5月11日 日曜日
この奇妙な手紙は、入学して1ヶ月、GW明け5月の暖かな日が差し込む日曜日の朝に投函されていた。
謎を解け?
お金は振り込まれている?
正直、何を言っているのか分からない。でも、父親の会社は昨日、倒産した。
これは、事実。
おまけに公立高校に落ちたせいで、春からはお金のかかる私立。
だから、このままいけば俺も自主退学を考えないといけない所だった。
もし、本当ならこれは願っても無いチャンスか。
俺は、半信半疑のまま月曜日に確認を取ることにした。
5月12日月曜日
簡潔に言うなら、本当だった。
本当に前期の授業料全学が振り込まれていた。学費の支払い期限が今月末までまだ払っていないはずなのになぜか全額支払いが終わっていた。親には、入試の成績で奨学金を貰ったと言うことにした。入試の点数は、非公開だからきっとばれないはずだ。
でも、絶対に怪しいお金だよなぁ。
俺の心の中の良心がきしりと少し痛む音がする。
いや、考えるのは止めよう。 せっかくお金がもらえたわけだし、全て考えるのは手紙の謎を解き終わってからでもいいだろう。
そして俺は、これ以上考えるのは止めて、教室に入った。
朝の会2分前。
扉を開けると、先生や生徒は全員揃っていた。
「よし、木上も来たな。少し早いが朝の会を始めるぞ」
「渡わたり先生、はやいっす」
サッカー部の
もう少し休みたい気持ちは俺にも分かる。
「免田、そんなに文化祭実行委員がしたいのか」
けれども先生がそう言うと免田は、はぁっといった顔をした。そして、それに便乗してクラスが少しざわつく。
「先生、何の話ですか」
「今日、早く始めたのは、文化祭実行委員を男女1人ずつ決めないといけないからだ」
「そんなの、学級委員の2人がいるじゃないっすか」
「今回は、学級委員の2人はだめだ。クラスでの役割があるからな。実行委員には学校全体の運営を手伝ってもらう」
先生がそう言い切ると、再び教室にそれぞれの声が飛び交った。
まぁ、誰だってやりたくないよな。
男子はお前やれよといった声、女子は誰にやらせるのかの作成会議が始まり出していた。
その中で俺は、まっすぐ手を挙げた。
「先生、俺にやらせてください」
一瞬の静寂。
「おお、やってくれるか。木上」
「はい」
手紙の条件になぜが文化祭実行委員になることも含まれていたし、こうしておく方が良いだろう。 男子のみんなは感謝して欲しい。 残りの男子からは安堵の声がちらほらと聞こえる。
「よし、男子は決まりだな。女子は、誰かやりたがる人はいないか」
今度は、男子にとっては完全に別の話。 女子の方は誰々が良いと言った自分以外の推薦をしている。
まあ、そうなるよな。
そして、朝の会までに決着がつくことは無かった。
放課後
「もう、帰りの会だが、女子の方は決まったか?」
クラスからの返事は無い。
「よし、じゃあくじ引きだな」
教室がざわついた。
でも、これよりも良い案を持っている人はこのクラスにいない。少し大きめの箱が教壇の上にあった。
そこで、女子は先生オリジナルのくじ引きを引くことになった。
そして、7人目の湯前ゆのまえがくじを引いた所で動きが止まる。
「おっ、あたりだな」
「はい……」
「それじゃあ、木上と
クラスのみんなからは、ぱらぱらとした拍手に包まれた。安堵の声は男子よりも大きかった。女子は良かったと言いながらそれぞれの仲間の周りに集まっている。
でも、湯前の前には誰もいない。
「てことで、この後、視聴覚に行ってくれ。それじゃあ、解散」
先生はパンと手を叩くと教壇を降り始めた。
ん?
