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第2話

「アリオ、あんた顔色悪いけど大丈夫なの?」


 居間で朝食を摂ってると対面に座る姉が訊いてきた。

 鮮やかな茶色の髪をポニーテールにして若草色のシンプルなワンピースを着ている。

 それに赤い色の帽子とエプロンをつければブルーム菓子店の看板娘パル・ブルームの完成だ。

 ゲームだと厚化粧一歩前の化粧だったが目の前にいる彼女はほぼノーメイクだ。

 気になって質問したことがあるが「食べ物扱うんだから当然でしょ」と呆れられた。


 こういう部分も含めてゲームの「恋と騎士と冒険と」と俺がいる良く似た世界は差異がある。

 当然今居る方の価値観が好ましい。パルの考えも含めて。


「大丈夫、昔の夢見ただけだから」

「ああ……」


 俺が答えると姉は複雑な顔をした。

 実は家族には俺に前世の記憶があることは話し済みだ。

 というか話さざるを得なかったのだ。思い出したショックで朝起きたら髪が総白髪になっていたのだから。


 そう言ってもこの世界は実は前世でプレイしていた恋愛ファンタジーゲームの世界なんだとは話してない。

 この国にはテレビどころか漫画も無いのだ。コンピュータゲームを説明する難易度が高すぎる。

 加えて自分がゲーム内の誰かが設定した架空の人物ですとか普通に嫌だろう。

 だから当時の俺もショックを受けた訳だし。

 世界の外側にプレイヤーが居て電源落としたらどうなるんだろうと考え続けてあの頃は本当に病んでいた。

 今はその時はその時とある意味開き直っている。


 だから自分が前世の記憶を取り戻したことと、ケーキ屋で働いていて疲れて転落死したことだけ話した。

 すると予想以上に家族はあっさりと納得した。


 どうやら前世を思い出す人間は百年に数回ぐらい出てくるらしい。

 そんな訳で俺は家族の協力もあり何とか前世の記憶を受け入れ普通に働けるぐらいに回復している。


「絶対無理はしないでよ、配達なら私も出来るんだから辛かったらすぐ休みなさい」

「そしたら誰が店番すんだよ」

「父さんに決まってるじゃない」

「夜明け前から働いてるんだから寝かせてやれよ……」


 俺の家は父子家庭だ。母親は十年前に流行り病で亡くなった。

 当時十三歳の姉が母の代わりに接客をやるようになった。俺も最初はその手伝いをして、その内父親側の仕事に興味を持ち出して製造に移って。

 将来はこの店を継ぐんだと思っていたけれど前世の記憶を思い出してケーキや菓子の類に怯えるようになった。

 結果ケーキ作りの手伝いすら店番すら出来なくなった。よく怒鳴られなかったと思う。


「平気よ、店内販売用の商品は午前中で売り切れるだろうし。そうしたら本日は休業すればいいのに」


 今のメイン顧客は配達先なんだから。姉はそう言いながら果物ジュースを飲んだ。


「パンやケーキの予約や定期配達とか、アリオに言われるまで思いつかなかったけど凄い助かるわ。売れ残りとか心配しなくていいもの」

「確かに廃棄が減るのは良いことだよね」

「それにお客さんからの評判も良いのよ、並んだり歩いてここまで来なくて済むって」

「ああ……確かに歩くのが大変な人もいるからね」


 パルトデ王国は一見平和な国に見える。実際国内の治安は良い方だろう。

 でも俺が生まれる前からパルトデ公国と戦争と停戦を繰り返してる。公国側の侵略戦争だ。

 俺は「恋と騎士と冒険と」をプレイしていたので侵略したがっている理由も知っている。だが誰にも伝える気はない。

 下手したら処刑されるし、何よりゲーム内とこの世界で同じ事情とは限らないからだ。


 事実なのは結果兵士が死んだり、傷痍軍人が出たりするのが珍しくないということだ。

 足を失ったら当然歩きにくい。なら荷物が増える買い物なんて更に大変だろう。


 家にいたくなくて街をうろついて、杖をついて歩く彼らや年寄りの姿を見て俺はそう思った。

 そして父にあることを提案した。


 それはパンの定期配達だ。ケーキや菓子も予約して貰えば配達する。

 寡黙な父はただ一言、良い考えだと言ってくれた。そして一週間後には店内で配達について告知のビラを貼った。

 そして近隣の家を訪ねて新サービスの紹介もした。


 結果俺が考えるよりも需要はあったらしい。

 今では配達で一日使うのも珍しくない。収入は安定するし廃棄ロスも減るしお客様には喜ばれるし良い事ばかりだ。

 そしてトラウマでケーキを作れなくなった俺もこの家に居続けることが出来る。


