食事を終えた後、2人は洋服店へと向かっていた。
「壮太君。今のままでも、いいと思うけどな」
「いや、なんか要さんみたいに俺もビシッと決めたいんです! ウチ、男子校だし、友達も1人しかいないから自慢できるヤツもあんまりいないけど……」
壮太の言葉に要は微笑んでいた。
色々と背負っているものが壮太にはありそうだ。でも彼も、年頃の青年なのだなと安心できたからだ。
「あれ、なにがおかしいんですか?」
「いや、顔はいいんだから、そんなにファッションに気を使わなくてもいいと思うよ」
「え⁉」
要の言葉に、壮太の顔が真っ赤になる。
壮太は要から顔を逸らし、恥ずかしそうにこう告げてきた。
「そりゃ、ウチの母は美人だって評判ですけど……。俺は、そういうのあんまり言われたことなくて……」
困った様子で壮太は、照れ臭そうに要を見つめる。
「ううん。会ったときから思ってたけど、壮太君ってけっこうモテると思うよ。頭はいいし、顔もいいし、それに頼りになるしね」
「ええ、そうですか……」
潤んだ目を壮太が要に向けてくる。
その眼に、要はドキッと心臓が高鳴るのを感じていた。
「でも俺、彼女出来たことないです。やっぱり、Ωだからですかね。女々しい性格じゃないとは思うんですが……」
「ああ……」
壮太の言葉に要は苦笑していた。
要も過去に何人かの女性とは付き合ったことがある。幼馴染の男性とも、恋愛関係に発展しかけたこともあるぐらいだ。
でも、最後はみんなαの男性や、魅力的な女性を選んで要の前から姿を消していった。
いつもそうだと要は思う。βやΩというだけで、αにすべて奪われていく。
それが、αに生まれなかった自分たちの運命なのかもしれないと要は思う事すらある。
「というか、要さんとなら付き合ってもいいかも?」
「はい!」
壮太の言葉に要は現実に引き戻される。
壮太は頬を赤らめ、じっと要を見つめていた。その眼差しが熱を帯びているのは気のせいだろうか。
壮太の言葉に要は苦笑する。
「いや、冗談だよね! 俺、いつもフラれてばっかりだし」
「あのー、ちらちら女性が要さんたちのこと見てるの気がつきませんでした?」
壮太は不機嫌そうにジト目で要のことを見つめてくる。
「いや、そうなの?」
その言葉に要は唖然としていた。
「ファミレスいたときもそうだし、今だってなんか視線感じますよ。俺は!」
腕を組み、壮太は要を睨みつける。
「羨ましいことこの上ないです。俺なんて、Ωってだけで女子にはドン引きされるのに……」
「ああ、そうなの……」
Ωは男性でも、子を身籠ることができる体質を持っている。そのため、一部の女性からは嫌厭される傾向があることは要も知っていた。
「でも、壮太くんみたいにモテそうな子でもダメなのか……」
「は! 現実なんて、そんなものです」
要の言葉に、壮太は悲しげに俯いた。そんな壮太の肩を要は慰めるように叩く。
「大丈夫。壮太君にだって、そのうちいい彼女ができるよ。モテる要素しかないんだし!」
「いや、絶対に無理です……。俺、色々と訳アリだし……」
「ああ……」
暗い表情を浮かべる壮太に、要は何も言い返すことができない。どうやって壮太を慰めよう。そう思っていた瞬間、壮太が要に抱きついてきた。
「ちょと、壮太君⁉」
「いっそのこと、要さんと付き合っちゃおうかな? 俺、Ωだからアリですよね。男だけど」
じっと要を見上げ、壮太は甘えるようにそう告げてくる。その言葉に、要はギョッと目を見開いていた。
「いや、君のことは可愛い弟みたいには思ってるけど、その付き合うとかは……。それに、君は女の子が好きなんじゃ……」
「でも、要さんだったらいいです。付き合う」
要の胸に顔を埋め、壮太は囁いてくる。その言葉に、要はぶわっと全身の温度が上がるのを感じていた。
「ごめん。壮太君、ちょっとトイレ行ってくる……」
「え、トイレですか」
「うん。ごめんね」
弱々しく壮太にそう告げ、要はそっと壮太を体から引き離す。
トイレに行きたいというのは、要のウソだ。このまま壮太と一緒にいたら、危ない。そう思ったからこそ、彼と距離を置きたくなったのだ。
「そうですか……」
壮太もそれを察したのか、ガッカリした様子で俯く。
「ごめん。すぐ戻るから」
要はそう言って、壮太から離れようとした。
「おい! 見つけたぞ! クソ野郎!」
けれどその瞬間、聞きたくない声が要の耳朶を叩いたのだ。
恐る恐る声のした方へと顔を向ける。そこにはあの日、壮太を襲っていた先輩たちがいた。
「先輩たち、なんでここに?」
「お前らこそ、なんで2人でイチャついてるんだよ」
「そのままホテルにでも、行くつもりなのか!」
ぎょっとする壮太に下卑た笑みを向け、先輩たちはそんなことを言ってくる。
「壮太君。あんなヤツラほっとこう」
そう言って、要は壮太に視線を向ける。けれどそこに要はいなかった。
「ぐほっ!」
そして、要の耳朶にくぐもった唸り声が響き渡る。驚いて正面へと目を向けると、壮太が先輩の1人の腹に思いっきり拳を叩きこんでいた。
「お前なにして!」
「要さんをバカにするんじゃねえ!」
驚くもう1人の先輩の頬も壮太は思いっきり殴りつける。
「壮太君、それ以上はダメだ!」
とっさに叫んだ要の言葉に、壮太は動きを止める。そんな壮太に駆け寄り、要は彼の手をしっかりと掴んでいた。
「逃げるよ! ここにいたらヤバイ!」
「え、要さん⁉」
慌てる壮太をよそに、要は駆けだす。壮太も要に引っ張られるようにして、走り出していた。
「あの、要さん! 逃げたら逆にヤバいんじゃ!」
「今はそれどころじゃない! あいつらに君との時間を邪魔されたくない!」
「要さん……それ……」
とっさに叫んでしまった言葉に、要はぼっと顔が熱くなるのを感じていた。
「あはは! 要さん。顔真っ赤!」
それを壮太が思いっきり笑う。
「うるさいな! 言葉の綾だよ! 言葉の綾!」
走りながら、要は壮太に叫んでいた。
「いや、逃げながら言う台詞ですか! それ!」
壮太は、大きく笑い声をあげながら要と共に走り続ける。
「もう、なんなんだよ君は……」
そんな壮太の態度をイヤだなと思いつつ、要はどこかで笑う壮太を見て安心していた。
壮太はきっといろんなものを背負っている。
でも、彼は人に甘えることができるし、年頃の青年らしく無邪気に笑うこともできる。
それがわかって、要は心の底から安堵を覚えたのだった。