「今からですか?」
「ああ」
「いきなりですか?」
「そうだ。全く、文化祭実行委員も勝手だよな」
先生は明後日の方向を見ながら言った。
まあ、先生も言われた側だから仕方がないか……。
「先生、S1クラスは昨日決めてたみたいですよ」
クラスの1人から声が聞こえた。
「あれっ、そうだっけっ?」
前言撤回。
前持って知らせておいて欲しい。
俺は、心の中でも文句を言いながら、筆記用具を用意した。
1階にある視聴覚室に着くと、既に何人かの生徒はいた。見た感じ、実行委員は1,2年生だけのようだ。そして、ホワイトボードに書かれた席に座ると、そこにはプリントが1枚用意されていた。見渡す限り、他の生徒にも同じ物がある。中身を確認して見ると、クラスごとの座る位置、文化祭実行委員会について書かれていた。
ここでクラスについて改めて見てみる。
この学校は、1年生と2年生は入学時の学力順にSクラス3つ、Tクラス3つ、Fクラス3つに分けられている。 ちなみに、この英語にはSクラスがスーパー特別進学クラス、Tが特別進学クラス、Fが普通クラスという意味がある。S1組、S2組といった具合になっている。
ちなみに俺はT1組だ。
しかし、3年生だけはSSクラス1つ、Sクラス2つ、Tクラス3つ、Fクラス3つになっている。SSクラスの由来はスーパー特別進学選抜クラスだとか。まあ、ここまで分ける必要があったのかは分からない。SSクラスとSクラスのカリキュラムは一緒らしいし。
俺がそんなことを考えていると、ほとんどの生徒はそろっていた。そして、いつの間にか湯前が隣にいた。
挨拶もなしかぁ。
まあ、日頃から会話をする仲じゃないけど。そして、担当の先生が前に来た。
「忙しい中悪いな。みんな。まあ、面倒だと思うがほどほどによろしく」
そう言って前に立ったのは、渡先生だった。いかにも帰りたそうな顔をしている。でも、自分の担任が文化祭実行委員会の担当かぁ。ちょっと複雑な気持ちだ。
「それじゃあ、さっさと実行委員長とか決めてくぞ。誰かやりたいやつはいるか?」
「はい」
俺よりも少し前の席から勢いの良い声が響いた。 見ると、屈強な体つきをしていて、いかにも運動部のような感じの人だった。
「おっ、
「はい」
「よし。それじゃあ、拍手」
教室には、ぱらぱらとした拍手に包まれた。内心はほっとしてる人が大半だろうけど。俺も実行委員長はしたくない。まあ、1年生だし重役を押し付けられることはほとんど無いだろうけど。
「先生!
そうやって発言をしたのは、先ほどの願成寺先輩のすぐ近くに座っている女の人だった。
「おう、やってくれるか、
「はい」
そう言って返事をした女の子は、何というか如何にも誰にでもモテそうだなといった感じだ。 きれいな髪はストレートに伸びていてピシッと結ばれている。そして、その髪をひらひらとなびかせながら歩く姿はこの場にいる多くの生徒が見とれていた。目線もしっかりとしていて、目の奥まで湖のように透き通っているようだった。
こういう人がモテるのだろうな。
「それじゃあ、副実行委員長も決定だな」
「みんな!よろしくね‼」
全員から拍手が送られた。
ところどころから、
「大介もよろしく!」
「おう。一緒に頑張ろうな」
「うん!」
「それじゃあ、後は2人に任せるな」
はい?
