絶対言いませんという俺の決意を察したのかポプラは溜息を吐いた。
そして長い脚でこちらへと近づく。
洗面台とポプラの間に挟まれるような形になって、俺は焦った。逃げ場がない。
この距離で怒鳴られたら耳にかなりダメージが来そうだ。
俺が内心焦っているとポプラは口を開いた。想像したよりずっと静かな声だった。
「アリオはさ、俺が泣きながら前から歩いてきたらどうする?」
「え……」
「それで理由聞いてもお前なんかに絶対話しませんって顔されたらさ」
「なんかって……」
別にポプラを軽んじて話さない訳では無い。
寧ろ大切な友人だから身を案じて話せないのだ。
そう反論しようとしたが彼の緑の瞳が悲しそうで何も言えなくなってしまった。
「アリオ、俺ってそんなに頼りないか?」
「そんなことは……無い、俺はポプラに助けられてるよ」
彼とは前世の記憶を取り戻す前から友達だった。
子供の頃俺は近所の子供にしょっちゅう虐められていた。
多分美人で人気者の姉を持っていた嫉妬もあるのだろう。
男なのに女みたいとか、姉よりも弱いとか、子供だからか随分理不尽な理由だった。
姉さんがそれを目撃した時は激怒して虐めっ子たちを蹴散らしてくれたが、余計それが反感を買った。
今考えれば俺自身が気丈に言い返すべきだったが、当時は難しく外にすら出たくなくなる有様だった。
その憂鬱な毎日が変わったのはポプラ一家が近所に引っ越して来てからだった。
年が変わらない俺とポプラはすぐに仲良くなった。もしかしたら彼は姉のパルと近づきたかったのかもしれない。
だとしても話題が豊富で運動神経も良いポプラと遊ぶのは楽しかった。
他の子供たちも同じで彼はすぐ子供たちのリーダー的存在になった。
結果、俺に対しての虐めもいつのまにか消えていた。ポプラと家族ぐるみで仲良くしていたからだと思う。
そして俺が前世の記憶を取り戻してフラッシュバックや、今いる世界と前暮らしていた世界の擦り合わせが出来なくなった時も彼は助けてくれた。
自分がゲーム内の住人だという絶望が薄らいで、それでも現実として暮らしていくんだと受け入れられたのはポプラたちのお陰でもある。
前世の俺は家族に恵まれなかったし友人らしい存在も居なかった。
でもこの世界では寡黙だけど優しく頼りになる父と、勝ち気だが明るい姉からの確かな愛情を感じている。
そしてポプラとの幼馴染という関係とそれで築いた友情も得難いものだった。
なのでわかる。ポプラは俺が理不尽に泣かされたら相手が誰でも黙っていないと。
だから離せないのだ。巻き込みたくはない。特にポプラは遊び人と良くない意味で噂される時もある。
ディエがポプラに弄ばれたとかイオンに言い出したら彼の実家の花屋が取り潰されるかもしれない。
イオンは話せばわかる部分もあると今は知っているが、イオンの怒りを鎮めないと話すら出来ない。
俺は偶然泣いたせいでそれが出来たけどポプラは難しいだろう。
「なあ、俺ってそんなに親友として信用できない?」
「違う。逆に信用しまくってるから言えない」
俺が言い返すと饒舌なポプラは何故か沈黙した。このままうやむやに出来ないだろうか。
少なくともこの包囲体勢から逃げたい。
俺が横目で逃亡経路を探していると、急に腰を掴まれる。