一昨日、偶然恭ちゃんと遭遇してしまったあたし。
会いたいと思っている時はなかなか会えなくて、会いたくない時は、簡単に会ってしまう。
これってなんなんだろう。
「はぁ……」
あたしは、教室で深くため息をついた。
またどんよりとした気分になってしまっている。
最近はいっつもこれだ……。
だってさ、会わないように避けていて、これで恭ちゃんを忘れられるかもしれないって思ったのに、会った瞬間心がドキドキ鳴りだして、少しも恭ちゃんのことが、嫌いになれてないと気がついてしまったの。
それがすごく悔しくて……。
どうやったら嫌いになれるんだろう。
会いたくないって思っているのに、心は久しぶりに顔を見れたことで嬉しくなってる。
本当、矛盾してる。
「彩乃、元気だして?」
麻美は心配そうにあたしに声をかけた。
「まさか会うとは思わなかったもんね」
「うん……」
優しくあたしをなぐさめてくれる麻美。
「でも麻美が色々言ってくれたお陰で少しはスッキリしたかも……」
「それなら良かったけど……」
すると、彼女は思い出したかのように言った。
「それに何、恭ちゃんの隣にいたあの人!本当チャラくて嫌になっちゃう!」
「麻美、なんか可愛いとか言われてたもんね」
「世の中ああいう大人もいるんだから気をつけなくちゃ」
ふんっと鼻を鳴らして拳を作る。
なんだか麻美はたくましいな……。
すると、突然真剣な顔をして私を見た。
「でも意外だった」
「え?」
「すごいちゃんとしてる人に見えたよ、恭ちゃん。とても大人は好きじゃなくてもキス出来る、なんて言わなそう」
恭ちゃんはまともな大人だと思ってた。
すごく真面目だし、あたしのことを思ってくれる優しい人だって。
だからすごくショックだった。
恭ちゃんがあんなにチャラい言葉を言ってくるなんて。
「でも言ってたもん。誰でもいいのかなってショックだったよね……」
あたしがうつむきながら言うと、麻美はあごに手をおきながら考えるように言う。
「本心でそう言ってるのかな?」
「どういうこと?」
「大人は好きじゃなくても、そういうことが出来るんだとしたら、わざわざ彩乃になんか手出さないと思うの」
「そう?」
「そりゃそうでしょ。女子高生っていうリスクもあるし、親だって顔見知りなわけでしょ?あの感じで見るに恭ちゃんってかなり会社とかでもモテると思うのよね。街歩いているだけでも声かけられそうな見た目だったし……それなのに、どうして彩乃?って感じがする」
確かに、それはそうかもしれない。
恭ちゃんはモテる。
相手を探さなくたって近づいてくる人はいるハズ。
それに……。
『ごめん、彩乃』
そうやって切なそうに謝る恭ちゃんをあたしは見た。
軽々しく手を出してやろうって、からかってやろうとしてたようには見えなかった。
でも、だからってあの時、あたしの頬にキスしたことがなかったことになるわけじゃない。
ずっと好きだってまっすぐに伝えてきたから、可哀想に思って……同情したとかなのかな。
そういう優しさがあったとしても、ショックであることに変わりはない。
偶然会ってしまったあの日。
「もう好きだと言わない、恭ちゃんに会わない」と伝えた時。恭ちゃんは何も言わなかった。きっとそうしてくれることが恭ちゃんにとってはありがたいんだろうと悟ってしまった。
これが現実なんだ。
「ごめん、彩乃。惑わすつもりで言ったんじゃないのよ?ただこのままでいいのかなって思っただけ。でも彩乃、友達としてこれだけはハッキリ言わせてほしい」
「麻美……?」
あたしが顔をあげると、麻美はハッキリと言った。
「大人とあたしたち学生とじゃ、住む世界が違うのは本当だと思う。仮に恭ちゃんが、彩乃のことを好きだったとしても、その恋愛はかなり難しくて過酷な恋愛になると思う。それをしっかり覚えておいて欲しい」
麻美はあたしのことを思って言ってくれているんだろう。
