「頭痛くなってきたな、怒鳴った件で抗議されたらどうしよう……」
今更過ぎる後悔に胸が重くなる。
もっと大人になるべきだった。
父親や姉に大丈夫だと見栄を切って公爵邸に行ったのに。
「大丈夫だろ、怒鳴ったことを罰するつもりなら屋敷から出さないだろうし」
「怖い事言うなよ……」
慰めの意図は理解しながらも俺はポプラの物騒な発言に抗議した。
流石に貴族が無礼な平民をその場で手打ちにしたとかいう話は最近聞かない。
昔はあったらしいが今の国王は穏健寄りの人だ。そこまで貴族が好き勝手するのを許しはしないだろう。
「それにお前が感情的だったというなら向こうはその倍考えなしだ。大事にして恥をかくのは貴族の坊ちゃん側だろうさ」
「……それをイオンが理解してくれてたらいいけどな」
ポプラの言葉に本心からそう返す。
今はもう俺が頭を下げて住むなら幾らでも下げる気持ちにはなっている。それで家に迷惑がかからないなら。
でも欲を言えばイオン側も多少の反省して俺たちに二度と関わらないで欲しい。
そしてもし叶うならディエの言葉を鵜呑みにするのを止めて欲しいし、痩せて欲しい。
きっと彼女が貴族で金持ちで自分を甘やかすイオンをあそこまで嫌っているのはあの丸々とした外見も原因だろうから。
「もしゴールディング家が何かしてこようとしたら今度こそ俺に言えよ」
ポプラが自分の胸を叩いて言う。
頼もしい様子だしその気持ちは有難いが彼も平民だ。貴族に逆らえるだろうか。
「嬉しいけど、そっちに迷惑かけるだけだよ」
「気にすんな、確かに俺は権力持ちじゃないけどコネはそれ相応にあるからな」
力強く肩を叩かれ言われる。
「コネ?」
「まあ色々な、それに俺はディエの親父や住む家も知ってるんだぜ」
微妙に怖い事を言って花屋の色男は笑う。
「まあ俺が何かしなくても、あの娘は近所では腫物扱いされてるみたいだけどな」
「腫物?」
「まず父親が今は無職だっていうのに元騎士だってプライドで酔っ払って威張り散らしてるしな」
「それは……浮くだろうな」
「そして娘も今は未来の公爵夫人だって、遠巻きにされてるらしい」
「遠巻きに?」
将来金持ちになるのが確定している相手になら逆に擦り寄ったりするもんじゃないだろうか。
俺の疑問に対しポプラは呆れたように答えた。
「俺やお前が下手に関わってどんな目に遭ったかもう忘れたのか?」
「ああ……」
すぐ納得する。ディエを不快にさせたらイオンが制裁に飛んでくる。
しかも彼女の快不快の判断はわかりづらい。
だったら関わらないようにするのが賢いとディエの近くにいる者たちは判断したのだろう。
「しかし詳しいなポプラ」
「まあ、俺もはめられた直後は腹が立って文句ぐらい言ってやろうと思ったからな」
若干後ろめたそうな様子でポプラが言う。
彼もディエの嫌がらせで無駄働きをさせられたのだ。ネガティブな感情を抱いても仕方がない。
「それでディエに抗議はしたのか?」
「しなかった。しても面倒なことになると思ったし……それで気が晴れるとも思えなかったからな」
僅かに表情を曇らせて彼は答えた。確かにそうだろう。
ディエが反省してもうしませんと誓うなら文句を言う意味はあるだろうが、多分そうはならないだろう。
そう考えているとポプラは俺の肩に逞しい腕を回した。
内緒話をするように耳打ちをしてくる。
「それで、お前はディエに何かするつもりなのか?」
俺は質問に一瞬目を見開き少し考えた後で首を振る。
「しない。二度と関わりたくないから」
「だろうな。だからあの娘は今孤立してるんだよ」
さっさと結婚して貴族社会に行けばいいのに。
普段親切で優しいポプラの口から出る冷たい言葉に俺も後ろめたく同意した。