「大丈夫だよ姉さん、俺配達の仕事好きなんだ」 


 そう言って笑って見せる。

 姉は俺に無理はしないでよともう一度言うと焼き立てのパンを大きく口を開けて齧った。

 やっぱり今のパルの方が人間として好きだな。



   □□□□



「じゃあ、行ってきます」

「うん、よろしくね」


 朝食を終え開店準備を手伝った後、俺は配達姿になって姉に声をかけた。

 父親は俺たちと擦れ違いで軽く朝食を摂っている。少ししたら仮眠をするのがいつもの日課だ。


 各家庭用に紙袋で分けたパンと菓子を特注のキャリーカートに入れる。

 知り合いの錬金術師に頼んで衝撃吸収諸々の魔法をかけて貰っているので中の物が潰れにくくて助かる。

 俺はそれを引きながら家を出て指定された時間順に商品を配達して回った。


 時間指定とは言ってもそこまで厳密ではないものが多い。大抵がパンで夕食か翌日食べる分だからだ。

 最初は焼き立ての方が需用あるだろうと思って早朝から配達するつもりだった。

 でも予想以上に予約注文され全員の希望を叶えるのが無理と判断して午前と午後の二回にシンプルに分けた。


 でも競合がいないせいか配達時にとても感謝される。前世より労働時間も労働量も少ないのに不思議な気分だった。

 そんなことを考えながら俺は朝の街を歩いてパンの配達をこなしていった。




「おうアリオ、今日も白いな」

「嫌味かよポプラ」

「ちげーよ肌の事だよ、女の子たちが羨ましがってたぜ」


 午前中最後の配達先である花屋に行くと店番をしている青年が話しかけてくる。

 この緑髪のハンサムの名前はポプラ。俺の一つ上の十九歳で花屋の一人息子だ。


 そしてゲーム内でも名前が登場するプレイボーイである。

 彼の役目はお邪魔虫。女性にモテモテの彼はランダムで主人公のデートを邪魔してくる。

 そしてヒロインの好感度が低いとそのままデートは終わりヒロインとポプラがデートすることになるのだ。


 だから大抵のプレイヤーから垂れ目寝取り野郎というあだ名をつけられ嫌われてたし俺も嫌いだった。

 でもゲーム世界に転生した今は奇妙なことに友達である。恋愛が絡まなければ悪い奴では無いのだ。


「日焼け止め塗ってるからな」

「ああ森の奥の錬金術師から貰った奴」

「そう、まだ実験中だから女の子たちには教えるなよ」


 俺はそう返す。その錬金術師もゲーム内に出てくるキャラで主人公に怪しいアイテムを売ってくれる。

 簡単に言うと研究以外頭に無いマッドサイエンティストだ。

 パンを配達している内に仲良くなって実験台になる代わりに色々な便利アイテムをくれる。


「お前って誰とでも仲良くなるよな、でも危険な奴には近づくなよ」


 俺からパンの入った紙袋を受け取りながらポプラがそんな事を言ってきた。

 珍しく真面目な表情を浮かべている、そうすると整った顔が余計引き立つ。

 俺はヒロインたちが簡単に彼へついていった理由を今更知った。


「危険な奴って、スラムのチンピラ連中とか?」


 首を傾げながら質問する。この町は活気があるが闇が無い訳でもない。

 この大通りから少し離れた場所にはスラム街がある。

 昼でも薄暗くじめじめしている場所に好んで足を踏み入れる人間はあまりいない。

 無防備に一人で歩いて身ぐるみ剥がされても同情されることはない、そんな場所である。


「あいつらもだが最近外国から荒くれ者たちが流れてきているだろ」

「ああ、国王陛下が傭兵を大々的に募集してるからな」


 この国は長年続く戦争に終止符を打つべく現在他国から大量に傭兵を集めているのだ。

 ゲームの主人公もその誘いに乗ってパルトデ王国に来る。それが「恋と騎士と冒険と」の冒頭だ。


「チンピラと変わらない奴も多いし、無理やり女を口説いたりこの商店街でトラブルも起きてる。お前の店も気を付けろよ」

「わかった、姉さんにそう言っておくよ」


 俺が頷くとポプラはそうしろと腕組みをして同じように頷いた。


「パルもだけど、お前も気を付けろ」

「何でだよ」

「お前もパルと同じ顔してるからだよ、あいつら男でも顔が良ければお構いなしって聞くしな」


 だったらお前も気を付けるべきではと目の前のハンサム顔に言い返したくなった。

 しかし口を開こうとした瞬間少女の悲鳴が聞こえた。


「いやっ、止めてください!誰か……助けてぇ!」


 どこかで聞いたことのある声と台詞だ。何故か冷たい汗が流れた。



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