「この犬小屋みたいな店も、子犬しか入れないような小さい扉も全部悪い!」
「成人男性も余裕で入れる大きさだけど……」
長身マッチョの父親に合わせてこの店の扉は縦にも横にも大きい。
菓子店だけあってふくよかな客は多いがこんな風に入り口に体がはまる人間なんて皆無だった。
「名門ゴールディング家の次期当主である僕、イオン・ゴールディング様を一般人なんかと一緒にするなっ、そして早く僕を助けろ!!」
ああ、この口の悪い球体ってイオンだったのか。俺はようやく気付いた。
貴族本人が来店することなんて滅多に無いから失念していた。
貴族の家にケーキや菓子の配達をすることはあるし、使用人がお使いで購入することはよくあるのだけれど。
そんな感じであまり出歩かないから貴族はふくよかな人間が多い、しかし入り口に詰まるような体型はイオンぐらいだろう。
名門貴族の次期当主なのに金で買うような真似をしなければ婚約相手も手に入らないのも納得だ。
しかも傲慢でアホだ。良い所が家柄くらいしかない。冷めた目で見ているとイオンは俺を睨み声を張り上げた。
「平民、ボサっとしないで早く助けろ! このノロマ!」
「……助けてやったら?」
言う事を聞く気にはなれなかったので、俺は自分に剣を突き付けたままの鎧男に対し言う。
彼は無言で剣を鞘にしまうと入り口へと向かった。
そして無言のままイオンらしきものをグイグイと押し出す。
「えっ、おいっ、いたっ、力強っ!」
イオンは叫びながら騎士によってボールのように店の外に弾き出されていった。
前世、運動会でやった大玉転がしを思い出す光景だった。
「……人間ってあんな風に弾むんだな」
騎士が転がるイオンを追いかけて行ったのを見ながら、俺は扉を閉め鍵をかけた。
とりあえず父を起こして、詰め所にいる衛兵でも呼ぼうかと思う。この国では衛兵が警官みたいな役割をしているのだ。
友達と遊びに出かけた姉が帰ってくる前に貴族と名乗る不審者を近隣から排除しておきたい。
用件はわかっている。昨日イオンの代わりにディエを助けたことへの逆恨みだろう。
ゲームでも主人公に対し様々な嫌がらせをして返り討ちに遭っていた。
「そういや、主人公出てこなかったな」
ゲーム序盤でヒロインのディエをチンピラから助けるのは彼の役目だった。
その役目を俺が意図せず奪ったから出番が無くなったのかもしれない。
だがそれは結果としてイオンの死亡フラグを折ったことにならないだろうか。
主人公がディエと恋愛関係にならなければイオンは結婚式で花嫁を奪われず、二人を追いかけて転落死もしないのだから。
「俺ってもしかしなくても、あいつの命の恩人なのでは?」
外でまだ騒いでいるイオンに対し俺は思う。
感謝は別に望まないのでせめて逆恨みは止めて欲しかった。
あと折角死亡フラグ折ってやったんだから少し痩せて長生きしろ。