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第30話 最低最悪

 杏樹side……★


 絋さんとの関係が深まったナイトプールの日から、何もかもが順調で毎日が楽しかった。

 ミヨさんは私と絋さんの関係を「お子ちゃまの恋愛です」とバカにしていたけれど、私は十分すぎるくらい幸せだし、ゆっくりと関係を深めていければいいかなと思っている。


 だけどその一方で、色んな男子に声を掛けられるようになった。

 今日も一人、他のクラスの男子から呼び出されて告白をされてしまった。


「初めて及川さんを見た時から綺麗な人だと思っていたんだ。よかったら今度、一緒に映画でも見に行かないかな?」


 彼は女子に人気のある軽音部の生徒だと噂を耳にしたことがある。

 だけど絋さんに出会ってから、私の中で他の男性はその他大勢の一人にしか思えなかった。


「ごめんなさい。私には好きな人がいるので、他の人と出かけることは出来ません」


 一刀両断の返事にショックを覚えつつ、告白をしてきた男子生徒は食い下がるように言葉を続けた。


「好きな人ってことは、まだ彼氏じゃないのかな? それなら俺のことを知ってもらってからでも」


「申し訳ないですが、このまま好意を持って頂いてもお応えできないと思います」


「え——っ、いや、そんな……」


 とりつく島もない容赦のない言葉に、流石に反論の余地もなかったようだった。


(でもそれが本音だから……私は絋さんが好き)


 あの日、絋さんと出会った時に私は生まれ変わったんだ。その証拠に世界がキラキラして見える。何を食べても美味しいし、楽しいし、全部が最高。


「……はぁ♡ 早く学校が終わらないかな?」


 憂いを帯びた表情に周りの人間が見惚れていることにも気付かずに、私は絋さんの指先の感触を思い出していた。


(私が知らなかったことを色々知っている絋さん……♡ 次は何を教えてくれるのかな?)


 その時だ。頬杖をついていた机に『ドン!』と衝撃音が響いた。誰だろうと顔を上げると、そこには遠縁の親戚、鳴彦さんが座っていた。


「——どうしたの、鳴彦さん。何か用事?」


「何かじゃなぇよ。さっきお前を呼び出した男、水嶋みずしま先輩だろう? 女にスゲェー人気がある男なんじゃねぇの?」


 何だ、ただの野次馬か。

 私は何気ない話題に「ふぅ」っとため息を吐いて目を逸らした。


「別に関係ないし。人気な人なら尚のこときちんと断ってあげた方がいいでしょ? 不毛な片想いを続けるよりも素敵な彼女を見つけた方が有意義だよ」


「んじゃー杏樹は有意義な時間を過ごせる男を見つけたのか? 最近、ミヨと仲良くしてるみたいじゃん? ったく、何を話しているのやら」


「ミヨさんには色々教えてもらってるよ? オススメのデート先とか、男の人が好きそうなファッションとか。あと、鳴彦さんとどれだけしてるとか、そのためにをしてるのかとか」


 ピクっと鳴彦さんの口角が歪んだけれど、諦めたように息を吐いて頭をクシャっと掻き上げた。


「……やっぱお前って雰囲気が変わったよな? 別にお前がどれだけエロいことをしようが、もうどうでもいいんだけど、少しは自重しねぇと面倒なことになるぞ?」


「え……?」


 自重も何も、そもそも私は何もしていない。

 ただ今夜も絋さんと何をしようか考えているだけだ。


「ったく、その顔だよ。エロ過ぎだからやめろって」


「そんなことを言われても、私よりも鳴彦さんとミヨさんの方がエッチなことをしてるのに? 自分達はしてるのに、私には考えることすらしたらいけないってズルくない?」


「俺達は程よく発散してるからいいんだよ。杏樹の場合はだだ漏れなんだって! あー、腹立つな、クソが!」


 何かを言いたげに睨みつけていたけれど、そんなのどうでもいい。今はもう鳴彦さんも怖くない。絋さんさえいてくれたら、他には何もいらないくらいだ。


「あー、鳴彦? ひっさしぶりー! 何で二年が三年生の教室にいるの? ナチュラル過ぎて気付かなかったー」


 いきなり声をかけてきたと思ったら、鳴彦さんの背中に抱きついて、戯れ合うようにギューっとしてきた女子生徒が。


 とんでもなく大きなおっぱいとテレビの中のアイドルみたいに愛らしい顔立ち。

 でも私を見る目に敵意を感じて、胸がザワザワと騒ついた。


「ねぇねぇ、鳴彦ォ。最近莉子と遊んでくれないじゃん? つまらないんだけどォ……。今日一緒に帰ろ? ねぇ、ねぇ?」


「何だよ、お前……っ! 邪魔邪魔、今俺は杏樹と話してんだから向こうにいけよ!」


「あーん、莉子のこと邪険にしたー! もうプンプンだよ! ぶぅー!」


 何、この生き物は……?

 プンプン? ぶぅーぶぅー? 精神年齢幼稚園児なのかな?

 子供の言葉を使えば可愛く見えるとでも思っているのだろうか?


 そもそも鳴彦さんも鳴彦さんだ。

 ミヨさんという可愛い彼女がいながら、他の女性と仲良くするなんて、最低にも程がある。


 同じ空気も吸いたくないと立ち上がると、慌てた様子で鳴彦さんが「待てよ!」と、止めにきた。


「——なんですか? 普通に気持ち悪いから話しかけないでくれますか?」


「き、気持ち悪いって、さっきまでは普通に話してたじゃねぇか!」


「さっきはさっき。今は今です。彼女がいるのに他の女性と仲良くするなんて、ミヨさんが知ったら幻滅しますよ?」


「いや、ミヨは俺がモテることを知った上で関係を持ってるし」


 鳴彦さんの言い訳にプチンと、堪忍袋の緒が切れた。ミヨさんの優しさにつけ込んで、この人は!


「やっぱり私にとって鳴彦さんは理解し難い地球外生物同様の下衆人間です! 最低、ミヨさんも何でこんな人が好きなんだろ……!」


 頭に血が昇ってワーワー喚いていると、鳴彦さんに抱き付いたまま猫のように甘えていた彼女がキバを向けてきた。


「自分のことを棚に上げて、随分人を貶すね、この人ー」


 ケラケラ笑いながら言っていたが、明らかに見下した言葉に教室中の空気が凍りついた。

 それでも莉子と名乗った女子の言葉は止まることなく続けて口撃を放ってきた。


「自分は清いです、お利口さんの優等生ですってツラをしておきながら、陰ではイケメンばかりはべらかして、こーゆー女が一番タチ悪いしィー。まだ莉子みたいにオープンに遊んでる方が、ずっとずっと潔いと思うよ?」


「……何なんですか、あなたは。別に私は男の人をはべらかしてなんていませんけど」


「無自覚ハーレム女って奴なんだァー。それはホストか乙女ゲームの中だけにしてよォー! ねぇ、鳴彦♡」


 ファーストコンタクトは最低最悪。

 これが因縁の相手、莉子と私の出会いだった。


 ———……★


「ば、バッチバチ過ぎるだろ、コレ! マジで待ってくれ、俺の胃が破裂する!」


 鳴彦、とばっちりです(笑)




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