心が美しい人は嘘吐いて他人を悪者にしないだろ。
そう言ってしまいたくなるのを我慢する。
恋は盲目状態の相手がそれもそうだなんて納得する筈も無いからだ。
でもゲーム内でディエと親しくなる内に内面の話もしてくれるようになるが大体ネガティヴなことばかりだった。
父親のこととイオンとの婚約の事だ。あとは女優になりたいけどお金がかかって大変とか。
イオンについてはそうしないと暮していけないから仕方なく婚約したというニュアンスだった。
『だから待っているんです、私を連れて行ってくれる腕を』
そう言って悲しそうに微笑むピンク髪の美少女の姿が脳裏に浮かぶ。
ゲーム画面に映し出されたディエは薄幸のヒロインそのものだったが、今の俺には冷めた気持ちしか残らなかった。
彼女を連れて行かなかった俺の腕は腹いせに痴漢に仕立て上げられたようなものだ。
どんな事情があるにしても人を陥れる人間の心は美しくはないと思う。言わないけど。
「ディエさんの心が美しいなら、イオン様への不満も言えず我慢し続ける可能性もありますよね」
「えっ」
ディエの心が美しいとは思わないけれど実際我慢自体は相当していたと思う。
口にしなかったのは優しさではなく身分差と婚約破棄を恐れてだろうが。
「本当にディエさんを愛しているなら、そんな辛い想いをさせるのはどうなのでしょうね」
「そ、それは……」
やっぱりディエが可哀想とかディエに嫌われるのではという方向で説得するのがイオンは正解か。
彼女自身がそれに気づいてイオン改造計画を実施してくれるのが一番楽なのだが。
イオン様は痩せた方が素敵ですよと持ち上げれば即ダイエット始めそうだし。
もしかしたら俺が言っても少しは効果があるかもしれない。
悩んでいる様子のイオンに向かい俺は口を開く。
「それにイオン様は、少し体重を落とされたらもっと素敵になると思いますよ」
「な……!」
客相手にするような愛想笑いを浮かべ俺は真綿に包んだ『だから痩せろや』という言葉を発した。
余計なお世話だとかお前に素敵と思われても嬉しくないとか言われる可能性はあるが、そうしたら頭を下げればいい。
そして心の中で散々毒づくだけだ。恐らくディエが普段イオンに対してしているように。
しかし彼の反応はそのどちらでも無かった。
「ほ、本当にそう思うのか?」
ぷくぷくとした頬と耳を染め、確認するように俺に尋ねてくる。
俺は自身の驚愕を押し殺して再度愛想笑いを浮かべた。先程よりも深い物をだ。
「はい、そう思います。ディエさんの目にも素敵な紳士に映ると思いますよ」
「素敵な、紳士に……」
どこかうっとりするように繰り返すイオンは十六歳という年齢よりも年下に見えた。
彼は甘やかされきった結果我儘だが、その分純粋で単純な部分も多く残っていたのだろう。一長一短という奴か。
多分性格的な相性考えるなら同い年のディエよりも年上の包容力のある女性の方がイオンの相手には向いているのかもしれない。
私を助けて連れ出して欲しいというスタンスのディエよりはイオンをリードして良い方向へ導くぐらいの人が合っている気がした。
ゲーム内の攻略対象でそういったタイプの女性は何人かいた気がする。
イオンが一目惚れしたのがディエじゃなくそういった女性だったら、もっと上手く行ったのだろうかと考えて首を振った。
攻略対象だったヒロインたちは全員主人公外見ステータスが低ければデートも断るし挨拶しただけで嫌な顔をする。
ディエなどは女優を目指しているせいか特に審美眼が厳しい方だ。
恋愛ゲームと今いる世界が完全に同一とは思っていないが、この球体みたいなイオンを受け入れ愛してくれる人を探すのは困難に思えた。
なら俺が背を押すしかないだろう。ある意味乗り掛かった舟という奴だ。