あれから3日が経った。
あたしは無事病院を退院した。
もともと打ち所も悪くなかったことから、経過観察として入院することになったけれど、その後の検査でもう問題はないだろうという判断が出た。
ぶつけた手はまだ少し痛みが残るけれど、2週間もすれば痛みもなくなると先生から言われた。
入院中は恭ちゃんが来てくれないと会えなかったんだ。
もちろん恭ちゃんは仕事も忙しくて3日のうち1日しか来られない状況だった。
だからこそ早く恭ちゃんの家に行きたいんだ!
「じゃあ行って来まーす!」
恭ちゃんが帰ってくる20時頃、あたしは玄関に向かう。
「ちょっ、今日はやめておきなさいよ!恭平くんのところ行くの。まだ怪我あけでしょ?」
「でも、でもさぁ!やっぱり恭ちゃんがお見舞いに来てくれたお礼とか伝えなきゃいけないでしょう?」
「それは……まぁ」
ふふっ。お母さんを説得するの、我ながら上手いな。
「じゃあせめて手土産くらい持って行って」
お母さんはそう言って紙袋にお菓子が詰まった箱を入れてくれた。
あたしはその紙袋を持つと、すぐに家を出た。
そしてあたしはわくわくしながら恭ちゃんのマンションのエントランスの前に立っていた。
ついに、やっと……。
恭ちゃんの彼女になることが出来たんだ。
彼女になってはじめてのお迎え。
これは夢じゃないんだよね……?
ドキドキと心臓が鳴る。
今でもあの時の出来事がウソみたいに感じる。
いっつもね。
朝起きたら、昨日のことが夢だったんじゃないかって思うと怖くて、あんまり寝れなかったけど、目が覚めて恭ちゃんからメッセージが来ているのを見て、あの時のことは夢じゃなかったんだって思えたんだ。
そして恭ちゃんの帰りを待つ。
今日はなんの連絡もなかったけど、恭ちゃんあたしが退院日だって分かってるのかな?
そんなことを考えていると、足音が聞こえてきた。
恭ちゃんだ!
「恭ちゃーん!」
いつものように大きな声で呼んでみたら、スーツを着た恭ちゃんがなんの表情も変えずに歩いてくる。
さて、付き合った次の日の恭ちゃんはどんな風に変わってるのかな?
なんて思っていたけれど……。
「んだよ、うっせぇな」
「…………。」
……あれ、どうしよう。
なんにも変わってない。
気を取り直してもう一度。
「おかえりなさい!」と元気に言ってみれば恭ちゃんは「ん。」と短い返事をして、あたしのことを追い越した。
そしてあたしを置いてズカズカと先へ進んでしまう。
えっ、ちょ……。
やっぱりこの間のは夢だったんじゃ……。
不安げな瞳で恭ちゃんを見る。
すると、彼はチラっとあたしに視線をうつしてたずねた。
「家、来んじゃねーの?」
恭ちゃん……!
ぱあっと目を輝かせるあたし。
「行きたいです!」
そしてニコニコで恭ちゃんについて行けば、マンションの中に入った時、彼はたずねた。
「怪我、もう平気なのかよ?」
「うん、ちょっと痛いくらいでもうバッチリだよ」
心配してくれてる……!
それだけであたしの表情がぱっと明るくなる。
その喜びの勢いで恭ちゃんに抱きつこうとすると、ベシっとおでこをチョップされた。
「くっつくなよ、暑苦しい」
「痛っ……。うう、恭ちゃんって付き合ったら優しくなるタイプじゃなかったの……?」
「あ"?誰かそんなこと言ったんだよ。俺は俺だろ」
悲しい……。
こういう普段冷たい人って付き合い出すととことんデレてくるのが普通じゃないの!?
漫画じゃ大抵そうなのに、恭ちゃんはあくまでも恭ちゃんだった。
あたしの悲し気な表情も無視して、スタスタ歩きだしてしまう。すると、先を歩いていた恭ちゃんがいきなり振り返って言った。
「冗談だよ。でも今日はもう早く帰れよ?お前の両親も心配するし、怪我治りたてなんだからゆっくり家で休むこと」
「ええ……」
「ココア飲んだら帰れよ」
そんな……。
すごい楽しみにしてたのに。
恭ちゃんは宣言通り、あたしにココアを作ってくれるとそれを飲み終わった頃に帰るように言った。
まだ全然恋人としての会話もなにもしてないのに……。
これじゃあ本当にお礼のお品物だけを渡しに来たみたいじゃん……っ。
「ほら、早く帰る準備」
「分かったよぅ」
ガッカリしながらも帰る準備をしていると、恭ちゃんは言った。
「明日の夜、8時には帰るから。体調平気なら来れば?明日は金曜日だからゆっくりできるだろ」
きょ、恭ちゃん……!
