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第23話 水着姿って見たくありませんか?

 シェアハウスをして数日が経った頃、世間は夏真っ盛りで連日真夏日を更新し続けていた。


「暑ィ……、崇、アイスとって」


「もうないッス。氷ならかろうじてありますが、舐めます?」


「舐める……っとーか、暑過ぎて死にそうだ。こんな暑い日に、よく杏樹さんも千華さんも出かけようと思ったよな」


 せっかくの高校生最後の夏を特別なものにしようと、千華さんが買い物へと誘ったそうだ。

 美女二人でパンケーキを食べたり、かき氷を食べたり、きっと可愛いことをしているのだろう。


「あー、そういや今日は水着を見てくるんだーって言ってましたよ。ちなみに絋さんは水着持ってるんですか? きっと千華さんのことだから、今晩あたりプールに行きたいって言いだすと思いますけど」


「あァ?」


 水着なんて持ってねぇよ。そもそもプールなんて聞いてないし……そう言おうと思った時だった。ワチャワチャと楽し気な声を上げながらドアを開けた女性達の声が聞こえてきた。


「ただいまー、崇さん! すごい可愛い水着見つけたよ。今日、行こう! プール行こう! ナイトプールに行こう!」


「あァ……⁉︎」


 ナイトプール? いや、待って?

 暑さでやられた脳じゃ、何もまともに考えられないんだけど?


「あー、おかえり千華さん。いい水着が見つかったんだね」


「うん、すごく可愛い♡ 私はショッキングピンクのビキニにしたんだ。杏樹ちゃんは黒のリボン状の可愛いのだよ♡」


 え? え? えぇ……?

 何? 俺、まったく状況が把握できていないんですけど?

 すると後から部屋に入ってきた杏樹さんが、少し疲れた表情で俺の近くに腰を下ろしてきた。


「ただいまです、絋さん。ゆっくり休めましたか?」


「杏樹さん。えっと、おかえり……っていうか、え? 水着買いにいったん?」


「元々は服を見に出かけたんですけど、流れで。そしたらトントンっとプールに行く展開になって。絋さんは水着ありますか?」


 あるわけがない。

 だって、高校卒業と同時に社畜になった男だぞ? そんなリア充の装備なんて持ち合わせていない。


「良かった、一応絋さんの分の水着も買ってきました。お揃いのデザインですけど、無難なデザインだから恥ずかしくないと思うので」


 そう言って見せてくれたのは黒が基調の大柄な花が描かれている大きめの水着だった。

 流石、できる女は一味違う。


「私も同じ柄で、首の後ろでリボン結びするタイプの水着なんです。せっかく買ったから絋さんにも見てもらいんですけど、一緒に行きませんか?」


「行きます、死んでも行きます!」


 杏樹さんの水着姿を想像して、二つ返事で行くと伝えた。高校の時の水着は競泳ビキニだったからどうしようかと思ったが、杏樹さんが選んでくれたのなら、ますます着ないわけにはいかない。


「わぁー、流石だね杏樹ちゃん。スゴく自然な流れでペアルックを勧めてる」


 ヒューっと唇を鳴らしながら感心する千華さんに「どういう意味?」って崇が聞いていた。


「だって絋さんって、顔だけなら崇さんよりもイケメンでしょ? 変な虫が寄ってこないようにお揃いの水着を用意して牽制してるんだよ」


「——えぇ? いやいや、それは考え過ぎなんじゃ?」


「ううん、杏樹ちゃんはペアの水着を選んでたもん。『絋さんは優しいから女の人の誘いを断れきれないかもしれないから、私が守んなきゃ』って。ちなみに私は可愛い水着が着たかったから、好きなデザインを選んだんだけど」

「うん、それが千華さんだと俺も思うよ。しっかし、杏樹さんって見た目よりもずっと独占欲が強いんだ……。絋さんって気づいてるんかな?」


 二人がそんな会話をしていることも露知らず、俺は杏樹さんに言われるがままに頷いていた。


 ————……★


 そして夜、俺達は予約していたホテルへ向かって車を走らせていた。昼間は子供達が賑わっているホテルプールを、夜はイルミネーションをふんだんに光らせたナイトプールとして開放しているようだった。


 水に浮かんだフラミンゴの浮輪。パイナップルやスイカのボール。七色に点滅しながら輝くカラーライトに発光している水面。


 ハイビスカスを飾りにした炭酸系のアルコール。フルーツ盛り合わせ、クリーム鬼盛りのパンケーキ。


「ま、眩しすぎる……! こんなキラキラした世界が存在するなんて!」


「何をしているんですか? 早く行きましょう?」


 ちなみに最近まで俺と同じ喪男子だった崇も圧倒されて硬直気味だった。杏樹さんもキョロキョロと挙動不審に警戒をしているし、第三者からしたら場違いな集団だと思っただろう。


「もう、せっかくきたんだから遊ばないと勿体ないですよ? 崇さん、私はバナナボートに乗りたい。早く行きましょ?」


 来て早々、別行動となった俺達だったが、ビクビクと震える杏樹さんを一人にするわけにはいかないと、覚悟を決めて手を差し伸べた。

 おそらくまだ、こういう華やかな場には抵抗があるのだろう。


「杏樹さん、行こう。あっちに飲食スペースがあるから、何か飲み物を買おうか」


 すると、パーカーを握り締めていた手を緩めて、ゆっくりと指先に触れてきた。そしてそのまま指先を絡めて、しっかりと繋いできた。


「絋さんは……ずっと私の傍にいてくださいね? こんなところで一人になったら恐いから」


 モジモジと大きめのパーカーで肌を隠すような仕草をしながら上目で懇願して、これはズルい。可愛過ぎるじゃないか。


「んじゃ、杏樹さんも俺の手を離さないように気をつけてて。俺だって心配だよ。杏樹さんは可愛いから他の男が声をかけてきそうで」


「え、そんな……っ、でも私は絋さんが好きだから、絋さん以外はどうでもいいです」


 顔を真っ赤にさせながら、なんて愛らしいんだ。


(よく考えたら、これが好きだって言われてから初めてのデートじゃねぇか?)


 チラッと彼女を見ると、いつもよりも濃いメイクでしっかりと綺麗に仕上げて。今はパーカーで隠れているけれど、自分に見せる為に買ってくれた水着を着ているのだ。


 そう思ったら自然と繋いだ手に力が籠って、俺の方まで緊張が身体を支配し始めてきた。


 ————……★


「ナイトプール編、スタートです!」



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