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第25話 ごめんそれ性癖

 エンジェは何度もまばたきして、初めて認知したファンに照れまくっていた。


「ふぁ、ファン……?」


「はい。いやー、でも、ちょっと迷ったんですけど、ピンチのところを助けられてよかったです」


 そう言って、その男性はにこやかに笑う。


「『ファン!? アンチじゃなくて!?』『実在するんか……』『座古宮にはアンチしかいないと思ってたゾ』」


 コメ欄もこの有り様だ。


 エンジェはコメ欄の様子を見て、以前から立てていた仮説の通りだ、と思う。


 このお兄さんの登場で、コメ欄の態度が一気に軟化した。


 つまりそれは、エンジェの考えの通り、この人はエンジェにとって必要不可欠な存在であるという事の証左。


「あの……?」


「ひゃっ、ひゃい!」


 考え事にふけっていたがために、エンジェは慌てて声を上げる。


「えっと、じゃああんまりお邪魔するのも悪いので、この辺で失礼しますね」


「えっ!? あっ、えっとあの!」


 あまりにもつつましいファン一号さんに、エンジェは慌ててしまう。


 ここでこのファン一号さんを逃すのは、絶対にダメだ。決して逃してはならない。


 けれど、いきなりグイグイ行くの悪手。エンジェは頭をフル回転させて、続く一言を捻りだす。


「あっ、あのっ、せ、せっかくだから、インタビュー受けてくれませんかっ!?」


「え? インタビュー?」


 キョトンとするファン一号さんだ。それにエンジェは、「うんうんっ!」と逃がすまいと首を立てに激しく振る。


「そっ、その~ほら! あたし、ここの調査してるでしょ~っ? だからっ、この近所に住んでる人に、インタビュ~☆」


 目をぱちぱちと開閉している一号さん。


「……みたいな……」


 アレ、だ、ダメ? ダメだったかな? とエンジェは尻すぼみする。


 が、意外にも一号さんはこう言った。


「え、マジですか! うわー、いいんですか? 嬉しいな。やった」


 素直に喜ばれたのが嬉しくて、エンジェはニマニマして「そっ、そうだよ~?」と調子に乗る。


「エンジェのインタビュー相手に選ばれるなんて、とっても名誉なことなんだからね~っ! 感謝するのよ~っ?」


「はい!」


 ちょっと煽り目な発言だったが、一号さんは気にしていない模様。


 本当にファンなんだと分かって、エンジェはさらに嬉しくなる。


 にしても、おおらかな人だなぁ、と思いながら、エンジェは問いかけた。


「えっと、この辺に住んでるって、どの辺りですか? 近所って言っても、結構遠いんじゃないの~?」


「ああ、ここからいくらか下山した古アパートに住んでます」


「……? あの、ここ一帯って、指定避難区域だよね~? 高レベルモンスターが多いから、家を放棄して絶対逃げろって言う……」


「……何それ……」


 一号さんは、まったくの初耳と言う顔で首を傾げる。


「え、情報間違ってたかな。……いや、合ってるわね……。じゃ、じゃあここには最近移ってきたの?」


「え? いや、もう四、五年住んでますけど」


「えっ? じゃあ知らない訳なくない?」


「お恥ずかしながらニートをしておりまして……その、常識が欠けているところがございまして……」


「ああああ違うの! ごめんねこっちもそういうつもりで言ったんじゃなくてね!? そっ、そうよね! 何かの拍子に知りそびれることってあるものね! うん!」


 一号さんがションボリしてしまったので、とっさにフォローに回るエンジェだ。


「『座古宮がフォローしてる!?』『この兄さん普通に見えてキャラ濃いな……』『こいつどっかで見たような気が……』」


 いつもとは違うエンジェの反応に、コメ欄も今までに見ない沸き方をしている。


 、エンジェの素が認識できるようになっているのだ、と思う。


 いや、そんなことは些事だ。メスガキキャラの崩壊とか、今はもうどうでもいい。


 エンジェは、核心に切り込む。


「も、もしかして、そう言うのを気にせず生活できるくらい、高tierスキル、とか?」


「え? いやいや全然。ザコスキルですよ」


「ほ、ホント~? ゴブリンを倒したあの手さばきとか、完全にプロだったし~、謙遜し過ぎじゃな~い?」


「いやいや、ホントホント。最近取得したんだけど、もー色んな人にバカにされて」


「じゃあ~♡ この場で見せてもらってい~い? 良ければ配信にも載せたいんだけど~」


「いいよ。あ、でもアレね? すっげーザコスキルでも、あんま笑わないでね?」


 お互いちょっと態度が砕けてきて、何となくうれしいエンジェだ。


「とか言って~。多分すっごい高tierだったりして~♡」


「『ザコスキルではないやろなぁ』『どんなスキルだろ』『実はスキルを勘違いしてるだけじゃ?』」


 コメ欄も、初めてと言っていいほど珍しく、エンジェと同意見だ。


 さてさて、この命の恩人さんは、謙遜しといてどんなスキルなのかな~、とエンジェはスマホを受けとる。すでにスキルステータスの画面のようだ。


 そして画面を見て、エンジェは絶句した。




『スキル名:日用品マスター

スキルレベル:2

スキル解説:日用品の扱いが上手くなります』




 ……マスターって書いてある。


 マスターって書いてある! マスタースキル!? マスタースキル保持者!?