応援してくれるのも優しい。
でもこうやって現実をハッキリと突き付けてくれるのも、友達としての優しさだよね。
「こんなこと言ってごめんね。あたしも彩乃の恋は応援したいって思ってたんだけど、実際にスーツを着た大人と会ったら、やっぱりあたしたちなんかとは住む世界が違うんだって思ったのよね……もちろん、彩乃がそれでもいいって思ってるなら、私は応援するからね」
「ありがとう麻美……」
昔から彼女は強く、ハッキリと言ってくれる優しさがあった。
あの時だってそうだ。
あたしと麻美が仲良くなったきっかけは高校1年生になったばかりの時だった。
中学から同じグループの子がたくさんいて、あたしは入学当初はその子たちと一緒に行動をしていた。
でもある時、教室がざわめいている中で、あたしは居場所をなくしていた。
いつも一緒にいたはずのグループの子たちが、まるであたしの存在など最初からなかったように振る舞っている。
「おはよう、美香ちゃん」
「…………」
話しかけても、わざと聞こえなかったふりをされる。
「あたしも一緒に教室移動……」
視線が合ったと思えば、すぐに逸らされ、小さな笑い声が背中を刺した。
──まただ。
こういうの、もう慣れたはずなのに。
1回1回傷ついてしまう。
原因はわかっている。
先週、グループの子たちがクラスで一匹オオカミ的存在の麻美ちゃんの悪口を言うようになった。
ひとりぼっちのクセに気取ってるとか、男にはこびを売ってるとか……。
麻美ちゃんがあたしたちに悪いことをしたわけじゃないのに、こんな風に言うのはひどいなって思って、あたしは思わずみんなに言ってしまったんだ。
「それ言いすぎじゃない?あたしはそうは思わないけどなぁ……」
そう口を挟んでしまった。
別に正義感を振りかざしたかったわけじゃない。
ただ、陰でコソコソ悪口を言うのは好きじゃなかったから。
だけど、みんなはそれが気に入らなかったらしい。
「彩乃ってさ、そういうとこ空気読めないよね」
「ね~だから一緒にいてもつまんないんだよね」
「こうやってみんなが盛り上がってる時にいちいち冷めること言わないでくんない?」
そう言われた瞬間、あたしはこっち側から切り離された。
それからあたしはターゲットとなってしまい、みんなから嫌がらせをされる生活が続いた。
無視は当たり前のようにされて、それだけじゃなくてクツを隠されたり、水をかけられたり……。
この間まで仲よく遊びにいっていたのに、こんな風に手のひらを返されることがあるんだって、すごくショックだった。
「どう考えてもハブられてんのに、まだあたしたちに話しかけてくんのウケる」
「友達いない人ってかわいそー!」
ああ、もう無理だ。
泣きそう。
この場所にいたくない。
苦しくて、鼻がツンっとして、いますぐ消えてしまいたくて仕方なかった。
涙が出そうになった時、不意に誰かの声が教室に響いた。
「あんたたち人に嫌がらせてして笑って、本当性格悪いね?そんなことでしか笑えないわけ?」
ピリ、と空気が張りつめる。
視線の先にいたのは、いつもひとりでいる麻美ちゃんだった。
「はぁ?あんたなんなの?ウザいんだけど?」
麻美ちゃんは、あたしよりも少し背が高くて、大人っぽくて落ち着いた雰囲気のある女の子だ。
だけど今は、そのおだやかな雰囲気が消えて、まっすぐに鋭い目でみんなを見ていた。
「集団で無視とかそういうの、ダサいって言ってんの。文句があるなら面と向かって言ったらどう?」
さらりとした口調だったけど、その声には有無を言わせない強さがあった。
その強さにグループの子たちは、気まずそうに目を伏せる。
だけど、誰もなにも言い返せなかった。
麻美の言葉に美香ちゃんが小さく舌打ちしたあと、「行こ」と言って、彼女たちはそそくさと教室を出て行った。
麻美ちゃん、すごい……。
