その週の終末、要は同僚に掛け合いなんとか休みを取ることができた。
「そういや、俺が休みを取るのって2週間ぶりぐらい?」
そうぼやきつつ、要は近所の公園のブランコをゆっくりと漕いでいる。
この公園は、壮太と出会った日に彼と逃げ込んだ公園だ。そこを待ち合わせにしようと言って来たのは壮太だった。
「ちゃんと来てくれるかな?」
不安を覚えつつ、要は公園の入り口を見つめる。
もうすぐ待ち合わせ時間の10時になるが壮太は一向に姿を見せない。ついでに、自分の格好はおかしくないだろうかと思案する。
「なんで、そんなこと考えてるんだ! 俺」
困惑しつつも、要はブランコから立ち上がる。そして、ズボンポケットに入れていたスマホを取り出していた。
時刻は9時58分。そろそろ来てもいい頃だ。
「すみません! 遅れました!」
公園の入り口の方から壮太の声がする。そちらに顔を向けると、壮太が慌てた様子でこちらに向かってくるところだった。
きっちりとした印象の制服姿とは違い壮太は、ジーパンにロゴの入ったカーキ色のシャツといったラフな格好をしている。
シンプルだけど、すっきりとしていて彼に似合うなと要は思う。そして、要を見るなり壮太は少し驚いた様子で目を見開いた。
「どうしたの?」
得意げに微笑んで要が尋ねる。
すると壮太は、笑顔になって要に告げた。
「いや、要さん。いつもよりちょっとカッコイイなって思って」
壮太の言葉に、要はニヤリとえみを深めていた。
今日の要の格好は、黒いスラックスとクリーム色のシャツ。その上に7分丈の紺のジャケットを羽織っている。そして右腕には、さり気なく気品漂う愛用品の焦茶の腕時計を装備している。
この日のために要は、ファッションに造詣のある同僚に色々とアドバイスをもらっていたのだ。人生の先輩たるものキメるときには、キメておきたいと思ってからの行為だった。
要の格好をじっと見つめた後、壮太は悲しげに自分のロゴシャツを見つめる。そして、もう1度、要の格好を羨ましそうにじっと見つめてくるのだ。
そして悲しげな眼をして、要にこう告げる。
「俺、カッコ悪いですか?」
しゅんと俯く彼を見て、要はしまったと思った。
壮太の家が訳アリだとしても、彼は高校生。自身に使えるお金も社会人の要と違って限られているはずだ。
そのつもりはなったが、彼にマウントを取るような真似をしてしまった。そのことに気がつき、要は慌てていた。
「いや、壮太君の格好もシンプルでカッコいいよ! その、俺もちょっと気合入れすぎた! 気にすることないから!」
「その……。食事終わったら、買い物に付き合ってもらえませんか?」
じっと縋るように要を見つめ、壮太は懇願してくる。
その上目遣いの眼が無性に可愛く思えて、要は首を縦に思いっきり振っていた。
「いいよ。いくらでも付き合う!」
要の言葉に、壮太の表情がぱあっと明るくなる。
「ありがとうござます! じゃあ、行きましょう!」
壮太に手を差し伸べられ、要はドキッとしていた。
彼とこの公園にやって来たときも、要は彼と手を繋いでいたからだ。
あのときは、彼の先輩たちから逃げるので夢中になっていた。でも、改めて手を差し伸べられると、壮太の存在を意識してしまう。
壮太が整った顔立ちの青年だから、余計そう思えるのかもしれない。
「うん。行こう」
なんだか嬉しくなって、要は微笑んでいた。そして、壮太の手を優しく握りしめる。
その後2人は出会った日に立ち寄ったファミレスにやって来ていた。どうしても、壮太がここでご飯を食べたいと言って来たのだ。
2人して好みのものを頼んで、いろんな話に花を咲かせる。
そして要は、壮太に聞きたかったことを告げていた。
「ねえ、壮太君。君、色々と抱え込んでるんじゃない?」
その言葉に、ステーキを切っていた壮太の手が止まる。壮太は驚いた様子で目を見開き、要を見つめてきた。
「なんで、そんなこと……」
「いや、なんとなく。会ったばかりの俺に、普通だったら友達とかご両親に相談しそうなことを教えてくれるし、LINEのメッセージも最近かなり頻繁にもらうから……」
要の言葉に、壮太は気まずそうに俯く。そして、要にこう告げてきた。
「あの、ご迷惑だったら、LINEのメッセージもあまり送らないようにします。俺、Ωなのに進学校行ってるせいでクラスだと浮いてて、友達とかあんまりいなくて……」
「それはいいんだ。ただ、それ以外にもなんだか色々と君は抱えてるような気がして……」
要の言葉に、壮太はぎゅっと片腕を強く握りしめていた。そして、怯えるように小さく震える。
今にも彼は泣きそうだった。
「ごめん。イヤなこと聞いちゃったかな? 答えたくないなら、答えなくていいから」
「母が色々と大変なんです……」
震える声で、彼はそう告げる。その言葉に要は大きく目を見開いていた。
壮太は両手で顔を追って必死になって嗚咽を堪える。
「お母さんが大変?」
「はい。あんまり、いいたくないんですけど……。母もΩで体が弱いんです。それなのに、俺を育てるために働き詰めで……」
震える声を振り絞って彼はそう告げる。
壮太はそっと顔から両手を離し、涙に濡れた眼を要に向けていた。
「ごめんなさい。これ以上は話したくありません。要さんも、どうせ俺に医者になるのはやめろって言うだろうから……」
悲しげな壮太の言葉に、要は返す言葉が見つからない。
涙を拭い壮太は、そんな要をまっすぐ見つめてきた。
「ごめんなさい。でも、絶対に医者にはなりたいんです。助けたい人たちがいるから」
凛とした彼の言葉に、要は胸を打たれる。
彼にどんな理由があるかはわからない。でも、要はこのとき思ったのだ。
なにがあっても、彼の夢を応援しようと。
「大丈夫。絶対に、君に医者を諦めろなんて言わないよ。夢、叶えよう」
要の言葉に、壮太は驚いた様子で目を見開く。そして、嬉しそうに涙に濡れた眼に笑みを宿したのだった。