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第19話 キャンプへ行こう!

 日用品を漁って新たにビニ傘に可能性を見出した俺は、とうとうMP(外出に必要な精神力)が枯渇して家に引きこもり始めた。


「あ、あの、タク……? あれからずっとベッドに寝込んでるけど、大丈夫? 体調が悪いの?」


「違うから」


「え?」


「これはな、ぼたん。……必要な、休眠期間なんだ……」


「そう、なの……?」


 全然分からない、と言う顔をしつつも、ぼたんはそれに納得してくれたようだった。しかも何か家事をしてくれるので、俺はしばらくそれに甘えた。


 幸い食料は腐るほどある。本当に腐るほどある。多分腐らせずに食い切れない気がしているくらいある。


 なので俺は、しばらく惰眠と自堕落生活を貪った。数週間ほど。


 起きて飯食ってゲームして飯食ってぼたんをあやして飯食って糞して寝るだけの生活を送った。


 結果として、ぼたんが俺に懐き過ぎた。


「……ぼたんさん。何で俺がベッドで寝てると、添い寝してくるんですか」


 俺が朝、ベッドの違和感に気付いて布団をめくると、俺の腹にしがみついて寝るぼたんの姿がそこにあった。


「……ん……? タク、おはよ……」


「ヘイ! ぼたん、俺の質問に答えるんだ。何故俺がベッドで寝ると、お前は潜り込んでくる」


「だって布団固い……」


 真っ白な髪の毛をモサモサにして、寝ぼけ渋面でぼたんは答える。こんな状態でも可愛いんだから美少女って得だわ。


「決めたじゃん。ベッドと布団は毎日交代って」


「決めたけど……でも、冷静になって考えたら、あの取り決めはおかしいんじゃないかって、思って……」


 寝ぼけながら言い訳してくるので、俺は聞いてやる。


「何がおかしいって?」


「だって、そもそも寝床を分ける必要ないと思う……」


「あるだろ。年頃の乙女がニートと同衾していいわけないだろ」


「タクは自分で狩りもして食事を確保してる。ニートじゃない」


「そこじゃなくね?」


「そこだよ」


 話していて、段々ぼたんの目がシャキッとしてくる。


 あ、ヤバいぞ。寝惚けてる内に論破してやろうと思ったのに、目覚めてきやがった。


「タクは『私が嫌だろうから』って論で私と寝床を分けようとするけど、それは前提がおかしい。私はタクと一緒に寝るのが嫌じゃないよ」


「う、いや、だとしても年頃の乙女が……」


「関係ない。ここにいるのは私とタクだけ。私たち二人の合意があれば、別に何をしてもいいはず。そして私は合意を示している。問題はタクの意思だよ」


 言ってから、ぼたんが俺にしなだれかかってくる。


「タクは、私と一緒に寝るの、嫌なの……?」


 うるんだ目で見つめられる。俺は「あー!」と叫んで、無理やりベッドから出た。


「この話、やめっ! 終わり! 朝飯作るぞ朝飯!」


 するとぼたんは、ジト目で俺を見ながら、ぶつぶつと文句を言う。


「……意気地なし。タクの奥手。据え膳食わず。男の恥。強い癖に何度言っても信じないし」


「あんまうるさいとぼたんの朝飯作らんぞ」


「ごめんなさい。作って」


「あいよ」


 俺は久々に自分で料理する。朝飯なので適当にパパッと済ませる。


 そして食卓を囲んで、二人で両手を合わせた。


「いただきます」「頂きます」


 今日の献立は鹿肉ベーコンサンドイッチだ。鹿肉は前に燻製にした奴。パンは最近パン焼き機を買ってきて、小麦粉から作った奴。あとは野菜とマスタードで完成。


「美味しい。タク、やっぱり料理上手だね」


「日用品スキル持ちだからな」


「私も最近頑張ってたけど、料理ではタクに敵う気がしない。本当に美味しいもん」


 ぼたんは言って、サンドイッチにパクついている。美味しそうで、作った甲斐があるな、と思う。


 以前に比べて、ぼたんは肉付きが良くなった。以前は病死寸前のガリガリガールだったが、今は健康的な女子高生といった具合。肌はかなり白いけど。


 で、そんなぼたんが、Tシャツ一枚で寝所に潜り込んでくるのだから、俺の自制心の苦労具合も推して知るべしというもの。


 マジでTシャツ一枚なのが心臓に悪い。


 家ではパンツすら履いてないからなこいつ。俺があげたぶかぶかのTシャツしか着ていない。