やっぱり夢じゃなかったんだね。
しかも恭ちゃんの方から誘ってくれるなんて、なんだか彼女扱いされた気分だよ。
そうやってぼーっと喜びに浸っていれば、恭ちゃんにはぽいっと追い出されてしまった。
でもあんな短い距離だけど、心配してくれているのか家の前まで送ってくれた。
すでに見えなくなっていた。
ああ、もう。
やっぱり恭ちゃんが好きだ……!
そして翌日。
もたもた準備をしていると、遅刻ぎみに家を出ることになってしまった。
急いで学校に向かうと、下駄箱でクツを履き替えている時、後ろからある人が声をかけて来た。
「よお」
振り返れば、そこにいたのは、あの時傷つけたままの良樹の姿だった。
「良樹……」
友達に戻るのは無理と言われて以来、話すことのなかったあたしたち。なんとなくお互い、近くに行くことを避けていた。
でも話さないといけない。
しっかり良樹に伝えなくちゃ。
でも……良樹が話したくないと思っていたら……?
突然話しかけられて、どうしたらいいのか戸惑っていると彼は言う。
「今からちょっと話さね?」
「うん」
良かった……。
たぶん授業は遅刻になってしまうけれど、今は良樹を優先させる方が先だ。
このままでいいわけなんてないもん。
人があまりいない奥の階段に移動する。
だけどすぐに話せるわけはなく、沈黙があたしたちを包んでいた。
神妙な表情をしている良樹。
あの時、お互いに笑いあっていたのがすごく昔のように感じた。
やっぱりもう友達には戻れないのかなぁ……。
中途半端に良樹を受け入れて、でも良樹にキスされそうになった時、これは恋ではないと気づいてしまった。
もっと時間をかければそれが恋になる可能性はあったかもしれない。
でも恭ちゃんが現れるとあたしの心はすぐに揺さぶられてしまう。
そのことに良樹も気づいたのだろう。
それで良樹を傷つけてしまった。
あやまっても許されることじゃない。
そんなことを考えていると、良樹はやっと口を開いた。
「怪我、大丈夫か?事故って聞いてビックリしたけど、軽傷だったんだってな」
「うん。接触はしてないんだ。車避けた時の擦り傷くらいだったの。避けた時に転んで頭打っちゃったから、念のため検査したんだけどね」
「ふはっ、車よりお前の方が強そうだもんな」
「ちょっと!それどういう意味よ」
良樹が笑いながらそんなことを言うから、思わずあたしも前みたいに反応してしまった。
そしたら良樹はお腹を抱えながら笑い出した。
「ふははっ、やっぱりお前とはこうじゃなきゃダメだよな」
「えっ?」
あたしが聞きかえした言葉に、良樹は笑うのをやめると改まってこっちを見る。すると、良樹は真剣な顔をして言った。
「この間はごめん」
深々と頭を下げる良樹。
「どうして良樹が謝るの?」
「俺さ、すげー自分勝手なことした。もう友達には戻れないって言ったのは俺なりの最後のあがきつーか……正直、お前のこと惑わせようとしてたのかもしれねぇ。ダセェよな」
良樹……。
「それでお前のこと傷つけてたら意味ねぇじゃんって改めて気づいたというか……」
そんなふうに考えてくれてたんだ。
「全然ダサくないよ!良樹が人のことたくさん思いやってくれる人だって知ってるし、優しいことも知ってる!良樹はカッコイイよ」
迷惑をかけたのはあたしの方なのに、良樹の優しさに胸がじわじわと温かくなる。
「あたしの方がいっぱい振り回して迷惑かけて……ごめんね」
「迷惑なんかじゃねぇーよ。お前の期間限定彼氏……わりと楽しかったしな。また行こうぜ、遊園地。今度は友達として」
「うん」
きっとあたしたちは友達の方がいい関係でいられると思う。
言い合いしながらもお互いに尊重し合って、楽しいことを全力で楽しんで。
そういう関係が一番いいと思うんだ。
「あのね、良樹……」
あたしはそういいかけてうつむいた。
良樹にはまだ言わなくちゃいけないことがある。
恭ちゃんのことだ。
「あのね、あたし……恭ちゃんと……」
そこまで言った時、良樹はさえぎるように言った。
「付き合ったんだろ?」
「えっ、なんで知って……」
「お前が今日、元気そうだったから。ここのところ沈んでたけど、今日会った時なんとなくそうかと思ってさ」
気づかれてたの……!?