たったひとこと、みんなにハッキリと間違ってるって言えるなんて……。
「……あり、がと」
うつむいたあたしに、麻美ちゃんはふっと微笑んだ。
「気にしなくていいよ。最初に私をかばってくれたのはあんただしね?」
「麻美ちゃん……」
知っててくれたんだ……。
「間違ってることは間違ってるって言わなきゃ、伝わらないしね!」
その言葉に、胸の奥が少し温かくなった。
「……かっこいいね、麻美ちゃんって」
「麻美でいいよ。あたしも彩乃って呼んでいい?」
あたしはぱあっと顔が明るくなった。
もう一度、今度はずっと大事にしたいって思える友達ができるかもしれない。
「うんっ!」
こうしてあたしたちは仲良くなっていったんだ。
だから今でもハッキリ言える。
麻美はいつもあたしのことを考えてくれてるって。
「麻美姉さん~~っ!」
あたしは麻美にすり寄ってすりすりと頭をこすりつけた。
「なによ、突然……」
とはいえ、恭ちゃんのことはどうしていいか分からないや。
「そういえば、良樹の件はどうなったのよ」
麻美はあたしの耳元でこそっと聞く。
そう、あたしは昨日、良樹に気晴らしを含めて日曜日どっか行かないかと誘われていた。
普通に友達として行くんじゃない。
良樹もそのつもりで誘ってはいないだろう。
だからすごく迷った。
「行くか行かないか、本当は迷ってたんだけどね。すごい緊張しながら言ってくれたのが痛いくらい伝わって来て……」
「アイツも不器用ね……」
けっきょく断ることが出来なかった。
だって、勇気を出して言ってくれたんだもん。
きっとあたしが落ち込んでるのを見て、良樹なりに考えてくれたんだと思う。
その優しさを否定したくなかった。
「でもさ、周りを見ようって決めたんならいいんじゃない?恭ちゃんのことだって、たまたま彩乃乃の側にいた男の人が恭ちゃんだった、ってだけかもしれないじゃない?恋心を確かめるには他の男の人だって見ないとね!」
「うん。せっかく良樹がそう言ってくれてるから、日曜日は楽しもうと思ってるよ!家に閉じこもってるより外に出た方がいいもんね!」
いつまでも恭ちゃんのこと引きずらない、あたしだって前に進むんだ。
そして日曜日──。
【学校の近くの噴水公園に11時】
そんなふうに良樹からは連絡が来ていて、あたしは思わず笑ってしまった。
ぶっきら棒な感じで良樹らしいメールの送り方だ。
待ち合わせピッタリの時間につくと、すでに良樹は待っていた。
「お、お待たせ」
さっきまで意識していたつもりはないのに、待ち合わせしてどこか行くことが、なんか柄にもなく緊張してしまい声がうわずってしまった。
恥ずかしい……。
すると良樹はそれを見て鼻で笑った。
「ふっ、緊張してんの?」
「あ!笑ったな。少しくらいはするでしょ……」
しょうがないじゃん!
よく考えてみたらあたし、恭ちゃん以外の男子とふたりきりでお出かけとかしたことないし、それが自分を好きだって伝えてくれた人だって思ったらなおさらだ。
少しくらいは意識するものでしょう?
ムっとして良樹を見ていたら、彼は決まり悪そうに目を逸らして言った。
「つっても俺も人のこと言えねぇや……今すげぇ緊張してる。」
顔を赤くしてそんなことを言う良樹に思わず胸がドキン、と音を立てる。
良樹ってそんな顔もするんだ……。
良樹に好きだと伝えられた時のことを鮮明に思い出してしまった。
なんか、不思議な気持ち……。
友達と行く感覚で来てしまったけど、今日はそうじゃないんだ。
「服、可愛いな」
良樹の言葉がそれを証明していた。
「えっ、あ……ありがとう」
かあっと顔が赤くなるのを隠してチラっと良樹を盗み見る。
よく考えたら良樹の制服姿くらいしか見たことなかったから新鮮だった。
スタイルがいい良樹は、シンプルなデニムにジャケット姿がよく似合っている。
そう、あたしと言い合いしてなければ良樹はカッコいい分類に入る、らしいし……?