 外出するときは、どこで拾ったのか知らないコーデ決めてるのに。毎回バシバシにキメている。


 だが家ではTシャツ一枚。家でもパンツ履け。


 というわけで、俺は言った。


「今日は久々に外に出ます」


「ん……分かった。何をするの?」


 俺はニヤリと笑って答えた。


「キャンプだ」











 俺は腐らせる寸前の冷凍肉、冷凍魚、野菜に冷凍マンドラゴラをクーラーボックスに詰めて、ぼたんと共に自転車を転がしていた。


「ひゃっふー!」「ふふ、風が気持ちいいね」


 今は春の終わりごろ。気温も気象も穏やかな時期だ。


 ぼたんはどこで調達したのか、真っ白なワンピースを着て、俺の後ろに乗って風に吹かれている。こいつ自分のビジュの良さを理解した服を選ぶよな。


 しばらくそうして自転車を転がしていると、目当ての場所につく。


「わ、すごい……」


「だろ? 数年前までは、この時期たまに来てたんだ」


 道路の両脇に咲き誇る桜並木。今の時期はちょうど咲いているだろう、と思ってきたが、やっぱりだ。


 自転車で二人、美しい桜並木の道を通る。風に乗って、花弁がぶつかってきて、何だかくすぐったい気持ちになる。


 俺たちは桜並木を通過して、丘へと続く道を進んだ。桜並木が終わると、少しずつ森林の気配が濃くなってくる。


「にしても、キャンプって言われたときは驚いたよ」


 ぼたんが、俺の後ろで言う。


「タク、ものすごく引きこもり気質だから、そろそろどうやって外に連れていこうか、考えていたところだったから」


「ぼたんに矯正プログラムを考えられていた……?」


「日の光を浴びなさすぎて、昨日なんかは私より色白だったもの」


「俺がぼたん並みに白かったら、それはただの末期病人なんだが……?」


 俺が言い返すと、ぼたんがム、と頬を膨らませる。


「タクは私の姿が末期病人だって言うの?」


「ぼたんは違うだろ。神秘的っていうか怪しさはあるけど、それ含めて超美人じゃん。俺みたいなヒョロガリがその白さだったらヤバいでしょって話」


「……確かに。タクが私くらい白かったら、ちょっと心配になる」


「俺がフォローしたんだから、お前もフォローしなきゃダメだろぼたん」


 俺が口を曲げると、ぼたんはくすくすと笑った。


「ふふ、冗談だよ。褒めてくれてありがと」


「へいへい」


「もう、怒らないで?」


 ぼたんは上機嫌で、俺の背中に体重を預けてくる。


「でも、キャンプは本当に意外だった。タクが一生言わなさそうな言葉だったから」


「おうケンカ売ってんのか中二娘。これでも俺はな、小さい頃はボーイスカウトに行かされてたんだぞ」


「そうなの? 意外」


「意外だろ? でもな、俺は普通の学校生活よりも、ずっとボーイスカウトの方が楽しかったんだ」


「そうなんだ……それも意外」


「だってめっちゃ褒められるんだもん」


「タクってたまに萌えキャラになるよね」


「27歳ヒョロガリニートに可愛さ見出すのやめてくんない?」


 よしよし、と撫でられる。俺は虚無の顔で自転車を漕ぐ。


 漕ぎながら、言った。


「何でキャンプなんて言いだしたのかって言うと、まぁ……食料がそろそろ全体的にヤバそうだったからって言うのもあったんだけどな」


「最後にパーっと食べて、新しい獲物を探そう、ってこと?」


「それもある。あとは……他に、理由が二つほどあってな」


「二つ?」


「ああ」


 ―――家にいて、今朝、明け方から感じ始めた気配。


 恐怖。悪寒。家にこもっていることが悪手になると、俺のビビリが直観した。


 理屈ではない。うまく言葉にできるものではない。


 元々俺はビビリで、昔から恐怖に突き動かされて動き、恐怖によって動けなくなった。そしてその大半は正しかった。


 だが、それを伝えるには早い。ぼたんには、ギリギリまで楽しいキャンプを過ごして欲しい。


 ……そして、もう一つは。


「ま、キャンプ場に着いたらちゃんと話すよ。今は二人で楽しもうぜ」


「……。うん。二人で、楽しもうね」


 ぼたんが、俺にギュッとしがみついてくる。


 俺は、ぼたんも随分甘えん坊になったなと思いながら、さらに自転車を漕ぐのだった。

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