俺がそう心の中で唱えると、誰かが何かを言い出す前に渡先生は教室の外へと出て行った。
そして、この場にいる多くの人が次にどうしようか悩んでいた。
すると、さっき決まった実行委員長と副実行委員長が一歩ずつ前へと歩き出した。
そして、教壇の中心へと立つ。
「よし。それじゃあ、改めて挨拶をしておく。今年の文化祭実行委員長になった
そう言うと、文化祭実行委員長は一礼した。
「次は、私だね。今年の文化祭副実行委員長になりました
副実行委員長はそう言うと、左右の友人らしき人に軽く手を振ってから大きく礼をした。
「それじゃあ、話を続ける。あと今日中にやらないといけないことは書記を2人決めることだ」
実行委員長がくるりと一周目で見て回った。
「そうだね!よし、じゃあ、書記やりたい人‼」
副実行委員長の元気な声
でも、誰も反応することは無かった。
「1年生でも良いよ!」
「はい」
俺は、できるだけ分かりやすいように、大きく手を挙げた。
ここで手を挙げないと、チャンスが無さそうがからだ。
本当ならやりたくはない。
ボッチな俺にはハードルが高すぎる。
でも、手紙に書いてある以上は仕方がない。
学費は大事だ。
だから立候補した。
「はい」
そして、1テンポ遅れてもう1人手が上がる。
座っている位置的に2年生のようだ。
第一印象としてさっきの副実行委員長とは真逆の感じ。積極的な明るさというのはあまりない。でも、髪は肩にかかるくらいのセミロングで相良先輩と同じくらいきれいだ。さらに、少ししっかりとした感じで先輩特有の落ち着きを感じるようだった。慎重が高くしっかりとしていることから、運動部にでも所属していそうだ。
「よし、それじゃあ他にやりたい人はいないか」
実行委員長の問いかけに対して誰も手を上げる人はいない。
「特にないみたいだし、2人で決定!」
そして、実行委員長の一言で決定となった。俺は、よろしくお願いしますという意味も込めてその場で座ったまま小さく礼をした。
「よろしくね、
「
「下の名前は?」
「
「よし。じゃあ、雫と勇気くん、2人ともよろしくね」
「はい」
いきなり、異性を下の名前呼びとはすごいな……。俺には一生かかってもできない芸当だ。
そして、その後は副実行委員長の先輩が簡単な説明だけして実行委員会は解散となった。実行委員長を含めて先ほど挙手で決めた4人は残されたけども。
「みんな、金曜日の夕方空いてる?」
「一応、時間はあります」
俺以外の2人も頷いた。
「よし、それじゃあ、決起集会しようか!」
「分かった」
実行委員長が了承したところで、開催が決定した。
「あっ、でも、俺お金が無くて……」
俺は、自分の家庭の経済状況を思い出す。
「安心して、タダだから!」
そう言って、副実行委員長の先輩はグッと親指を立てた。いや、さすがにタダで入れる店は無いのでは?
「いや、タダにはしない」
やっぱり、実行委員長が止める。
「えーいいじゃん。決起集会だし。勇気くんのためにもね!」
そう言ってゆらゆらと実行委員長の先輩を揺らす副実行委員長の先輩。
「たっく、仕方がないな。払いは俺と相良でどうにかしてやる」
「何で、私も入ってるの⁉」
「後輩と川村のためだ」
「それなら、仕方がないね!」
またもや、元気に親指を立てた。
「ありがとうございます」
俺は、2人に向かって小さく礼をした。
「それじゃあ、金曜日に集合場所は駅の大通り前に18時で良い?」
俺たちは全員頷いて解散となった。
俺は、帰りの荷物を取りに自分の教室へと向かった。そして、教室を開けると誰もいない。湯前も先に帰ってしまっただろう。
まあ、当然か。
俺は、教科書を引き出しから出して、準備を始めた。
そして、5分ほど経った
教科書が入ったカバンを背負おうとすると、教室の扉をガラリと開ける音がした。顔を上げるとそこにいたのはさっきの文化祭実行委員で書記に決まった2年生だ。
「木上くんだね」
「えっと……」
やばい。あの先輩の名前を忘れた。
名前は雫だった気がするけど、名字が思い出せない。俺は、少し申し訳なさそうにして反応した。
正直、何の用なのかと思ったけど、その疑問は次の質問で吹き飛んだ。
「手紙は読んだ?」