そこそこモテはするだろう。
「あんま見んなよ、恥ずかしいだろ」
「あっ、ごめん」
「ほら行くぞ!」
良樹は恥ずかしさを隠すように先導して歩き出した。
こうしてやって来た場所は近くの遊園地だった。
「わぁっ、この遊園地久しぶりだ!」
「来たことあるのか?」
「うん、よく……」
恭ちゃんと、と言いそうになってはっ、とする。
無意識に考えてしまっている自分にぶんぶんと頭をふった。
もう恭ちゃんのことは、考えないって決めたんだから忘れないとダメだ。
「まあ……そこそこ来てたよ」
あたしはそう言い換えると、頭の中から恭ちゃんの姿を消した。
今日は良樹に向き合うの。
そう決めたから。
「ん、これチケット」
良樹はチケットをポケットから出してあたしに差し出した。
「あ、お金……」
「いいつーの。俺が誘ったんだから俺が出す」
「でも……」
「いんだよ、そのためにバイトしたんだからな」
良樹は居酒屋でアルバイトをしていた。
夕方からみたいだけど、週にけっこう入っているようで忙しそうだった。
それが最近またバイトの時間を増やしたって聞いていて……。
いいのかな……?
「ほら、はやく」
ぶっきら棒に口を尖らせながらそんなことを言うもんだから、ありがとうと伝えて受け取ることにした。
「さてと、なにから乗るか」
「そりゃあもう決まってるでしょ」
遊園地の中に入るとあたしは、ふふんと笑って良樹の質問に答える。
「ジェットコースター!」
良樹はうげって顔をしながらも「言うと思った」なんてつぶやいた。
さすが、教室で一緒にいるだけあってすぐにあたしの考えが分かる。
もとから良樹とは考えが合うんだよね!
クラス変えしたばかりの頃、席が隣になってだんだん話すようになった良樹。
そしたら好きなアーティストが同じとか、行きつけのお店があったりとか……共通点がいっぱいあることに気づいた。
それからは、仲良くなりすぎてケンカし合うみたいになってたけど、それはそれで楽しかったりもして……。
とにかく気が合うんだよね。
「おーい、お前なに考えてんだよ」
すると、ぼーっとしていたあたしの顔の前で手をヒラヒラと振った。
「お前さぁ、ま〜た恭ちゃんのこと考えてたわけ?」
「あっ、いや……」
「せっかくここまで来てるんだからよお」
文句を言おうとしている良樹。
今は全然恭ちゃんのこと考えてなかったというか……。
あたしはポツリとつぶやく。
「いや、さっきまで良樹のこと考えてて……」
「は、はぁ!?ウソ言うな」
「いや、本当だし」
すると良樹の顔はみるみるうちに赤く染まった。
「バ……お前なぁ!」
かあっと顔を赤らめた良樹にあたしも動揺してしまった。
な、なんかそんな感じでこられると変な感じになるじゃん!
「あ、違……そういう意味じゃなくて」
「分かってる、けどよ彩乃」
良樹はあたしの腕をガシっと掴む。
彩乃なんて呼ばれたことなくて、なにか大事なことを言うんだと悟った。
「そういうの、反則だろ……」
──ドキン。
良樹が顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにこちらを見る。
「このままじゃ、照れまくってラチが明かねぇから先にすっげぇ恥ずいこと伝えとく」
「え、ええ!?」
「今日俺もそれなりに発展させようと思って来てるから」
ちょっ、も……!
なに言ってるの!?
