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第22話

 ポプラは数年前から実家を出て近場で一人暮らしをしている。

 この国の平民としては結構珍しい生活だ。

 長男や一人っ子は大体実家で暮らしてそのまま家を継ぐのが殆どなので。


 ポプラは一人息子で家族が多くて家が狭い訳でもない。

 親子関係も良好に思える。

 なのに金を払って実家の近くに家を借りているは理由があった。


 彼と共通の友人には女の子を連れ込みたいだけだとからかわれていた気がする。

 何度かポプラの家に遊びには行っているが今のところ女性とバッティングしたことは無い。


 そんなことを思い出しながら俺はポプラの逞しい腕に引きずられるように彼の部屋に連れ込まれた。

 花屋勤務だが花瓶も植木鉢も無い。よく言えばシンプルで悪く言えば殺風景だ。


「ほら、座れ」


 見慣れたソファーに置かれるようにして座る。マネキンになった気分だ。


「ポプラ」

「ちょっと待ってろ」


 行動理由を訊く為に名を呼んだが会話のお預けを食らった。

 寄り道は先程かなりしたので早く家に帰りたいのだが。


 やきもきしながら待っていると手にタオルを持ったポプラが居間に戻ってくる。


「ほら、これで顔拭け。乱暴にはすんなよ」


 手渡されたタオルは湿っていた。適度に絞られた濡れタオルだ。

 だがこれを渡される意味がわからない。気付かず顔に汚れでもついていてのだろうか。

 俺は適当に顔をタオルで拭う。しかし白い布に汚れはつかなかった。

 タオルで顔を拭いたことで少し気分は良くなったが。   


「意味わからないんだけど」 

「何がだよ」

「急に部屋に連れて来てタオルで顔拭けって。汚れでもついてる?」

「は?」


 俺の発言にポプラは精悍に整った顔を僅かに歪ませた。

 何言ってるんだこいつとでも言いたげな表情だ。


「お前……もしかして気づいてなかったのか?」

「何が」

「さっきまで目と鼻とほっぺ赤くして、誰かに泣かされましたって顔で歩いてたんだぞ」

「はあ?!」


 全く予期しないことを言われて素っ頓狂な声が出る。

 自分がそんな顔をして歩いていたなんて思わなかったし知りたくも無かった。それはかなり恥ずかしい。


「嘘だろ……?」

「マジ気づいてなかったのか、鏡見て来いよ」

「言われなくても!」


 ソファーから体を起こし洗面所まで速足で行く。公爵邸と違って即目的の場所についた。

 飾りのない大きな鏡に自分の顔を映す。指摘された特徴を確かに確認し俺はがっくりと肩を落とした。


 白目が充血して目のふちが赤い。鼻と頬も室内でわかるぐらい染まっていた。

 頬に触ると濡れていたが、涙が原因かタオルの水分が移ったからか判断できない。


 泣きながら路上を歩いていた訳では無いと信じたかった。

 でもこの情けない顔を通行人には見られていたわけで。 


 大丈夫かと見ず知らずの人間に声掛けされたのも、こんな顔をしていたからかもしれない。

 真冬でもないのに目も鼻も頬も赤くして木に寄りかかっていたら、体調不良にも見えるし。

 しかし、疑問が一つある。


「……いつ俺、泣いた?」


 鏡を見ながら呟く。心当たりが本当に無い。

 家を出た時は当然泣いていない。もし泣いていたら家から出して貰えなかっただろう。


 そこから配達先に行く時も泣いてないだろう。理由が無い。

 ゴールディング邸の敷地内を散々移動させられて泣きたくはなった。でも泣いてはいないだろう。

 もし泣いていたら案内してくれた使用人たちも何か言ってくれる筈だ。泣いている不審者を公爵令息に会わせられる筈も無いし。


「いや、待てよ……」


 でも屋敷から出る時はやたら物言いたげな表情をされたな。入れ違いにイオンと会話した執事もやたらこちらを見て来た。

 つまり俺が泣いたのはイオンの部屋でという可能性が高い。

 そう考えた時、今までバラバラの放置していた疑問が集まり一つの答えになるような衝撃を受けた。


「もしかして、イオンの態度が変わったのって俺が泣いたからか……?」


 怒り狂っていたイオンが父のケーキを床に薙ぎ払った。しかしその怒りは長続きしなかった。

 理由は、俺がケーキを台無しにされたショックで泣いたからだ。

 つまり俺は涙を武器に年下を大人しくさせたってことになる。


「な、情けな……」


 自己嫌悪で俺は再び泣きたくなった。


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