ひとしきり走った後、2人は待ち合わせ場所であるあの公園へと戻っていた。
「はぁ……はぁ……。あの2人追ってこないかな?」
肩で息をしながら、要は壮太に尋ねる。壮太もまた、荒い息を繰り返していた。
「さあ、でも今頃パパとママには泣きついてるかもしれませんね。俺、学校辞めさせられちゃうかも……」
「ちょ、壮太君。冗談にしてもそれはキツい!」
壮太の言葉に要は笑っていた。
「でも、あの2人だったらやりかねないですよね! 学校退学になるのはイヤだけど!」
壮太もまた要につられて笑みを浮かべる。
2人はしばらく笑った後、顔を見合わせた。
「この後どうしようか。あの2人が、俺たちのこと探してる可能性あるし、街には戻れないね。俺のウチに来る?」
「え、要さんのウチにですか……」
「いや、今は君のお陰でキレイになってるから!」
要の言葉に、壮太がイヤそうな顔をする。
「本当ですか、あれから1週間はたってるし汚くなってる気がします……」
「う……」
たしかに、壮太が片づけてくれた頃に比べれば家は散らかっている。
でも、他に行くあてもない。
「うーん。このまえ行ったフェミレスでもまた行く?」
苦し紛れに要がそう言うと、壮太が真剣な顔でこう告げた。
「この公園の近くに俺の住んでるアパートがあるです。そこに行きませんか?」
「え、君の家に」
「どうせ先輩たちもこの辺うろついてるだろうし、そっちの方が安全かなって」
「そう……」
言葉を続ける壮太の顔はどこか暗い。それを気にしながらも、要は壮太と共に彼の住むアパートへと向かうことになった。
壮太の住むアパートは、築数十年は経っていそうな古いものだった。
リノベーションされて中は綺麗らしいが、1Kの狭い部屋だという。風呂はついておらずトイレとシャワー室が一緒になっていると聞いて、要も少し驚いた。
「まあ、帝都の方じゃ、地価が高いからそう言う部屋が一般的とは聞くけど……」
「この辺は地方でも地価も物価も安い方ですよ。でも、それでも生活は苦しいです」
ギシギシとなる廊下を歩きながら、要たちは壮太の住んでいる部屋を目指す。
ここに来るまでに、壮太は色々なことを話してくれた。
自分はずっとΩの母親と2人暮らしだったこと。生まれてから父親には1度も会ったことがない事。そして、金銭的に苦しい生活をしていることも。
「ここです」
壮太が、ドアの前で立ち止まる。そして、ドアノブに手をかけ真剣な眼差しを要に向けてきた。
「あの……。なか見ても驚かないでくださいね」
「え?」
そっとドアを開け、壮太は中へと入る。要も壮太の後に続き、部屋の中へと入っていった。
部屋は6畳ほどの真新しい畳の敷かれたものだった。でも、その部屋に入って要はすぐに違和感に気がつく。
生活感が不気味なほどにない。
普通だったら、カラーボックスやタンスなどモノを入れておくための家具があるはずだ。それすらも部屋には見当たらず、あるのは折り畳みの机ぐらい。
「いらないものは、みんな押し入れにしまってあるんです。引っ越すときに余分なものは処分しちゃったんで」
「え?」
壮太の言葉に、要は我に返る。そして、自分がこの部屋を唖然と見つめていたことに今さらながらに気がつくのだった。
壮太は母親と2人で暮らしていると言っていた。
でも、この部屋の光景はまるで――。
「なんで、引越しを?」
「前のアパートは1人で暮らすには広いし、家賃が高かったんで」
「あのお母さんは……」
「母はちゃんと生きてますよ。安心してください」
弱々しい壮太の言葉に、要はほっと息を吐いていた。とりあえず、最悪な想像は的中していないようだ。
でも、彼の母親はどこにいってしまったのだろう。それがとても気になってしまう。
「ねえ、要さん。もう遅いし夕飯食べていきません」
「壮太君……」
「重い話は、腹が空いてるときにするもんじゃないって母にはよく言われてたんで。何か食べたいんです」
薄幸そうな笑みを浮かべる壮太に要は微笑んでいた。
「そうだな。俺も、手伝うよ」
「あの、要さん。うどんが煮立ってますよ」
「うわ! なんだよこれ!」
壮太に指摘され、要は慌ててコンロの火を止める。
お湯が吹きこぼれていた鍋は白い泡を吐き出すのをやめ、大人しくなった。
玄関の横にある台所に立ち2人はサラダうどんを作っていた。けれど、要はもともと料理があまり得意ではない。
トマトを切っても厚さが均一にならないし、ゆで卵を茹でようとすれば半熟の状態で皮をむいてしまう。
極めつけに、要はキャベツの千切りもロクにできなかった。
「はぁ、キャベツも切れないし、鍋も番もできないか……。すみません。盛り付けは俺がやりますから、箸並べてお茶用意しててください」
「はい……」
壮太の言葉に、要は大人しく従う。そうこうしているうちに、壮太がサラダうどんを盛りつけた皿を折り畳みテーブルで待つ要の元へと持ってきた。
「おお! 凄い!」
千切りキャベツにトマト。半分に切られたゆで卵の乗ったサラダうどんを見て要は感嘆と声を上げる。
「いや、男でもこのぐらいは作れないと」
「そうだね……」
そして、向かいに座った壮太の言葉に要は肩を落としていた。そんな要に壮太は、そっと微笑んでいた。
「じゃあ、食べましょう。要さん。重い話はそれからしたいです」
「そうだね。今は食事を楽しもうか」
要も壮太に微笑みを返す。
そして、要は決意していた。壮太から何を聞かされても驚かずに受け止めようと。
それが、彼のためだと要は心の底から思ったのだ。