「まっ、やっぱりお前を元気付けられるのは、俺じゃねぇなと思ったよ。でも良かったじゃん」
あたしは恥ずかしくなってうつむきながらうなずいた。
「でもアイツに言っとけよ!なんかひとこと俺によこせって」
「恭ちゃんに?」
どうして良樹が……?
「ああ、たぶんそれ言えば伝わるから」
よく分からないけど、伝えておこう。
くすりと笑いながら分かったと伝えると、良樹は言った。
「授業サボっちまったし、これから遅れて行っても先生に怒られるだけだしよ~1限終わるまでしゃべっておくか」
「そうだね、ここなら誰も来なさそうだし……」
それから良樹は前みたいに昨日見たテレビの話をしたり、変なことを言ったりして笑わせてくれた。
「やっぱり、お前とはこうやって笑いあってる方が楽しいわ」
「そうだね、あたしもそう思う」
あたしが元気にうなずくと、良樹も笑顔になった。
良かった……。
また良樹と友達に戻ることが出来て。
そうこうしているうちに1限目の終了を知らせるチャイムが鳴った。
「そろそろ戻るか」
「そうだね!」
あたしたちは、教室のドアを開けてふたりで入っていく。
するとズンっとドアの前でたたずんでいる麻美がそこにいた。
「はい、連行~」
「あ、あああ……!」
そして良樹からあたしを引きはがすと、あたしの席に無理やり座らせる。
「なにか報告は無いですか」
「あ、あります……あります」
いつもより低い声でそんなことを聞いてくるものだから、もしやこれは知っているな、と悟った。
「言いなさいよ~!」
「えっと……良樹と付き合うことになりました」
恥ずかしくて、少しうつむき加減で報告すると、麻美は満足げな表情を浮かべて拍手をした。
「おめでとう、もう!すぐ教えてくれてもいいでしょ?」
「いやぁ、口でしっかり言いたいなと思ったんだけど、今日は色々あって……。ところで麻美さんは、その情報をどこから……」
あたしの質問に麻美は満面の笑みを浮かべてスマホをコンコンと叩いた。
恐ろしい……。
絶対千葉さんだ。
麻美と千葉さんが繋がってからというもの、あたしたちの情報はお互いに筒抜けだった。
でもふたりが連絡先を交換することになったのも、あたしのせいだからそれは仕方ないんだけど……こんなに仲良くなるとは思ってなかったからビックリだ。
「千葉さんと仲いいんだね、もしかして毎日連絡とってるの?」
「なっ……そんなわけないでしょ!向こうが一方的に送りつけてくるから迷惑だなと思って返してるだけだし」
ちょっと顔を赤らめながらそんなことを言う麻美。
迷惑なら返さないという手段もあるのでは……?
これって……うん、たぶんそうだ。
麻美がこんなに分かりやすい人だとは思わなかった……。
今度一緒に会えないか恭ちゃんに頼んでみよう。
「でもさ、本当に良かった。どうなるかと思ったんだから」
「本当にご迷惑をおかけしました」
ぺこっと頭を下げてそう言うと、麻美はお姉さんぽく腕を組みながら言う。
本当に麻美にはたくさん迷惑かけたな……。
彼女の言葉が無かったら踏み出せなかったことがたくさんあった。
「これから大変だろうけど頑張りなね?」
「これから大変?なんで?」
今、恭ちゃんと両想いになれて幸せの絶頂だ。
もうこれからは不安に思わなくてもいいだと思うと気持ちはとても楽だった。
そりゃあ、恭ちゃんは社会人であたしは学生だから多少、考えの違いとかはあるかもしれないけど、やっと思いが通じたんだし……そんなに大変なことってなくない?
