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第5話

「はあ……酷い目に遭った」


 メインヒロインのディエを助け、ついでにイオンの姿を見た翌日、俺はブルーム菓子店の店番をしていた。

 今日はパルが非番だからだ。昨日怒らせた罰では無い。

 代わりに配達の仕事は休みである。


 父親は朝食後の仮眠中だ。

 焼き立てのパンを求める客で忙しい時間帯は過ぎ、一人だけいた客も焼き菓子を数種類買って先程帰って行った。


「何で全然太ってないのに、あんなに体重気にするんだろうな……」



 俺は自分しかいない店内で呟く。

 自分が痩せろと言われたと誤解したパルの怒りは凄まじいものだった。彼女は十分スタイルが良い方なのに。

 どこの国でも、いやどんな世界でも女性の悩みや興味の上位には美容が入るものなのかもしれない。


 そんなことを思いながらショーケースに並べられているケーキに目をやる。

 一番売れているのはイチゴのショートケーキだが、次に売れてるのき砂糖控えめで代わりに果物がふんだんに入ったレアチーズケーキだ。


 レアチーズケーキはこの国の言語で『カロリー控えめ、お肌に良い』というポップを付けた途端売り上げが二倍になった。

 ケーキの製作者である父親は非常に驚いていたが俺も予想以上の効果に驚いた記憶がある。


 ポップを考案したのは前世の記憶を取り戻し、日本のケーキ屋で働いていた事を思い出したからだ。

 それまで父の手伝いをしていたが前世の死因が過労からの転落死だったせいか、店の厨房に入っただけで体が震えるようになった。


 当時の俺はケーキを見るだけでも顔が青くなったらしく、ケーキの販売自体が休止になった。

 でも俺はそれが一番つらかった。ブルーム菓子店のケーキの半分は俺がアイディアを出した物だからだ。

 人気商品だったレアチーズケーキもプリンアラモードもスワンシュークリームもそうだ。

 でもそれは日本で働いていた時に売れていたケーキを無意識に提案しただけだった。

 前世を思い出す前の出来事だから良くも悪くもケーキは俺の魂に染み込んでいたのだろう。


 けれど過去のトラウマのせいでケーキ作りも出来なくなり前世痛が軽減するまで自宅療養を命じられた。

 その時に商品に宣伝文句を付けることを思いついたのだ。太りにくさや美肌効果を連想させるようなものを。

 軽い気持ちだったのに売り上げが倍増し、俺が不在なのに更に忙しくさせてしまった父と姉に謝ることになった。

 二人とも謝ることは無いと言ってくれたが。


 そして俺も何とかパンとケーキに囲まれて店番を出来るぐらいまで回復した。

 厨房担当を新たに雇おうかという話も出ているが、父の眼鏡に適う人材が無い為保留中である。

 なので最近は姉がパンやケーキ作りを父に習い出している。なので今度求人するなら接客担当の方になるのかもしれない。


 俺は可能なら配達だけやっていたい。

 今もパンやケーキの甘い香りに囲まれているだけで漠然と不安になる。家族には心配させたくないから話してないが。

 配達が問題なく出来てるのは商品が包装されて見えなくなっているからというのが大きかった。

 昨日デイエに話した通りこの菓子店は姉が継ぐ。俺はいつ前世痛に苛まれるかわからないからだ。


「……別に死んだのはケーキだけが原因じゃないのにな」


 そう苦笑いしながら独り言を呟いた。

 階段を踏み外し転落死したのは過労で足がふらついていたせいもあるだろう。

 でもフラフラになって帰宅したのに慌てて家を出ることになったのは元婚約者が原因だ。


 当時同棲していた彼女はクリスマスの翌日「大切にしてくれる人と暮らします」の書置きを残し居なくなっていた。

 最悪なのは共同通帳と俺の通帳と印鑑まで一緒に持って行ったことだ。


 すぐ警察に通報すれば良かった。

 けれど疲れ果てた俺は頭が回らず、慌てて追いかけようとした結果アパートの階段から落ちたのだ。


 俺が死んだことで元婚約者は少しでも後悔してくれているだろうか、それとも馬鹿な男と嘲笑うだろうか。

 そんなことを考えていると突然店のドアが乱暴に開けられた。最早壁に叩きつける勢いだ。 


「おい!」


 流石に怒鳴った瞬間、鼻先に剣が突きつけられる。いつのまにか目の前にフルフェイスの騎士が立っていた。

 店内は広くないが俺は扉の前にいた訳でない。


 つまり今剣先を俺に突き付けている奴は、ほぼ一瞬で扉から俺の居る会計台まで移動してきたのだ。

 それだけで手練れの剣士だとわかる。もしくは魔法などが使えるのかもしれない。

 何でそんな奴が菓子店に来て店員でしかない俺に剣を向けているのか一切理解できないが。


「フン、思い知ったか!」


 そう腹の立つ台詞を言ったのは目の前の騎士では無い。何故なら声は少し離れたところから聞こえたからだ。

 視線を向けると開け放たれた扉に何かがみっちりと詰まっていた。

 一瞬真っ白な布団シーツでも引っかかってるのかと思ったが視線を上げると金色の何かが見えた。


「もしかして……人間?」

「貴様、この僕を豚扱いするか?!」


 恐る恐る言うと怒り狂った声が聞こえる。いや、豚どころか生き物と認識してませんでしたが。



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