「どうした木上。入らないのか」
「いえ、その。いくら花金でも、学生なんで……」
俺が少し入口で躊躇していると、相良先輩が少し笑いながら前に出た。
「大丈夫。勇気くんは初めてだからね。そんなに飲まなくても大丈夫だよ」
「はぁ……」
「代わりに大介が飲んでくれるから!」
「やっぱり⁉」
「おい、何言っているんだ。あと、やっぱりってどういうことだ」
しまった。
願成寺先輩からの強い視線を感じる。
「いえ、その、」
「まあ、大丈夫。ここは黄色くてしゅわしゅわした飲み物が凄くおいしいから」
「どういうことですか⁉」
「まあ、いいから、いいから」
俺は、ちょっとと言おうとしたが、後ろから背中を押されて入るしかなかった。
「すみません、いつのも4つ‼」
何飲ませる気だよ‼
店の奥からは、はいよっと威勢のいい声が聞こえた。
俺たちはテーブル席に通されていた。
そして、目の前にはリ〇ルゴールド。
あぁ、はぃ。 そういうことですね。
俺たちは飲み物が届いてすぐに、(ジュースで)乾杯をした。そして、飲み物を見てからは、俺はすっかり落ち着いていた。対して、相良先輩はまだ笑い続けている。小さな笑いが聞こえてくるが、これ以上反応しても仕方がない。
「おい、笑いすぎだぞ相良」
願成寺先輩が少し止めに入ったくれた。
「良いじゃん」
「止めておけ」
「えぇー何?春奈って呼んでくれたら考えるけどなぁ」
「おい」
先輩は完全にオフになっている。さっきの文化祭実行委員会までとは違って、完全に願成寺先輩に甘えている。まるで酔っているみたいだ。
大丈夫だよな?
相良先輩に注がれているやつもちゃんとリ〇ルゴールドだよな?色が似ているから若干の不安もある。
俺は、心の中でも大丈夫だと唱えた。
信じ込ませるために。
「飲みすぎだ」
「春奈って呼んでくれたら飲むのやめるぅ」
さっきから、相良先輩が願成寺先輩に絡んでいる。
というか、この2人って。
「2人とも、もしかして付き合っているんですか」
俺は、思ったように素直に聞いてみた。
「そんなことない」
「そうだよー」
真向から対立する意見。
どっちだよ……。
俺が悩んでいると、川村先輩が優しくフォローを入れた。
「春奈が勝手に言ってるだけ。2人ともただの友達だよね」
「もぅ。このまま勇気くんを証人にして騙そうと思ったのに!」
「止めて上げなさい」
そう言うと、川村先輩は優しく相良先輩の頭を叩いた。そして、相良先輩はそのまましゅんとなった。
「すまんな。春奈の余計なことに突き合わせて」
そう言った瞬間に、先輩がしまったという素振りを見せたのを俺は見逃さない。そして、直ぐに忘れろと言った目でこちらを見てくる。それは、さすがに無理ですよと俺は目を泳がせた。
「何か言いたいことがあるか」
先輩がまっすぐこちらを見てくる。 その視線を前にすると、適当な言い訳は許されないというのがひしひしと伝わってくる。
「いえ、ただ」
俺は、精一杯の言葉で逃げる。
「ただ、何だ?」
先輩は再びキリっとした目でこちらを見る。怖い、怖い。
「相良先輩って願成寺先輩のことを下の名前で呼ぶのですね」
俺のこの一言を聞くと相良先輩は、そうだよ!と大きな声を出して元気を吹き返した。あぁ、面倒なこと聞いたかな。
「私達、幼なじみだから!」
「そうなんですか」
「遺憾だがな」
「そこ、遺憾とか言わない!」
相良先輩は願成寺先輩をピシッと指さした。俺は、はははと笑うだけだった。俺にも可愛い幼なじみがいればなぁ何て思ったりもするが、いないものは仕方がない。
「そういえば、みなさん何クラスですか?」
「私と大介はS2クラスだよ」
相良先輩は願成寺先輩の腕をつかんで左右に揺らしながら答えた。
