「金で無理やり婚約してる自覚あるから、彼女と少しでも会話した男に嫉妬するんだ」
「き、貴様……無礼だぞ!」
イオンが顔を真っ赤にして怒鳴る。しかし俺の怒りの方が強いせいか今は全く怖くなかった。
そうか、相手よりも更に怒れば形勢逆転できるのか。学びを得た。出来れば二度と使いたくないが。
「あんた、ディエに雇ったチンピラをけしかけて襲わせようとしていただろう」
「な、何故それを……!?」
トマトみたいだった顔が今度は青くなる。
あんなにバレバレだったのに今まで気づかれてないと思っていたらしい。
自分の樽のような体型がどれだけ目立つか自覚していないのだろうか。
「いや、普通に見えてましたよ。チンピラたちが彼女に話しかけてる時にいつ出て行こうかワクワクしてましたよね」
「わ、わくわくなど……僕はただディエを救出するタイミングを計算していただけで」
「あのチンピラたち俺の店の常連なので、今から捕まえて事実確認してディエさんの前で白状させますけど」
「やっ、止めろ!金ならある!」
冷や汗か脂汗かわからないものを流しながらイオンは俺に叫ぶ。形勢逆転の空気を感じ俺は若干冷静になった。
最初からこうやって脅せば良かったのかもしれない。父の作ったケーキが犠牲になる前に。
後悔で胃が痛むのを感じながら、俺は頭を動かす。
今の目的はこの屋敷を脱出して帰宅すること。イオンと完全に縁を切ることだ。
「口止め料なんて要りません。二度と俺と俺の家族に関わらないでください。俺も貴方とディエさんには絶対関わらないので」
「……金が、いらない?」
まるで初めて聞いた言葉のようにイオンが目を丸くする。今まで金の力で思い通りに生きて来たのだろう。
腹が立つが好きにすればいい。俺たちに関わりさえしなければ生き方の一つだ。
ただイオンが愛しているディエは金だけでは満足できていないみたいだけれど。
「誰もが金だけで動かせると思わないでください。金は大切だけど金以外のものだって大切です」
「金以外のもの……家柄とかか?」
「俺にとっては違います」
イオンに尋ねられ首を振る。
貴族にとっては大切かもしれないが平民の俺にはどうでもいい。
「……じゃあ、ディエにとっては?」
「俺にわかりません、本人に聞いてください」
「聞ける筈無いだろう!」
答えられる筈の無い質問された上に怒鳴られた。
流石に理不尽すぎてムッとする。
何か言い返してやろうと思ったが、イオンの青い目は予想よりずっと幼く迷子の子供のようだった。
なんでそんな不安そうにしているのかはわからない。俺はストレートに尋ねた。
「何でですか」
「何でって……ディエが、僕の持ってない物を欲しがったら、あげられない」
ディエに捨てられたくない。彼の唇が声にならない台詞を紡いだような気がした。
同時に思い出す。
ゲームの中のイオンがディエに酷い捨てられ方をしたことを。
結婚式当日に花嫁姿で異国の傭兵と駆け落ちをしたのだ。
花婿姿のイオンはそれを追いかけようとして転落死した。
彼女が金持ち貴族のイオンまで捨てて欲しかったのは何だったのだろう。
ゲーム主人公に惚れていた。それも理由の一つではある。
自由を求めたのかも知れない。でもそれだけではない。
ディエは主人公に選ばれなくても多くのルートでイオンを捨てたのだから。
それって結局、彼女はイオンと結婚したくなかったというのが一番の理由だろう。
だが冷静になった今、イオン本人にそう告げるのは流石に躊躇われた。