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第18話

 そして二人と知り合いになった以上、俺や俺の家族も巻き込まれる可能性はある。

 だったら今の内に出来るだけ対処をした方が良いと思えた。


 最初はゴールディング家に呼ばれたのが嫌で堪らなかったけれど、これも一つの機会だと考え直す。

 ケーキを台無しにされたのはまだ許せないが、その後のイオンは奇妙な程大人しかった。


 怒りを制御しきれず乱暴な言葉遣いをしたのに大して咎められていない。

 ゲーム内でイオンが特別扱いするのはディエと母親だけで他の人物、特に若い男に対しては攻撃性の強い性格だったのに。


 俺がデイエに一切邪な気持ちを持っていないことを理解したのかもしれないが、だとしても不思議だった。

 公爵令息の彼が菓子店の息子である俺の若干棘のある言葉を真剣に聞いているのだから。

 それだけディエに好かれたいと必死なのかもしれないが。藁にも縋るという奴だろうか。


 イオンの熱意がディエに届いて上手く行けばいいと思う。

 シンプルに二人が愛し愛される関係になれば後味の悪い展開も回避できるのだ。


「たとえばですけど、ディエさんが今の二倍ぐらい横幅が広かったらイオン様は婚約したいと思いましたか?」


 俺はそう問いかける。イオンの答えは予想とほぼ同じだった。


「それは……していない、かもしれないが」

「つまりイオン様もふくよかすぎる相手は嫌だという事ですよね?」


 重ねての質問に答えは無い。でもこの沈黙は肯定だろう。

 恐らくイオンは自分がディエの外見に惹かれたと認めたくないだけだ。貴族は政略結婚が珍しくないと聞く。

 そして貴族間でも身分の違う者同士の結婚の場合花嫁の多くは目立つ美貌と健康な体を持っているらしい。


 美しい妻と子を得たいと考える貴族男性は少なくないし、なんなら平民だって大して変わらない。

 貧しいが若く美しい娘を中年の豪商が後添えにしたとか、そういう噂話だって偶に聞こえてくるのだ。


 デイエは可憐な美少女だ。ゲームのメインヒロインという立場だったことにも納得がいく。

 ピンク色のセミロングの髪に花柄の髪飾りという大変目立つ特徴に難なく耐えられる美貌を持っている。

 中身が一切わからなくても、彼女が微笑めばそれだけで虜になる男は少なくないだろう。イオンもその一人だ。


 逆に言えばディエが華奢な美少女じゃなければイオンは婚約者にはしなかったということだ。

 それぐらい外見が与える印象は大変なのだ。少なくともイオンとディエの間では。


 だがイオンはディエの外見に惹かれているが、ディエはその逆だ。彼女が婚約しているのは多分金だけの為。

 イオンの外見にも性格にも愛情を持っていない。だからもっと良い相手がいないかせっせと探しているのだ。


 性格を変えるのは難しい。そもそもディエの好みの性格がわからない。

 ならばイオンの外見を変えるのが一番手っ取り早いのだ。そうなのだが。


「だが、ディエは人を外見で判断するような娘じゃない! 身も心も美しいんだ!」


 たまにいるんだよな。顔が良い人間は心も綺麗だと思い込む間抜けが。内心で舌打ちをする。

 まだ十六歳なら夢見がちでも仕方がないかもしれないが、公爵家の人間がこれでいいのだろうか。


 この世界は十八歳で成人だ。

 平民なら十五歳ぐらいからフルタイムで働き始める者も多い。俺や俺の父もそうだった。


 学校に行くというのは義務ではなく権利なのだ。

 少なくないお金を親に出して貰った上で勉強に多くの時間を費やせるという権利。

 だがディエの父親はそれが出来なくなった。

 結果ディエはイオンと婚約する必要があったのだろう。婚約者というよりパトロンみたいなものだ。


 そういう苦い決断をしたディエが甘やかされてお花畑みたいなことを言うイオンに好意を持てないとしたら、それも仕方ない気がした。

 だからといって彼女の行動を全肯定できるかというと、それは別の話になるが。



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