「私は、S1クラスだよ」
川村先輩はリ〇ルゴールド(おそらく)を一口飲んでから答えた。
「みなさん、頭いいんですね」
「そんなことないよ!」
「確かにな。春奈、お前の前回の学年末テストやばくなかったか?」
「それは、言わないお約束!」
願成寺先輩が少しいじると、相良先輩はむすっと膨れ顔をした。
「勇気くんは何組なの?」
「僕はT1クラスです」
「ガンバだね!」
「はい」
相良先輩は親指をぐっと立ててくれた。他の先輩たちも頷いてくれた。この雰囲気は相良先輩にしか作れないだろう。気まずい雰囲気になるだけならまだいいけど、一部では下のクラスと分かると見下してくる生徒もいるとかいないとか。まあ、この先輩たちはそんなことしないだろうな。
ひとしきり盛り上がった所で、そろそろお開きという時間になった。
「そろそろ、帰る時間だな」
「私、このまま泊まってく!」
「良いわけないだろ」
「えぇ」
未だに始まりの頃と変わらず相良先輩は願成寺先輩から離れる様子は無い。
「それなら、解散の前に来週の話を木上くんにしておいた方が良いんじゃない?」
川村先輩が願成寺先輩を見て話した。
「そうだな。川村、説明してもらっても良いか?俺は、相良の相手をする」
「分かった」
川村先輩は大きく頷くと、俺の方を見て話しだした。
「来週からは企画会を始めるんだ」
「あぁー。もうそれの時期かぁ」
相良先輩が願成寺先輩の方にぐでぇっと倒れながら言った。それに対して、願成寺先輩は左手で受け止めてぐいっと相良先輩の体を起こした。
「詳しいことは来週話をするけど、基本的には各クラスの出し物について審査する場だと考えて貰えば大丈夫だよ」
「それって、結構大変なんですか」
俺は、純粋に思ったことを聞く。
「まあ、基本的には大変なことは無いかな……」
何だか、歯切れが良くない。
「何かあるんですか?」
「まあ、木上君なら大丈夫だと思うけど、賄賂には気を付けてね」
「賄賂?」
俺は、思わず声を出してしまった。高校の文化祭レベルで賄賂を渡してくる人なんているのだろうか。
「賄賂って渡してくる人は本当にいるんですか?」
「まあね」
先輩は小さく頷いた。
「全員ではないけど、たまに賄賂を貰って問題になる先輩はいるよ」
えぇ。マジか。
「まあ、この学校のルールとして、同じ企画は2クラスまでって書いてあるんだ。そして、文化祭の赤字は学級委員が補填する決まりになっているから、賄賂を渡そうとしてくる 人はいるみたいだよ。特に学級委員の人達からは賄賂を貰わないように気を付けてね」
「分かりました……」
俺は、しっかりと頷いておくことにした。すると、後ろから肩をがしっと掴まれた。
「ちなみに、賄賂貰ったら、クビだからね」
振り向くとそこには相良先輩。俺は、うぉっと声を上げて体がビクンとした。
「クビですか⁉」
「そう」
「マジですか」
「マジだよ」
高校の文化祭レベルで賄賂もあるし、おまけにクビ制度まであるのか。凄いなこの学校の文化祭。
「まあ、勇気くんなら大丈夫だって!」
「はい」
俺は小さく頷いた。そして、川村先輩が再び話始める。
「それに困ったことがあったら私達に相談してね。もし、難しそうなら企画部長でも大丈夫だから。ちなみに、企画部長は肥後君。クラスは私と同じS2組だから」
俺は、ありがとうございますとだけ返した。賄賂問題とかには関わりたくない。流石に、俺も文化祭実行委員をクビになりたくはないからな。手紙の条件からしても俺が文化祭実行委員で書記をやることは必須条件みたいだし。俺が落ち着いて頷くと、この会はお開きになった。
ちなみに、お金は願成寺先輩が払ってくれたらしい。