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第12話 道路標識はこう抜く

 翌朝、俺はよだれを垂らして眠るぼたんを起こして、朝食を食わせて野菜収穫の準備をさせた。


「タク……眠い……私、吸血鬼だから、もう少し遅い時間がいい……」


「ワガママ言わないの! 行くぞ野菜収穫! サラダ食べたいだろサラダ!」


「食べたくない……お肉の方が好き……」


「何だとこの育ちざかり娘め。じゃあ帰ってきたら、鹿肉たっぷり食わせてやるから! ほら! 行くよ! レッツらハーヴェストフェスティバー!」


「朝からテンション高……」


 何か思春期の娘ができた気分になりながら、俺はぼたんの手を引いて外に出た。


 天気は快晴。最近晴れが多いな、と思う。昨日もいい天気だったし。ぼたん拾った時はちょっと曇ってたけどそのくらい。


 俺は自転車を出し、荷台にぼたんを乗せて走り出した。


「うぃー!」


「わ、ひゃ……!」


 ぼたんはちょっと怖がりつつ、思ったよりも自転車の荷台が気に入ったと見えて、俺にしがみつきながら、クリクリの目を輝かせていた。


 俺は自転車に設置したスマホを頼りに、近くの畑へと向かう。


「つってもなー、荒らされてない畑って、結構レアな気はしてるんだよなー」


 到着。案の定というか、何の畑だったかもわからないくらいに、色々と散乱している。


「ここはダメか~」


「でも、意外に荒らされたばっかりって感じだね。最近まで管理されてたのかな」


「あー、確かに? 長年放置されてたら、もっと雑草で鬱蒼って感じだもんな」


「……韻踏んでる?」


「やめろよ人がダジャレで滑ったみたいにすんの」


「ふふ」


 ぼたんが少し笑う。こいつめ、フォロー風イジリとはやるじゃないか。やっぱ女子高生ともなると、コミュ力が高いのか。


「この感じなら、近くにまだ無事な畑があるかもな」


「うん。わざわざ早朝に出たんだし、成果をあげて帰ろう」


「……早起きさせられたの、根に持ってる?」


「好きに使ってって言ったのは私。自分の言葉には責任を持つ」


「絶対根に持ってるわ」


 やり取りしながら、俺は再びチャリを転がす。


 スマホのマップを頼りにいくつか畑を回る。何となく、人里に近いと荒らされてから時間が経っている感じがして、森に近いとそれが薄まっている感じがある。


「森だな」


「だね」


 見解は一致した。俺たちはしゃこしゃこと、自転車で森側に向かう。


 この隔離地域は中々に広大で、三つの都市、三つの山脈、そして一つの海を抱えている。


 俺たちが今住んでいるのは、その端っこの山沿いで、山の方に近づけば近づくほど、森林が豊かに残されている。


 その、山中の畑へと、俺たちは自転車で移動していた。坂道を頑張って漕ぐ。人二人分の重みを、俺は自分の細足を叱咤して突き動かす。


「……タク、大変なら代わるよ?」


「俺以上にっ、ガリガリの女の子にっ、自転車なんてっ、漕がせられるかぁっ……!」


「ガリガリ……? あ、そうか。手足を吹っ飛ばされたのを再生したから、エネルギーが枯渇してるんだ」


 随分練られた吸血鬼設定だこと、と思いながら、俺は踏ん張る。


 踏ん張り、踏ん張り、そしてようやく、目当ての畑に辿り着いた。


「タクっ、見て。荒らされてない。まだ野菜の残ってる畑だよっ」


「よっしゃぁ~……」


 俺は自転車にもたれながら、ヘロヘロで腕を上げる。畑を見つけてちょっとテンションが上がっているぼたんが可愛い。


「でも、ここまでちゃんとした野菜が残ってるのを見ると、まだ管理されてるのかな」


「そうかもな……。ちょっと休憩したら、近くに畑の持ち主が居ないか確かめよう。居たら物々交換でも申し込めば、いくらか分けてもらえるはずだ」


「なら、私が探してくる。タクは休んでて」


「え、ぼたんっ?」


 ぼたんは言うが早いか、元気に駆け出していってしまう。あんな骨と皮だけみたいな体しておいて、元気だなぁ。


 俺は少し休む。少し休んで、体力が戻ってきたのを確認して、自転車から降りた。


