「……だが、嫌がらせかはわからない」
父親の言葉に俺は思考を父母からイオンに対してに戻す。
「……俺もパルが公爵家の使用人と話しているのを聞いていたが」
「うん」
「高価な商品を中心に大量に注文しようとしていた」
「高価な商品を? しかも大量に?」
「そうだ」
「もしかして注文だけして踏み倒すつもりだったんじゃ……」
「……いや全額前払いすると言っていた」
確かにそれだと嫌がらせにしては妙だ。
心情的な不快感を除けば俺たちの店は儲かりゴールディング家が損をする。
捨てるにしろ大量のケーキや菓子を処分するのも手間がかかるだろう。
俺は首を傾げた。
「何でそんなことを……」
「パルは、謝罪のつもりじゃないかと言っていた」
「謝罪?」
「……ああ、お前に酷いことをした慰謝料のつもりじゃないかと」
「慰謝料って……」
「容赦なく断っていたが」
姉さんらしいと苦笑いしつつ、俺はその光景を想像する。
パルはきっと目が笑っていない笑顔を浮かべていたに違いない。
しかし謝罪の代わりの大量注文か。
姉の推測が事実だとしても金持ちの考えることはわからない。
「別に謝罪されたとかではないんだよね」
「そうだ……だからパルは気に入らないと怒っていた。金で黙らせるようなやり方だと」
金で黙らせるやり方と聞いて少し納得する。
つまり俺がゴールディング家で受けた仕打ちを言い触らすなと口止めしようとしたのか。
確かに貴族の常連客はいる。そのことは今日店に来たイオンも知っていた。
「知られたくないなら、馬鹿な真似しなきゃいいのに……」
溜息交じりの言葉に父が無言で何度も頷く。この場に姉が居たら力強く言葉で同意しただろう。
「……だがそれが事実かはわからない。何も言われていないからな」
「多分空気読んで忖度しろってことだと思う」
「……面倒臭いな」
シンプルな父の言葉に笑ってしまう。確かに面倒臭い。
だからこそ貴族は貴族を相手にした店と付き合うのが一番良いのだ。
ゴールディング公爵家の今後が他人事ながら心配になる。
ゲームのディエルートだと唯一の跡取りのイオンは転落死してしまうが、この世界ではどうなるだろうか。
外見が美男子に変わったイオンにも靡かないなら別の男に惚れてイオンを捨てる可能性は消えない。
その場合イオンはどうするのだろう。ゲームだと酷く落ち込んで引きこもったという説明だけで終わった。
「それで二回店に大量注文の依頼が来て、それを両方断って、それで終わり?」
「ああ……そう、思っていた」
父親が表情を険しくして言う。幼い子供が見たら泣き出しそうな顔だと思った。
理由はわかる。今日イオンが店に来たからだ。
「……やはり俺が店主として直々に断った方が良かった」
「だからって、今から公爵邸に行くなんて言い出さないよね?」
「……今日はしない」
「いや今日じゃなくても行かなくていいから!」
俺は慌てて父親に叫んだ。絶対殴り込みや襲撃と誤解されて衛兵を呼ばれる。
確かゴールディング家は私兵も相当いた筈だ。父が怪我したり牢屋に入れられるなんて耐えられない。
「大丈夫だよ、俺もちゃんと断ったし。しかも本人に」
「……なんで公爵家の人間が直接店に来たんだ?」
今更不思議そうに父親が言う。確かに最もな疑問だが父の話を聞いて腑に落ちた部分もある。
「多分使用人だと断られると思ったんじゃないかな」
そして、もう一つ。イオンの外見が別人並みに変わっていたことだ。
だから俺は最初客がイオンだと気付かなかった。きっと店頭に商品があればそのまま売っていただろう。
偽名を名乗ったらきっと予約も受けていた。
結局イオン本人が名乗って正体が判明したからお断りモードに入ったが。
そこまで考えて俺も首を傾げた。
「つまりイオンって……単純にケーキを食べたかったってことか?」
「……自分で台無しにしたのにか?」
そう父に言われて、そうだなと同意する。
後から父のケーキの評判を聞いて食べたくなった可能性もあるが断ったことに対し後悔はしていない。
「もしうちのケーキをどうしても食べたいって言うなら、まず台無しにしたことを謝ってもらわないと」
「……お前を傷つけて、泣かせたこともだ」
どこまで知っているかわからない父の発言に内心ぎょっとしながら聞き流す。
ここで何で知ってるなんて詰め寄って終わったことを掘り返すつもりはない。
(そう、終わったことだ。何でイオンが今更店に来たかは分からないけれど……)
ディエに愛されないのは俺のせいではない。
努力して痩せたのは偉いとは思うけれど。それだけじゃ彼女を振り向かせるには駄目だったんだろう。
だから俺を責めるような目で見ないで欲しい。
ディエに捨てられた後に相性の良い貴族の娘さんと再婚約でもして俺の知らない所で適当に幸せになって欲しい。
そんなことを考えていたのに一週間後再びゴールディング公爵邸に足を踏み入れることになるとは当時の俺は全く想像もしていなかった。