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第41話

 なら他に考えられることは急な減量による体調不良。

 あそこまで一気に痩せたのならこちらも有り得る。


 けれど体調不良なのにわざわざ菓子店に一人で来たりするだろうか。

 イオンは公爵夫人の母親に溺愛されている筈だ。

 なら具合が悪い彼を屋敷の外に出すと思えない。

 それに短いが会話をして顔も何度か見つめたが不健康そうな様子は無かった。

 妙に落ち込んだ様子だったが顔色も悪くなかった。

 だからこの可能性も、低いと判断する。


 そうすると他に考えられることは一つだ。


(……ディエが相変わらず冷たいままなのかな)


 布巾を乾いた物に取り換えケースを乾拭きしながら思う。

 確かに俺は痩せればディエに好きになって貰えるかもとは言った。


 それを信じてイオンは痩せようと決意し努力したのかもしれない。

 けれど彼の婚約者の態度は変わらなく、イオンは落ち込んだ。


 消去法だがこれが一番有り得るかもしれない。そして一番同情出来る。

 人を愛する理由として外見が全てでは無い。

 ディエはイオンの外見以外の部分が気に入らず愛さないのかもしれない。


 公爵家に産まれ母親に溺愛されているイオンと、父親に虐げられているらしいディエ。

 住む世界が違う二人だがディエの美貌がイオンの心を射止めた。

 そして強引に婚約した。この時点でディエがイオンに対し辛辣な感情を抱いてもおかしくは無い。


 イオンとディエは恋愛感情でなく契約で結びついた関係なのだ。

 イオンはディエを愛しているだろうが、それを理由に婚約した時点でディエの感情は無視されている。


 どういう形で婚約したのかまでわからない。ディエ側に断る権利はあったのかも知らない。

 俺が知っているのはイオンがディエにベタ惚れで、ディエはイオン以外の男と付き合いたがっている。それだけだ。


 イオンがディエに愛して欲しいと願う気持ちも理解できるし、ディエがイオンを愛せない理由も理解はできる。

 そしてディエがイオンを愛さなかったとしても俺のせいではないと思う。


 でもイオンに愛して貰えるかもと期待させて糠喜びさせた罪は少しだけあるかもしれない。

 そう考えると気分が重くなった。


 すると後ろから声がかけられる。


「……アリオ、後は俺がやる」


 そういって手を伸ばしてくる相手に俺は緩く首を振る。


「大丈夫だよ、もう少しで終わるから」

「……気分が悪いなら、今日は早く休め。暫く店番もしなくていい」


 手を伸ばしたまま告げる父親に俺は目を丸くした。

 今更気づいたのかと言われそうだが随分と過保護だ。


 家族経営な上に父子家庭なのだから一家全員で働かないと菓子店なんて成り立たない。

 確かにそろそろ従業員を増やそうかという話はしていたが、求人すらしていない段階だ。


「いや本当に平気だよ。ただ色々考えていただけ」

「……何を考えていたんだ」


 今日の父は随分と食い下がってくる。

 それだけ俺の様子がおかしいのかもしれない。自分ではそこまでではないつもりだが。

 心配させているのは確かだ。いい年して頼りない息子で申し訳ないと思った。


 多分ここで何もないとか曖昧な返事をしても父は納得しない。

 ある程度の本音を語って納得してもらおう。俺は口を開いた。


「あのさ、今日ゴールディング公爵家の息子が来たじゃん」

「ああ」

「なんか別人みたいに痩せてて吃驚したんだ」

「そうか」


 口下手で寡黙な父と会話すると返ってくるのは大抵短い相槌だけだ。

 だが長い付き合いだから今更気まずくなったりはしない。

 ちゃんと聞いてくれているのはわかっている。

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