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第17話

「だが、母上はこのままで良いと……」


 溺愛にも程があるだろう。俺は顔も知らないゴールディング公爵夫人に舌打ちする。

 まあ珍しい事ではない。イオンがここまで太ったのは、太れる環境があったからだ。


 肥満児となる生活に親の影響はかなり大きい。

 我慢の効かない子供に好きな物を好きなだけ食べさせていたら球体にもなるだろう。

 前世のケーキ屋でも、父のやっている菓子店でもイオン程では無いが似たような存在は見て来た。


 そんな場合は大抵裕福そうな身なりの親子だった。

 子供がケーキや菓子を好きなだけ買うのを許すのだから当然だろう。


 しかし甘やかすだけが子供の為になるとは限らないのだ。

 虫歯や肥満が原因で好き放題ケーキを食べられなくなって店内で泣いたり暴れたりした子供もいた。

 親の困り切った顔に寧ろ困っているのはこちらだと文句を言いたくなったものだ。


 生活レベルが違うからか、この暮らしでそこまで酷い親子に対面したことは無い。

 平民は贅沢品であるケーキや肉などを丸々と太らせる程子供に食べさせることはできないからだ。


 でもイオンの家は公爵家だからそれが可能で、結果甘やかされた息子は白豚悪役令息になった訳だ。

 俺は立ったまま腕組みをしてソファーに座るイオンを見た。


「イオン様が愛されたい相手は誰ですか」

「それは、ディエに決まっている」 

「だったら変わる必要があるとは思いませんか?」


 これは暗に今のお前は彼女に愛されていないと告げたようなものだ。

 口にした後でストレート過ぎたかとひやりとする。

 しかしイオンは先程のように癇癪を起こすことは無かった。余程ディエに愛されたいのだろう。


 そして愛されていないと自覚もしているのだろう。

 ゲーム内の彼の悲惨な末路を含めて哀れな気持ちになった。


 しかし、目の端にイオンが力任せに叩きつけたケーキの残骸が目に入る。

 紙箱の中だから直接惨状を見ることは無いが想像はついた。そのせいか同情の気持ちも殆ど消えた。


 ディエとイオンはシンプルに言えば俺にとって迷惑カップルでしかない。

 ディエは確かに父のせいで金に困り嫌いな相手と婚約する羽目になった。

 その境遇は気の毒だがイオンに嘘をついて俺を悪役にしていい理由にはならない。乗り換え先を探すにしてももっと上手くやれと思う。


「俺は絶対ディエさんに恋愛感情を抱きませんが、ディエさんは俺みたいな体型が好みなのかもしれません」

「なっ、貴様っ……!」

「勘違いしないでください。俺は彼女みたいな女性は全く好みでは無いです」


 寧ろ嫌いだ。前世で俺を裏切った元婚約者を思い出す。

 別れたいなら別れ話をちゃんとして欲しかった。正月休みは互いに実家に挨拶に行こうという約束に彼女は楽しみだと笑っていた。

 彼女が欲しがるからその為の振袖を買ったばかりだった。

 黙って出ていくにしても通帳を盗むのはやめて欲しかった。

 俺にも原因はあったかもしれないが、それが騙したり盗んでいい良い理由にはならない。


 ディエはイオンに逆らえないのかもしれないけれど、だからと言って自分から積極的に話しかけてきたのに俺が口説いたみたいに嘘を吐いたのは正直どうかと思うのだ。

 それを馬鹿正直に信じ込んでこちらの話も聞かず父のケーキを台無しにしたイオンも、二人ともまだ子供とは言え腹が立つのは止められなかった。


 俺がチンピラたちを止めて結果イオンの作戦は失敗した。そのせいかディエとゲーム主人公の傭兵が出会うことは無かった。

 ただディエがゲームと同じようにイオン以外の相手を求めているのは変わらないと思う。イオンが彼女の嫉妬深い婚約者なのも変わらなかった。

 この二人はこのまま時間が経てば、やっぱり周囲を巻き込んで取り返しのつかないことになる気がした。 


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