「だからな、その……お前のこと遊びに誘えたわけだから、その分、もっと素直になって……って思ってるし」
ごにょごにょとだんだん語尾が小さくなっていくのが分かる。
それくらい恥ずかしいことを言おうとしてるんだってことも。
じっと、彼の顔を見たら良樹は赤い顔を片手で覆いながら言った。
「つまりだな、積極的に俺の気持ち伝えていくから」
「……っ。」
ず、ずるい。
今までそんな言葉聞いたこと無かったのに。
そんなストレートに伝えられたらあたしの方が赤くなっちゃうよ。
「そ、それだけだ」
「あ、ありがと」
お互いに真っ赤になった顔を隠すようにあたしたちはジェットコースターに並んだ。
しばらくして順番がやってくるとふたりして乗り込んで一緒に叫ぶ。
ジェットコースターを乗り終える時にはすっかり緊張も解け、いつものあたしたちの雰囲気に戻っていた。
「あ~楽しかった。次はなに乗る?」
「よし。じゃあ、あっちの乗り物制覇な」
「了解ー!」
ひとつひとつ順番に乗り物に乗っていく。
休みなく乗り物にのっていると少し疲れてきた。
「少し休憩すっか」
「そうだね、もう笑い疲れたよ~」
良樹といるとたくさん笑ってしまう。
それを周りはバカなことだというかもしれないけど、あたしにとってはそれが心地いい。
「じゃあなにか買ってくるから、そこ座ってろよ?」
「うん」
ベンチに腰を下ろして、良樹のことを思い出す。
こうやって、めいいっぱいはしゃげるのって貴重なのかもしれない。
良樹といれば子どもっぽいって思われたって全然いいんだ。
あたしが背伸びする必要のない相手。
すごく、楽で悲しいことだって起きない。
それでいいのかもしれない。
高校生のあたしが無理して背伸びしたって、周りから見たらみっともないだけだ。
「あの……、すみません」
その時。
突然、知らない男の子に声をかけられた。
誰……?
年はあたしより少し上の大学生くらいの人だった。
「は、はい!なんでしょうか?」
整った顔立ちの男性で、目がパッチリな二重で顔がスラっとしてる。
「道に迷っちゃったんです、出口まで案内してもらえませんか?」
眉を下げて、頼んでくる。
本当に困ってるんだろうな……。
「あたしでよければいいですよ」
あたしは迷わずうなずいた。
良樹には連絡を入れればここを離れたっていいだろうし……。
出口まで言ってすぐに戻ってくればいいもんね!
「良かった〜じゃあ、行こうか」
すると、ぐいっと肩をつかまれて寄せられる。
「わ……っ、」
なに!?
近くない?
急な行動に驚いていると、彼は言った。
「可愛いね、名前なんて言うの?」
なんかやだ……。
この人、出口に行きたいんじゃないの?
離れようと、彼の手を引きはがそうとした時。
──グイっー!
急にあたしはひきはがされた。
「おい、なに人の彼女連れ去ろうとしてんだよ」
ぱっと後ろを見てみると、そこにいたのは良樹で……。
「良樹!」
来てくれたんだ!
あたしは良樹の方に駆け寄っていく。
「んだよアンタ!」
「はぁ!?コイツの彼氏だけど?」
良樹はギロッと相手の男の人をにらみつけた。
それはもう、不良みたいな怖い顔で……。
良樹って見た目はいかつくてちょっと怖いんだよね……。
性格知ってたら全然だけど。
すると彼は怖くなったのか、急に言い訳をしはじめた。
「いや、俺はさ……ただ出口が分からなくてさ案内してもらおうと……」
「あ?テメェで行けよ」
「ひ、ひぃ……!」
低く、鋭く放たれた声に男の人はビビったのかそそくさと帰っていった。
ふぅ……良かった。
良樹の顔面が役に立った時が来たわね。
「ありがと、よしき……っ、いだ!」
お礼を言おうとしたら、チョップをくらったあたし。
「ちょ……っ、なにすんの!?」
「お前さぁ、なに口説かれてんだよ」
「口説かれてた!?いやいや、出口どこって聞かれただけだけど……そりゃちょっと強引だなとは思ったけどさぁ」
あたしの言葉に良樹は「はぁ」と深くため息をついた。
「お前……鈍感すぎるだろ……不安になるのも無理ねぇな」
「へっ?」
「知らない男にはついて行っちゃダメって、お母さんから習わなかったでーすーか?」
「な、なによ。その言い方……!いい人だと思ったから案内してあげようと思っただけで……!」
「あのなぁ……!男なんてみんなそういう風に言って、近寄ってくんだよ。もっと警戒しろよ」
「みんななんて限らないじゃん!」
「限るんだよ、バカ」
助けてくれたのは嬉しかったけど……。
バカまで言うのはヒドくない?
