目当ての畑に辿り着いた。
「タクっ、見て。荒らされてない。まだ野菜の残ってる畑だよっ」
「よっしゃぁ~……」
俺は自転車にもたれながら、ヘロヘロで腕を上げる。畑を見つけてちょっとテンションが上がっているぼたんが可愛い。
「でも、ここまでちゃんとした野菜が残ってるのを見ると、まだ管理されてるのかな」
「そうかもな……。ちょっと休憩したら、近くに畑の持ち主が居ないか確かめよう。居たら物々交換でも申し込めば、いくらか分けてもらえるはずだ」
「なら、私が探してくる。タクは休んでて」
「え、ぼたんっ?」
ぼたんは言うが早いか、元気に駆け出していってしまう。あんな骨と皮だけみたいな体しておいて、元気だなぁ。
俺は少し休む。少し休んで、体力が戻ってきたのを確認して、自転車から降りた。
鍵をかけて、マイペースに歩き出す。
思うのは、体力のこと。ヒキニートだった数週間前よりは体力がついてきているはずだが、まだまだ動きなれていないおっさんの体力だな、と自戒する。
「鍛えるか……。ザコスキルなんだし、努力は惜しまないようにしないと」
と、そこでふと思う。
「ザコスキルの割には、俺のスキルって結構多彩だよな。検証とかしておくと、後々役に立つことも多いか」
敵を知り自分を知れば、ということわざもある。やっておいて損はないだろう。
割と外で動くことも多くなった昨今だ。危険モンスターに遭遇する前に、どこでも逃げられるだけの実力は身に着けておきたい。
にしても……。
「ぼたん~? おーい?」
思ったより見つからないぼたんに、俺は大声で名前を呼ぶ。
タクよりも先に進んでいたぼたんは、道路の上で、道路標識に手をかけながら正面を見据えていた。
「……先に進んでて正解。タクと一緒に来たら、巻き添えにするところだった」
「ヤさい……おいシぃぞオ~……?」「たくサん、たべレ~……」「ァ~……?」
目の前にいるのは、ゾンビだった。それも、集団の。
ゾンビ。人間を見つけると襲い掛かり、噛みつかれたり、引っかかれたりすると感染する。下手をすると街一つ滅ぶ、モンスターの中でも厄介な連中。
奴らは生前の動きを模倣する。だから野菜は植えられ、管理されていたのだろう。あるいは、育てていた途中でゾンビになったのか。
後ろの方から、「ぼたん~!」と呼ぶ声が聞こえる。すぐにタクも合流するだろう。ならば、手早く処理する必要がある。
「ぁ~……?」
連中が、タクの声に反応してこちらを見る。そうして、ぼたんが見つかる。
ゾンビたちは揃って殺意をむき出しにし、奇声を上げながら走りくる。
「ぎゃぁぁりゃぁぁあああああ!」「うぼぁぁああああああ!」
「……普通の冒険者からすれば、ゾンビは厄介な敵。簡単な傷が致死性になるし、殺しても殺しても死なない。けど―――」
ぼたんは、道路標識を掴む力を強める。腕を上げるように力を入れると、道路標識の根っこのアスファルトが、ガリゴリと砕け始める。
「私からすれば、有象無象にすぎない」
最後に、バゴンッ、と音を立てて、道路標識が根っこから抜けた。アスファルトや土の塊付きで、道路標識がすっぽ抜ける。
それは、異様な光景だった。
十を越えるゾンビたちに一斉に襲われながら、泰然とした様子で、片腕で道路標識を持ち上げる少女の姿。
ゾンビが迫る。何匹ものゾンビたちが、一斉にぼたんに襲い掛かる。
それにぼたんは、道路標識を振りかぶり、言った。
「一掃する」
横薙ぎ。道路標識の看板部分が、ゾンビたちの胴体を一度に真っ二つにした。
それだけ。
吸血鬼スキルを持った少女と、ゾンビの群れの戦闘は、たった一合のやり取りで終わった。
ゾンビたちは、全員上半身と下半身が泣き別れした状態で、茂みへと吹っ飛んでいく。
ぼたんはそれを確認して、道路標識を投げ捨てつつ言った。
「なるべく、死体の損傷が軽微になるようにした。どうせ自力で茂みから這い出てくるでしょう? いつか蘇生魔法使いに見つけてもらえるように、祈るのね」
人間から、疎まれ嫌われ弾き出されたぼたんだ。昨日までなら、元は人間だったゾンビにこんな慈悲は掛けなかった。
だが、今日は違う。ぼたんが振り返ると、ちょうどタクが手を振って現れる。
「お、居た居た。ぼた~ん、農家さんいた?」
笑顔でそう問いかけてくるタクに、ぼたんもまた、微笑みを添えて答える。
「居ないみたい。多分、もう避難しちゃったんだと思う。だから好きにもらってって良いんじゃないかな」
「おっ、やりぃ。じゃあ一緒に収穫しようぜ。ハーヴェストフェスティバー!」
「ふふっ、タク、元気だね」
ぼたんはくすくすと笑って、タクの元に戻る。
それからチラ、と背後を見て、茂みでもがくゾンビが、しばらくは動けないだろうことを確認した。