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第42話

「前見た時より半分の大きさになってて、最初誰かわからなかった」

「そうか」

「その衝撃が今でも残ってて、ぼんやりしてたんだ」

「そうか、他には?」


 頷きながら話の続きを促してくる。

 理由はそれだけじゃないだろうという無言の声が聞こえた。

 俺は何回か目を泳がせながら口を開いた。


「……実は今すぐケーキを作れと言われて、無理ですって断った」

「……そうか」

「相手が高位貴族なのに相談せず独断で断ったから、少し迷ってた」

「お前は悪くない」


 父親に言われてホッと安堵する。これは演技じゃない。


「俺でもパルでも対応は変わらない。作れない物は作れない」

「だよ、ね」

「それにゴールディング家の注文は受けないことにしている」

「……は?」


 それは初耳だった。

 俺が驚いた声を上げると父は不自然に顔を逸らす。


 先程までと攻守逆転だ。


「それ、俺は何も聞いてないけど?」

「……そうだったか?」

「そうだよ!」

「……そう、か」

「姉さんは知ってるの?」

「……ああ」

「そうなんだ、俺だけが知らなかったんだへー」


 冷たい目で見ると男らしい顔に汗をダラダラと流し続ける。

 寡黙で口下手だが意思疎通が難しい訳では無い。父は意外と表情に出るタイプなのだ。


「……数回断ったらもう注文されなくなったから」

「つまりゴールディング家から数回は注文があったってこと? それって俺が店番禁止されてた時?」

「……そうだ」

「何て言って断ったの?」

「……確か、うちの商品は、そちらの口には合わないようだみたいなことを」

「……姉さんが言った?」

「……そうだ」


 父の答えに俺は納得する。

 貴族相手に物怖じせず反論もさせず断れるとしたら口達者なパルだろう。


「それってイオン・ゴールディング本人に?」

「……いや、使用人だった筈だ」

「そっか、最後に注文されたの何時頃」

「……二か月前だ。お前が公爵邸から帰って来た直後とその一週間後に」

「ふーん……変なの」


 俺の知らない所でイオンは謎な行動をしていたらしい。

 最初にケーキを注文して持ってこさせたのは俺への嫌がらせの為だった。


 ならその後に二回わざわざ店に使用人をやって注文させたのはどういう理由なのか。


「……もしかして又ケーキを捨てる嫌がらせをしたかったのかな」


 先程とは種類の違うモヤモヤをイオンに対して抱える。

 これには苛立ちや敵意が含まれていた。 


 嫌がらせの為に懲りず食べ物を無駄にしたり父や店を巻き込むようなことをする人間は許せない。


「そんなに俺が嫌いなら、直接俺に対し怒鳴るなりすればいいのに」

「そんなことは俺がさせない」


 呟くように言った言葉に父が即座に返す。


「お前をそんな目に遭わせたら死んだあいつに夢の中で怒られる」


 あいつというのは大分前に亡くなった俺の母親だ。

 元々は彼女がパン屋の一人娘で、父はそこで働いていたのだ。

 けれど今は母もその祖父祖母も亡くなり完全に父の店になっている。


 父が独り身になって大分経つけれど再婚の気配は全く無い。

 彼はまだ自分の妻を愛しているのだ。

 そして同じぐらい二人の子供である俺と姉の事も愛している。


 こんな場合じゃないのに胸が温かくなった。



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