あたしがむっと口を尖らせていると、良樹は少し冷静になったのか静かに言った。
「悪かったよ……、お前だって、そこそこ可愛いんだから……声かけられるのは当然だろ……」
「えっ、なんて!?」
「もう言わねぇ!ほら、せっかく買って来たんだからクレープ食うぞ」
「う、うん……」
お互いに真っ赤になって、あたしたちはベンチに腰を下ろした。
肩がぶつかるのが、心地よくて、その心地よさに浸る。
しばらく良樹が買ってきてくれたクレープを食べながらベンチで休憩していると、体力も回復してきた。
「そろそろ次乗るか!」
「レッツゴー!」
それから、あたしたちは乗り物に乗ったり、ショーをみたりして時間を過ごした。
「や〜すっかり暗くなっちまったな」
「本当だね」
気付けば、辺りは薄暗く遊園地ももうすぐ閉園時間間近になっていた。
「まもなく、閉園時間になります」
……もう終っちゃうんだ。
「ビックリだね。こんなに時間が経ってたなんて思わなかった」
「本当。あっと言う間だったな」
楽しかったな、今日1日。
落ち込んでたことなんて忘れちゃうくらい楽しめた。
それは全部、良樹のおかげだ。
「あのさ、お前が嫌じゃなかったら……最後にあれ乗りたいんだけど」
そして、良樹が指をさす方向をたどると、そこには大きい観覧車があった。
ここの一番の名物である観覧車。
「ぷっ、以外とロマンチストなんだね良樹って」
「なんだと!」
だって最後に観覧車に乗るなんて、定番すぎてバカバカしいっていいそうなのに、乗りたいだなんて……。
「ウソウソ。行こう、乗ってないの観覧車だけだし」
乗り物が大好きなあたしたちは、ほとんどの乗り物を制覇してしまった。
最後に残った観覧車も乗っておかないと勿体ないもんね!
観覧車の方に向かう。
「乗ろっか!」
あたしはワクワクしながら向かった。
「ふたりでお願いします」
係りの人にそう伝えると、ニッコリと微笑まれる。
「カップルさんですか?」
か、カップル……!?
そんなことを考えていると、良樹が答えた。
「はい」
えっ!?
「それなら良かったです!今ちょうどカップル限定のイベントを行ってるんですよ〜なんでもいいので、カップルである証明をしてくれたら、カップル専用シートに乗ることが出来ます」
「い、いえ……あたしたちはカップルでは……」
そうやって言っていると……。
──グイー。
良樹はあたしの手を取り、繋いだ。
「ちょっ、良樹!?」
「俺たち、付き合ったばっかなんでこれでもいいすか?」
良樹がたずねると、店員さんは目をキラキラさせてうなずいた。
「わ〜初々しいですね!もちろんです!では、こちらのカップルシートにどうぞ」
ちょ、ちょ、ちょ……なにしてんのよ、良樹ー!
あたしたちは向かい合って座ると、パタンとドアが閉まった。
「ちょ、もう!勝手なこと言って……」
「いいだろ?気になったんだよ。その……特別なシートってやつ」
急にされたらびっくりするじゃん!
てか、ここ。
なにがカップルシートなんだろう?
見たところ、変わらない気がするんだけどな……。
すると、観覧車の中の照明が一気に暗くなった。
「あー、そういうことかよ」
「もっと変わったやつがあるのかと思ったね」
「ま、雰囲気は作りにはちょうどいいけどな」
雰囲気?