「っ……!?」


 顔がサッと青くなる。だが、エンジェは持ち前の精神力で落ち着きを取り戻し、スマホの操作をつづけた。


 つまり、偽装ではないか、という疑いだ。一億人に一人のマスタースキルは、それだけの大ごとだから。


 人格の問題でなく、どんな相手だろうと、マスタースキルを開陳されたらエンジェはまず疑う。


 疑って、スマホを操作する。ホームに戻ってアプリを操作し、更にストアまで確認する。


 で、判明する。


 これマジだ。


 マジでこの人、マスタースキルだ。


「『ワクワク』『高tierは確定だろこれ』『座古宮固まってね?』


「日用品スキルはカスって前にスレで散々煽られたし、変なことはないと思うだけどな……」


「『スレ立ててたんかw』『アレ? 隔離ニートイッチ……?』『いーや絶対高tier』」


 ギ、ギ、ギ、とぎこちない動きで、エンジェは顔を上げる。


「……あ、こ、これ、あの……っ?」


 緊張が勝ちすぎて、体が上手く動かない。


 その隙に、ドローンがAI機能により自動で判断して、カメラにスマホの画面を映してしまう。


 あっ、とエンジェが思った時には、もう遅かった。


「『はぁぁああ!?』『マスタースキル!?』『マスタースキルマ!?』『tier0やん!』『いやこれは流石に釣りだろ』『最近見つかったマスタースキル、この人かよ!』」


 コメ欄が爆発する。一号さんが「うわうるさ」と怪訝な顔で配信ドローンを見つめている。


 パニックになるのはエンジェだ。


「うわぁああああああああごめんなさいこれマジでヤバ、見んなザコブタぁ!」


 今更無駄だと悟りつつ、エンジェは配信ドローンをぶん殴ってカメラを逸らす。


 それから、どうしようどうしようどうしよう、と考え、とりあえず配信を止めることにした。


「とっ、ととととと、という事で! 今日の配信はここで終わりッ! ざっ、ザコブタのみんなは~ッ、次の配信をよだれ垂らして待っててね~ッ☆」


「『あっ、おい待てい』『ここで切るん!?』『嘘だろ』『じゃあガチ?』『ガチマスタースキルかこれ!』」


 もう手遅れ感を味わいながら、半泣きでエンジェは配信を落とした。


 コメ欄の読み上げも同様に終わるが、終わった配信画面では、いまだに爆速でコメ欄が流れている。


 とりあえずエンジェは、地面に頭をぶつけて謝罪した。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! まっ、まさか、まさかマスタースキルだとは思わなくて! あの、あのあのあの」


「えぇっ!? 何で土下座してんの!? 顔上げて顔上げて! 許可出したんだから全然気にしてないって!」


 優しいことを言ってくれるが、エンジェはそれどころではない。


「だ、だってぇ……! ま、マスタースキル情報なんか、じゅ、重大情報すぎてぇ……! あ、あたし……!」


「えぇ……? いや、だからザコスキルだって」


「え……?」


「え?」


 お互いに「何言ってんだこいつ」という顔になる。


 そこでやっと、エンジェは疑問に思った。


「……マスタースキル、知らない?」


「何か聞いたことはある……くらい?」


「も、ものすごくすごいスキル、だっていうのも、知らない……?」


 エンジェの確認に、一号さんは、


「そんな訳ないって」


 今までと打って変わって、ひどく卑屈な顔で、言うのだ。


「『普通』すらちゃんとできない俺が、『特別』なんかあり得ない」


 その言葉に、エンジェは口を閉ざす。


 エンジェはコミュニケーション能力がある方だ。友達も多かったし、顔を見れば大体考えていることを察せられる。


 だから、分かってしまうのだ。


 この人、本気で言ってる、と。


 原因は分からないが、マスタースキルなんていう才能の塊を持ち合わせながら、自己肯定感がぶっ壊れてしまっている。


 だから、自分を褒めるような、価値を上げるような言葉のすべてを、嘘としてシャットアウトしてしまっているのだ、と。


「……――――――」


 つまりエンジェにとってそれは―――


 ―――白馬の王子様が、自分だけに自信のない姿をさらけ出している、というシチュエーションに異ならなくて。


「……ッ♡♡♡♡♡」


 エンジェは困った。


 からかうのが好きなのと同じくらい、世話焼きというか、母性本能が強いエンジェには、このファン一号さんは、性癖にガン刺さりだった。


「……あなた、名前は?」


「あ、えっと、物部ものべ たく、っていう、けど……」


「タクね。覚えた。ねぇ、タク。いきなり変なこと言うけど、聞いてくれる?」


「え? うん……」


 エンジェは顔を上げ、タクの手を両手で包み込む。


「あたしと、組まない?」


「……は?」


「一緒に、配信者、やらない?」


 エンジェは、じっとタクの顔を見つめ、勧誘する。


 肝心のタクはと言えば―――


「え、何で? どういうこと? ドッキリ?」


 あまりに突然のオファーに、シンプルに困惑していた。


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