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第33話 嘘だ「嘘じゃない」

「何で……? 何でここにあなたがいるの、絋さん」


 あまりにも良すぎるタイミングに、信じられなくて身構えてしまった。だって恐い。私だってここに来たのは偶然なのに、こんなことあり得ない。


「いや、俺だって色々探し回って……。けど何処にもいなくて、まさかと思ったらいたから……。っつーか、何だよその顔! また飛び降りようとしたのか⁉︎」


 私の肩をしっかり掴んで、いつになく真剣な声で叱ってきた。こんな絋さん初めて見るのに、何でだろう……。すごく懐かしい気がする。


「だって、私……っ、もう誰も信じられなくて、恐くて、もう嫌で、だから」


 乱れた息を整え、やっと冷静さを取り戻してきた絋さんは、泣きじゃくった顔とはだけた着衣を見て苦しそうに顔を歪めた。

 そして何も言わずに抱き寄せて、そのまま頭を撫でてきた。


「ごめん、元を言えば俺が全部悪いのに。でも杏樹さんが思っている程、事態は悪くはないよ。だから俺のことを信じてくれないかな?」


「……信じる?」

「いや、信じてくれなくても許してくれなくてもいいからさ! その、死ぬようなことはしないで欲しい。今ここで杏樹さんがいなくなったら、俺も生きていけねぇし」


 荒々しい吐息に汗ばんで熱い肌。水嶋くんの時と同じシチュエーションだというのに、不快感が全然違う。


 そっか、それは私も絋さんのことが好きだから。たとえ騙されていたとしても、この人ならいいって思えるほど好きなんだ。


「——大丈夫です、絋さん。死んだりしませんから……」


「でも杏樹さん、前と同じ顔をしてる。もしかして俺以外にも酷いことをする奴がいた?」


 俺以外って、悪いことをした自覚があるんだ。思わず笑いそうになってしまったけれど、我慢して抱き返した。


「大丈夫です。こうして絋さんに会えたから……もう大丈夫です」


「いや、何があったから教えて? 俺も全部話すから」


 絋さんの言葉に後ろめたさを覚えた。

 嫌だ。だって弱っていた時とは言え、他の男性に心を許して抱きしめられたなんて知られたくない。


 だって嫌われたくない。好きなんだもん、絋さんのことが好きだから。


「ごめんなさい、絋さん……嫌いにならないで? 好きなの、大好きなの……嫌われたくない、絋さんに見捨てられたら私……」


「大丈夫だよ、嫌いになったりしないから。いや、むしろ俺が話すことで嫌いになる可能性もあるんだけどな」

「き、嫌いにならないです! 信じます、今度はちゃんと絋さんの話を聞きますから」


 やっと二人の視線が合って、笑みが溢れた。

 やっぱり絋さんは安心する。他の人では得られない幸福感が全身を包み込んだ。安心したせいか今度は涙が溢れてきて、隠すように彼に胸元に顔を埋めたのだが、絋さんは何も言わずに抱き返して額にキスを落としてくれた。


「んじゃ、家に帰ろうか。崇や千華さんも心配してたよ」


 あの時のように着ていた服を脱いで私に羽織らせてくれて、絋さんの優しさを肌で感じた。


 またこの手を繋ぐことができて良かった。もう二度と大事なものを見逃さないように、放さないようにしようと強く誓った。


 ————……★


「え、絋さん……莉子さんとキスをしたの?」

「違う、! 俺は不可抗力! っていうか、杏樹さんの学校の奴だったのか……。道理で色々と仕組まれた感が拭えなかったわけだ」


 ちなみに連絡先はブロックして無視しているとのこと。中途半端に慎司さんの忠告を守ったと絋さんは話していた。


「……絋さんがちゃんと話してくれたら、こんな思いをしないで済んだのに」


「うっ、それは申し訳ない。全力で謝罪します。杏樹さんが望む物を何でも買います。何でも致します」


「い、いえ……。正直私もフラフラしてしまったせいで、他の男の人に襲われそうになったので……」


 お互いの隠し事を白状しあい、気まずい空気が漂った。それと同時に嫉妬が込み上がる。


「キス、されたんですよね?」


「……杏樹さんも、他の男に抱き締められて身体を弄られたんだよな?」


 悶々と黒い感情が支配する。崇さんも千華さんも私の帰宅を確認したら、安心して二階に上がってそれぞれの部屋で休み始めた。

 だから一階ココには私と絋さんしかいない。


「もう、私以外の人とキスしないでください……。私も絋さん以外の人に身体を許さないから」


「分かった。杏樹さん以外の人とキスしたり、エロいことはしないから」


 こうして私達は記憶を上書きするかのようにキスをして、お互いの感触を堪能し合った。

 ただこの前と違って初めから激しく舌を絡ませて、クチュクチュっと淫らな音が脳に響く。


 それに絋さんの手のひらが、服の上から弄るように蠢いて、ソフトな触り方にドキドキと惑わされていた。


「ヤダな、他の奴が触ったままだなんて。杏樹さん、洗い流していい?」


 ———んん?

 あれ? え、待って?

 絋さん、今、何て言ったかな?


「俺も汗臭くなったし、シャワー入りたいんだよね。一緒に入ろうか?」


 思いがけない提案に、頭の中が真っ白になってしまった。


 こ、絋さん、お風呂はハードルが高過ぎます! でも彼の意地悪な笑みを見ていると「ダメ」とは言えなくて、連れられるように浴室へと歩き出した。


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