なんか不思議な気持ちだなあ……。
良樹と観覧車に乗ってるなんて。
しかも、カップルシートだ。
麻美が聞いたら、ビックリしてひっくり返るだろう。
しばらく無言で乗っていると、なんだか懐かしくなって来た。
そういえば、恭ちゃんと行った時も最後に観覧車乗ったんだっけ。
あたしの家庭教師をしてくれていた恭ちゃんは、テストでいい点を取るといつもご褒美をくれた。
あたしは恭ちゃんと一緒に観覧車が乗りたくて、勉強頑張ったんだよなぁ。
観覧車に乗れた時、嬉しくってすごいはしゃいだら、暴れるなよ、って優しく言われたのを覚えている。
ここは、あたしが一番最初に恭ちゃんを好きだと伝えた特別な場所なんだ。
「彩乃?」
「あ、ごめんごめんっ!」
良樹の声で我に返ると、彼はあたしがなにを考えていたか分かってしまったみたいで顔を曇らせた。
そしてゆっくりと話し出す。
「俺さ、最初は本当に彩乃のことどうも思ってなくて、お前とか俺のタイプじゃねーし、ただ仲のいい女子って感じだったんだけどさ」
はあ?タイプじゃない?
それはこちらもですけど!
なんていいそうになるけれど、良樹の顔は真剣で、あたしは黙っていることにした。
静かな空間。
良樹は恥ずかしいのかあたしの顔を見ようとはしなかった。
「ふと見た瞬間さ……お前がすっげぇさみしそうな顔してんの見ちまって、普段うるさいクセに落ち込むとこんな切ない顔すんのなって思ったらお前のこと、救ってやりたいって思うようになってたんだよな」
良樹……。
そんな風に思ってくれてたんだ。
「まっ、そっからもう片想いフラグは立ってたわけだけど?なんつーか……上手く言えねぇけどさ」
観覧車は気づけば頂上にいて、下っていくところだった。
すっと、手が伸びてあたしの頭にそれが置かれる。
「もうそんな傷付いた顔すんなよ」
柔らかな笑顔と、優しくあたしを撫でる手。
夕日がちょうど良樹に当たって陰になる。
その隙間から見える笑顔に不覚にも胸がときめいた。
なにだろう……この気持ちは。
ドキドキとは少し違う、心がポカポカする感じ。
良樹の優しさに触れて心が温かくなったのかもしれない。
「あり、がと……」
観覧車の中での時間はあっという間だった。
「もう下降りて来ちまったな~」
ぼーっと彼を見つめていたら、いつの間にか観覧車は下に降りて来ていて、ドアが開く。
あたしたちは中から降りると、もうがらんとしている遊園地を出ることにした。
「すっげー満喫したな」
すっかり暗くなってしまった空を見て、ゲートをくぐると楽しげなBGMも消え静かな空間に包まれた。
あっという間だったな……。
「ん。家までおくる」
すると良樹はそんな男らしいことを言って、あたしの荷物を持つ。
「家逆でしょ?悪いからいいよ!」
「るせ、最後まで格好つけさせろ」
良樹……。
あたしがお礼を言うと別に、なんていいながら歩き出した。
今日は良樹の色んな面が見れた1日だったな。
冗談を言ったりしながらも、優しい面を見せてくれた。
学校で過ごすだけだと気づけないことに、気づくことが出来て良かったな。
たわいない話をしながら歩き続けると、気づけばあたしの家の前まで来ていた。
「今日、ありがとね。色々、なんか元気になれた」
あたしがそうやって伝えると、良樹は少しうつむいた。
「あのさ、」
そして小さな声でつぶやいてあたしを見る。
ーードキン。
その表情があまりに切な気な表情だったから、あたしは声をかけることが出来なかった。
「悪い、ちょっとだけ……」
そんな言葉をかけると、良樹はあたしをふわりと抱きしめる。
「よ、良樹っ!?」
