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第23話

 父親のケーキがゴミのように扱われたことが確かにショックだった。

 イオンを殴ろうとして必死に堪えたぐらいだ。

 でも我慢できたのは暴力だけで、俺はあの場で子供みたいに泣いていたというのか。

 しかも泣きましたって顔で商店街まで歩いてきたとか。


「……精神的に死にそう」


 完全に黒歴史だろう。俺もう十八歳だぞ。

 この国では十八歳は大人扱いで結婚してる奴もそれなりにいる。しかも俺は前世で二十代だった記憶も持っているのに。

 大人になってから泣いたことが無い訳では無いけれど、流石に恥ずかし過ぎる。


 蛇口から水を出して乱暴に顔を洗う。

 近代ヨーロッパっぽい国だけど都市部なら平民の家に当たり前に水道がある。たっぷりのお湯に浸かれる風呂もある。

 前世の記憶を取り戻した時は突っ込みたくなったし自分がゲーム世界に取り込まれたとノイローゼになりかけた。


 でも井戸とかじゃなく水道を使えるのは本当に便利だし、風呂の無い暮らしなんて耐えられない。

 今では乗用車やバイクがあれば配達がもっと楽になるのにと欲張りな事すら考えている始末だ。

 移動に関しては平民は良くて馬車止まりなのは地味にきつい。

 噂では魔法や飛龍で移動したり出来る国もあるらしいが他国で暮らす予定は無かった。


 そう移動事情に思いを馳せても鏡を見ると、恥を晒したことを思い出してしまう。

 俺は濡れた顔のまま恨めし気に呟いた。


「何で誰も教えてくれなかったんだよ……」

「俺が教えてやっただろ」


 独り言のつもりだったのに返答があってギョッとする。

 振り向くと家主であるポプラが立っていた。


「ほら、乾いたタオル」

「……どうも」


 顔を拭く為のタオルを手渡されて礼を言う。

 ポプラは女好きだけど色々気が回って親切な奴だ。だから女性にも人気なのかもしれない。

 背が高くて顔が良いという部分も大きいとは思うが。


 俺はタオルで顔の水滴を拭うと、少し上にある友人の顔を見上げた。

 いつも浮かべている笑みが無い。すると飄々とした雰囲気が消え、背が大きいせいで妙な迫力があった。

 嫌な予感がした。


「で、なんで泣いてたんだ」

「……別に」


 まあ、そりゃ気になるだろう。大の男が泣きはらした顔で歩いていたなら。

 それが自分の友人なら尚更だ。こいつは親切だから家に連れて来て俺にそのを指摘して顔を洗わせてくれた。

 でもそれ以上は掘り下げないのも優しさでは無いだろうか。


「別にってなんだよ」

「俺だって理由無く泣く時だってあるよ」

「理由無いのに泣いてたらやばいだろ」


 それはそうだ。

 前世で仕事が忙し過ぎた時に悲しくないのに涙が止まらなくなった時を思い出した。

 俺はどうやらストレスにボロ負けすると泣くらしい。ケーキを壊されて涙が出た理由に今更気づく。


 ポプラの指摘で涙の理由を自覚したが、それを馬鹿正直に話す気にはなれなかった。

 こいつは軽薄なハンサムに見えて意外な程情に厚く優しい男なのだ。


 ゴールディング邸でのイオンとのゴタゴタを正直に話したから、相手が高位貴族でも構わず怒鳴り込む可能性がある。

 それにイオン暴走の原因になったディエについても報復めいたことはするかもしれない。

 基本ポプラは女性には甘いけれど、何でも許す男じゃないのは長い付き合いで知っていた。


 男女ともに知り合いの多い彼がディエを探し出すのは簡単だろう。

 その上で嘘を吐いて俺を悪人にしたことを抗議する。

 するとディエは多分イオンにそのことを言いつける。恐らく自分が完全に被害者だという形で。

 そしてディエに惚れこんでいるイオンは再度怒り狂う。

 結果、俺とポプラに対して公爵令息という立場と権限をフルに使って制裁しようとするだろう。


 ポプラをあの面倒くさい二人に巻き込みたくない。俺はそう思った。


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