そんなあたしの考えを吹き飛ばすかのように麻美は小さな声で言った。
「あんた付き合ってるのは大人だよ!?そこらにいる同級生とは恋愛の仕方が違うんだから。大変なのはこ・れ・か・ら!」
「恋愛の仕方!?そんな違いがあるのですか?」
「大人には色々あるのよ。例えばね……耳かしてみ?」
そう言われて耳を傾けると、麻美の口から衝撃の事実が舞い込んできた。
「い、いや……あたしはまだそんなこと……清いお付き合いがしたいなと思ってまして……」
「散々待たせといてそんなこと言うの?甘い!あんただけがそう思っててもダメなんだから。大人の性欲をなめてはいけないわよ♡」
待たせたって……。
あたしはまだ恭ちゃんと付き合ったばっかりで……。
そりゃ、イチャイチャラブラブはしたいと思ってるよ?たけど、そんな急にね。身体の関係なんて生々しいことはまだ……。
ぐるぐると追いつかない考えが先回りしてあたしを追い込んでいく。
「ど、どどどうしよう麻美!?あたしどうしたらいいの?」
あたしがすがりつくように助けを求めると、麻美が出した答えはかなりアバウトなものだった。
「どうって?慣れなさい」
ぐっと、親指を立てて笑顔を浮かべる麻美。
そのまるで参考にならないアドバイスにただあたしはぽかんと口を開けていることしか出来なかった。
そして放課後──。
ソワソワとしながら授業を受けていると、いつもより授業が終わる時間が早く感じた。
恭ちゃんに会えるのは嬉しいんだけど、なんだか会いたいのに、あんまり会いたくないような複雑な気持ちになってきた……。
いや。会いたくないことはないよ!?
すると麻美が声をかけてくる。
「彩乃~もう帰るの?」
「うん、今日は早めに帰ろうかと!また明日ね」
あたしは帰り道も、麻美に言われたことをぼーっと考えながら歩いていた。
大人の恋愛、大人の恋愛……。
家についてから、スマホで細かく調べてみると麻美が言っていたこと実以上にびっくりするようなことがたくさん書かれていてなんだか不安になった。
あたし、全然経験ないけど大丈夫かな!?
でも恭ちゃんはシたいって思うよね!?
【彼が6つも上なので手が早くって、付き合ったその日に……】
その日……!?
【付き合ってないけど、キスしちゃいました!そしてその先も……♡大人な彼なので身を委ねるのもありかなと思って】
大人の世界ってあたしが想像するよりもずっと大人な世界だったんだ。
誰とも付き合った経験がないあたしにとってはいっぱいいっぱいで、頭の中が混乱しそうになってしまった。
恭ちゃんがシたいって思ってるなら、その気持ちに答えたい。
だってじゃないと、他の恭ちゃんの周りにいる大人の女性に取られちゃうかもしれない。
だからあたしだって頑張らなきゃ……。
でもつくづく思う。
あたしって本当になにも考えずに、好きって伝えてたんだな……。
そんなことをぼーっと考えながら過ごしているうちに、あっという間に時刻は20時半になっていた。
「恭ちゃん家行ってくる!」
簡単に上着を羽織って、家を出るとあたしは緊張しながら恭ちゃん家の前に立つ。
そして、ゆっくりチャイムを鳴らすと、オートロックの扉が開いた。
エレベーターに乗り、恭ちゃんの家の前に行くと、中からすでに着替えを終えた恭ちゃんが出て来た。
「おう、入れよ」
「お……お邪魔しまーす」
なんかさっきの記事を見たからか、変に緊張しちゃうな……。
付き合って長い時間過ごせるのは、今日がはじめてだから。
あたしはドキドキ鳴る心臓を抑えながら部屋の中に入った。
「座れば、今飲みもの入れてやるから」
「うん」
恭ちゃんに言われるがままテーブルの前に座りこむと、飲み物の入ったマグカップを机に置いた。
「ありがとう」
「ブラックコーヒーじゃなくてココアだけどな」
ニヤリと笑いながらそんなことを言うから「もういいんだもん」と拗ねながら甘いココアを口にした。
恭ちゃんが見てくれたんだから、もう関係ないもんっ!