「悪い……本当にいつまでも待つつもりでいたし、お前の返事、急かすつもりはなかったけど、ちょっとだけ……欲張りたいと思ったかもしんねぇ」
えっ。
「ごめん。本当に、ちょっとだけ聞いてほしい」
強く抱きしめるんじゃなくて、優しく包み込むような感じであたしに触れる。その弱々しさに切なさを感じて、押し返すことは出来なかった。
ほんの少しの間だけなら……。
あたしは周りを見た後に、良樹の方を見た。
「昔からさ……なんつーの?好きになると好きなヤツをイジメちまう傾向がある」
ばっと顔を上げると良樹はあたしを見つめながら言う。
「つまりだな、本当に思ってないのに言っちまったり……お前に悪態ついたりしちゃうわけ」
なんて、不器用な。
心の中でそう思ったけど良樹の顔があまりにも真剣だったからなにも言わなかった。
「ブスとか何回も言ったと思うけど、本当はお前のこと、かわいいと思ってるし……今の落ち込んでるお前を俺が元気づけてやりてぇ、と思ってる」
まっすぐな言葉だった。
本当にあたしのことを思ってくれてるって伝わる真剣な言葉。
「ウソついて悪い。でも俺……お前のことが好きだ。アイツのことをまだ好きなのも分かってる。それでも……俺が頑張って忘れさせるから……俺と付き合ってほしい」
「良樹……っ」
良樹の手は少しだけ震えていた。
分かるよ。
告白するのって怖いよね……。
相手の気持ちがこっちに向いていないと分かってしまうのは怖いんだ。
それでも良樹は逃げることなく、あたしに面と向かって好きだと伝えてくれた。
もし、良樹があたしの彼氏だったら……毎日バカみたいに笑って、なにをしても楽しいと思うし、趣味だってあって不安に思うことなんてないんだろう。
高校生同士の恋愛で誰に反対されることもない。
間違っていない恋愛の仕方だ……。
良樹だったら、あたしをちゃんと愛してくれる。
ずっと片思いで不安な恋よりも、自分を見てくれる人と一緒に過ごした方が幸せに決まってる。
あたしは唇をかみしめて覚悟を決めた。
「良樹……、今からあたし全部本音で話すから聞いてほしい」
あたしが伝えると、良樹はこくんとうなずいた。
「あのね、今はまだ正直恭ちゃんのことを好きな気持ちが残ってると思う。この気持ちは簡単に忘れられるわけじゃないし、時々思い出してしまうことがあるかもしれない。でも……あたし、今は良樹と向き合っていきたいと思ってる」
そこまで告げると良樹はばっと顔をあげた。
「今日のデート……楽しかった。無理しなくていいんだって、必死にならなくていいだって思ったらすごく楽で楽しくて……ずっとこんな生活が続けばいいなって思ったの」
良樹となら、たぶんあたしは向き合っていけると思う。
「だから……そんなあたしでも良かったら付き合ってください」
あたしがそこまで告げると、良樹は小さい声でつぶやいた。
「マジかよ……」
そしてヘナヘナとその場に座りこむ。
「ちょっ、良樹!?」
「絶対フられると思った……」
「しっかり答えだせなくて申し訳ないけど……」
「全然いいだろ。こっからいくらでもできるしな」
良樹はそう言うと、ふっと笑顔になった。
優しいな……。
こんな中途半端な気持ちでも受け止めてくれるなんて。
これから良樹の友達じゃない、色んな面が見えてくるのかな。
それはそれで楽しいかもしれない。
「これからよろしくな」
「こちらこそ」
あたしたちはなんとなく握手をして、それから帰ることにした。
新しい一歩を踏み出した。
まさか良樹と付き合うなんて想像してもいなかったけど、彼から告げられた好意が嬉しくて良樹と向き合ってみてもいいじゃないかって思ったんだ。
恭ちゃんのことは忘れる。
そしてあたしたちらしいカップルを築いていけたらいいなって思った──。