 鍵をかけて、マイペースに歩き出す。


 思うのは、体力のこと。ヒキニートだった数週間前よりは体力がついてきているはずだが、まだまだ動きなれていないおっさんの体力だな、と自戒する。


「鍛えるか……。ザコスキルなんだし、努力は惜しまないようにしないと」


 と、そこでふと思う。


「ザコスキルの割には、俺のスキルって結構多彩だよな。検証とかしておくと、後々役に立つことも多いか」


 敵を知り自分を知れば、ということわざもある。やっておいて損はないだろう。


 割と外で動くことも多くなった昨今だ。危険モンスターに遭遇する前に、どこでも逃げられるだけの実力は身に着けておきたい。


 にしても……。


「ぼたん~? おーい?」


 思ったより見つからないぼたんに、俺は大声で名前を呼ぶ。






 タクよりも先に進んでいたぼたんは、道路の上で、道路標識に手をかけながら正面を見据えていた。


「……先に進んでて正解。タクと一緒に来たら、巻き添えにするところだった」


「ヤさい……おいシぃぞオ~……?」「たくサん、たべレ~……」「ァ~……?」


 目の前にいるのは、ゾンビだった。それも、集団の。


 ゾンビ。人間を見つけると襲い掛かり、噛みつかれたり、引っかかれたりすると感染する。下手をすると街一つ滅ぶ、モンスターの中でも厄介な連中。


 奴らは生前の動きを模倣する。だから野菜は植えられ、管理されていたのだろう。あるいは、育てていた途中でゾンビになったのか。


 後ろの方から、「ぼたん~!」と呼ぶ声が聞こえる。すぐにタクも合流するだろう。ならば、手早く処理する必要がある。


「ぁ~……?」


 連中が、タクの声に反応してこちらを見る。そうして、ぼたんが見つかる。


 ゾンビたちは揃って殺意をむき出しにし、奇声を上げながら走りくる。


「ぎゃぁぁりゃぁぁあああああ!」「うぼぁぁああああああ!」


「……普通の冒険者からすれば、ゾンビは厄介な敵。簡単な傷が致死性になるし、殺しても殺しても死なない。けど―――」


 ぼたんは、道路標識を掴む力を強める。腕を上げるように力を入れると、道路標識の根っこのアスファルトが、ガリゴリと砕け始める。


「私からすれば、有象無象にすぎない」


 最後に、バゴンッ、と音を立てて、道路標識が根っこから抜けた。アスファルトや土の塊付きで、道路標識がすっぽ抜ける。


 それは、異様な光景だった。


 十を越えるゾンビたちに一斉に襲われながら、泰然とした様子で、片腕で道路標識を持ち上げる少女の姿。


 ゾンビが迫る。何匹ものゾンビたちが、一斉にぼたんに襲い掛かる。


 それにぼたんは、道路標識を振りかぶり、言った。


「一掃する」


 横薙ぎ。道路標識の看板部分が、ゾンビたちの胴体を一度に真っ二つにした。


 それだけ。


 吸血鬼スキルを持った少女と、ゾンビの群れの戦闘は、たった一合のやり取りで終わった。


 ゾンビたちは、全員上半身と下半身が泣き別れした状態で、茂みへと吹っ飛んでいく。


 ぼたんはそれを確認して、道路標識を投げ捨てつつ言った。


「なるべく、死体の損傷が軽微になるようにした。どうせ自力で茂みから這い出てくるでしょう? いつか蘇生魔法使いに見つけてもらえるように、祈るのね」


 人間から、疎まれ嫌われ弾き出されたぼたんだ。昨日までなら、元は人間だったゾンビにこんな慈悲は掛けなかった。


 だが、今日は違う。ぼたんが振り返ると、ちょうどタクが手を振って現れる。


「お、居た居た。ぼた~ん、農家さんいた?」


 笑顔でそう問いかけてくるタクに、ぼたんもまた、微笑みを添えて答える。


「居ないみたい。多分、もう避難しちゃったんだと思う。だから好きにもらってって良いんじゃないかな」


「おっ、やりぃ。じゃあ一緒に収穫しようぜ。ハーヴェストフェスティバー!」


「ふふっ、タク、元気だね」


 ぼたんはくすくすと笑って、タクの元に戻る。


 それからチラ、と背後を見て、茂みでもがくゾンビが、しばらくは動けないだろうことを確認した。

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