そんなあたしを見てくすっと笑った恭ちゃんは、自然にあたしの隣に腰を下ろす。
「そーいやさ」
いつもは全然気にしないのに、恭ちゃんが肩がぴたっと触れるたび、さっきネットで調べたことを思い出してしまった。
【付き合ってその日に……】
びくり、と動いた身体を誤魔化すようにシャンっと背筋を伸ばすと、恭ちゃんはあたしの耳元で言った。
「なぁ、聞いてる?彩乃」
「ふひゃ、」
や、やばいっ……。
意識しすぎて変な声を出しちゃった。
とっさに口を押さえたけれどもう遅く、恭ちゃんはじっとあたしを見つめてる。
「なに、その声」
しかもスルーしてくれなくて、じりじりと距離を詰めながら問いただす。
どうしよう。
麻美が変なこと言うから、意識しちゃったなんて言えるわけもなく。
あたしはただ目を逸らす。
「えっとほら……その……」
なんて話を逸らしてみたけど、恭ちゃんは真剣にあたしの顔を見て逸らすことを許さない。
「なに、つってんだけど」
どうしよう。心臓がもたないよ……。
頭はパニックで、ドキドキ鳴る鼓動を抑えられずにいると、恭ちゃんの手がするりとあたしのあごに伸びて来た。
「あ、あの……恭ちゃん?」
そうやって投げかけた質問はことごとく無視されて、ぐいっとあたしのあごを上げる。
「……っ、」
その仕草にかぁっと顔が赤くなり、思わず目をつぶると、恭ちゃんの鼻で笑う声が上から降って来た。
「ふっ、お前自爆しすぎ」
「え?」
その声にゆっくり目を開けて、恭ちゃんを見る。
恭ちゃんは呆れ顔をしながら言った。
「お前のことだからだいたい検討はつくけどよ。まさかこんなあからさまに顔真っ赤にしてくるとは思わなかったわ」
「あの……えっと?」
「だから、おおかた友達かなんかに変な知識教えられて焦ったりしたんだろ」
「うう……」
まさにその通りすぎて、否定も出来ない。
あたしの性格、分かってくれてたんだって思うと嬉しいけれど、なんだか全部バレているみたいで複雑な気分……。
「ったく、お前って本当にバカだよな」
「なっ……!」
そこまで言わなくてもいいじゃん!
あたしがむっと口を膨らませながら恭ちゃんをポカポカ叩こうとした時、恭ちゃんはその手を取ってあたしを引き寄せた。
ふわり、と恭ちゃんの匂いに包まれる。
「バーカ。俺が待たねぇで食べちゃうと思ったかよ」
──ドキン、ドキン、ドキン。
優しくて、心地よくて、温かい。
あたしは恭ちゃんの胸の中に身を委ねた。
すると恭ちゃんは優しい声で言う。
「待つって言ったろ?俺だって、お前のことちゃんと考えてるんだからな。大事にしたいって思ってる」
恭ちゃん……。
「でもほら、大人はその……恋愛レベルが高いから勢いとかもあると思うし……」
不安気にそう伝えると、恭ちゃんはさらに言う。
「大人は恋愛レベルが高いからちゃーんと我慢できるんです」
そんなことをいいながら、ポンポンあたしの背中を叩いて落ち着かせてくれる。
「慌てなくていいから。いつまでも待つし、もう離れて行ったりしねぇから」
その言葉が嬉しくて、なんだかすごく安心した。
そっか、もう恭ちゃんはあたしの元から離れることはないんだ。
あたしの側にいてくれる。
恭ちゃんのこよ、好きになって良かったなって改めて思う。
大好きだよ。
「まぁ、お前が20才になるまではとりあえずダメだな」
「えっ……前もそう言ってたけど、20才!?20才って後2年もあって……その頃にはあたしも準備はできてると思うし」
「ダーメ。守るって決めたんだ。当然だろ?それまでせいぜい女を磨くんだな、ガキ」
うう……。
やっぱり恭ちゃん、嫌い。
そんな気持ちも半分込めて、あたしが恭ちゃんのお腹にぐりぐりと頭を擦りつけると、ベリっと、身体を引き剥がされる。
「おいおい、手出さないからって煽るなよ」
「あお……?、っ……んん」
そして、言い返そうとした時、恭ちゃんは強引にキスを奪った。
一度くっついて離れたら、もう一度唇を重ねる。
「ん……っ、う」
その角度を変えるキスに酸素が足りなくなってくらくらしてきた。
「恭……ちゃっ、ん。」
あたしが途切れ途切れに言葉をこぼすと、最後にちゅっ、と口づけして唇は離れていく。
それをぼーっと見つめていたら恭ちゃんは意地悪な顔をして言った。
「足りない?」
「な……っ!」
さっき待ってやるって、言ってたよね!?
まるで真逆の行動にあたしは目をぱちくり動かすことしか出来ない。
「待ってるって……」
「バーカ。手は出さないとは言ったけど、油断していいとは言ってないから」
や、約束と違う!!!
「我慢はする。でも出来るかは保証しねぇよ?」
それって、やっぱり危険なんじゃ……。
にやりと、笑顔を浮かべている恭ちゃんに、まだまだ油断してはいけないと自分の中で言い聞かせたのだった──。