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第15話:子どもと大人のたしなみ



よく晴れた日の土曜日。

昨日は恭ちゃんの家でゆっくり時間を過ごして、夜になったらきちんと返された。


あたしはしっかりお泊りをするつもりだったんだけど、親にどうやって説明するんだとか、未成年のうちはダメだとか色々言われてしまい帰るしかなかったんだ。


でも今日、恭ちゃんは仕事が休みだから「もし時間があるならショッピングモールでも行くか?」って誘ってくれて、急きょデートが決まった。


恭ちゃんも疲れているのに、あたしと一緒に行ってくれるんだから感謝しないと。


そしてふたりで家の近くのショッピングモールまで歩いてきたのだけど……。


「よお、おっさん」


まさかの人物に会ってしまったってわけだ。


「まだそんな風に言われる歳ではないんだけどなあ?」


ここはカミナリが降っているかのように、バチバチしている。


なぜなら……。

会ってしまったのは、良樹と恭ちゃんのふたりだったからだ。


家の近くだから仕方ないと言えばそうなんだけど、まさか良樹に会うなんて思わないよね……。


「お前、俺に言うことねぇのか?」


良樹のエラそうな言葉に恭ちゃんはふっ、と鼻で笑いながら答えた。


「あーあるよ。ごめんな?お前の好きな彩乃ちゃん奪っちゃって」


「ああ”?おっさんなんかすぐ飽きられて終わるだろうから、気にしてねぇし?」


ああ、このふたり……典型的に合わせてはいけないふたりだった……!


恭ちゃんも、恭ちゃんでいつも大人っぽいのに、急に子どもになるというか……。


どうしようとわたわたしていると、恭ちゃんは急に真面目な顔をして言った。


「冗談だよ。お前にも迷惑かけたな」


落ちついた声にほっ、として恭ちゃんを見る。

その態度を見て良樹も、おだやかな顔になって……。


「あ?なに自分のものにした気になってんだよ。隙あればかっさらう、男なら当然だろ?」


ということは全くの全くないようで、相変わらずバチバチしていた。


「ははっ、本当お前いい性格してる」

「お前もな」


けれど、そこには優しさも含まれているような気がした。


最初はヒヤヒヤしながら見ていたけれど、良樹は去り際に、恭ちゃんには聞こえないくらいの小さな声で「お幸せに」とつぶやいていたので、あたしは笑顔になった。


良樹、なんだかんだ優しいんだもんな……。


なんて考えていると、不機嫌な恭ちゃんの声が落ちてくる。


「なにニヤけんてんだよ」

「別に?」


あたしの表情を見て、ぶすっとした態度を取る恭ちゃんは、強引にあたしの手を取りぎゅっと握る。


「別にってことはないんじゃねぇの?アイツと付き合ってたみたいだし?」


「そ、それは……」


そうだ。

そういえば、良樹と付き合っていたこと恭平ちゃんにちゃんと説明してなかった。


もしかして恭ちゃんは、良樹とちゃんと別れたことを分かっていない可能性もある!?


幸せすぎて、浮かれていたんだ。

これはちゃんと説明しないといけない。


「あ、あのね恭ちゃん……!恭ちゃんはどうなったか気になってるだろうけど、良樹とは2週間くらいして分かれることになったの。一緒にいるうちに、やっぱり友達かもしれないって思って……」


「ふぅん?」


恭ちゃんは真顔であたしの方を見つめる。


「もともと恭ちゃんが好きなことを知っててあたしを受け入れてくれたから……」


あたしはうつむく。

本当はあたしだって、はじめて付き合うなら恭ちゃんとが良かった。


でも出来なかったんだもん……っ。


口を尖らせると、ポンと優しい手が頭の上に置かれた。


「冗談だよ。大丈夫だから。俺が悪かったのは分かってるし……今のはちょっと妬いただけだ」


妬いた!?

恭ちゃんがヤキモチをやいてくれたの!?


あんなに余裕があって大人な恭ちゃんでもヤキモチ妬いてくれるんだ。

あたしは、思わず笑みがこぼれた。


「可愛い、恭ちゃん」

「は?」


「ううん、こっちの話~」


ニヤニヤしながらも繋いだ手に力を入れる。

良かった!恭ちゃんの機嫌が直って。


「恭ちゃん、安心してね!キスは恭ちゃんのためにとってあるから。キスしそうになったけどちゃんと断ったし……」


「はぁ!?お前、2週間でそこまでいったのかよ。それは聞いてねぇぞ!」


「えっ」


ヤバ……。

あたし、伝えなくてもいいこと伝えちゃった!?


それから恭ちゃんは気になっているようだったけど、なんとかショッピングモールに向かった。


そして、色んなところをまわり、あたしが行きたいといっていたイタリアンレストランでお昼ご飯を済ませた夕方。


「そろそろ帰るか」


恭ちゃんはそう切り出した。


それから家に向かってふたりで歩く。

当然、手は繋がないで家まで向かっていたのだけど、あたしは頭の中で葛藤していた。


うう、まだ夕方だ。

恭ちゃんと一緒にいたい。


でも貴重な恭ちゃんの休みの日をもらってるわけだし……。


どうしよう。

やっぱりあの手段しかないか。


恭ちゃんの家の近くになった時、あたしは切り出した。


「ねぇ恭ちゃん、このDVD見たくはありませんか?」


最近恭ちゃんはサブスクにあがっていない、昔のDVDを見ることにハマっている。


それで恭ちゃんの好きそうなものをビデオ屋さんに行って仕入れてきた。

すると恭ちゃんはあたしが持っていたDVDをひょいっと取り上げて行った。


「あーサンキュ。ちょうど見たかったから明日ひとりでみるわ」

「へっ」


明日ひとりで!?


「ま、ま、ま……これは本日しか見れないのです」

「なんで?」


「今日までに返さないと延滞料金が……」

「じゃあ俺が今日見て今日返しておくわ」


「ま、待って……!」


うう、どうして一緒にいたいっていうのが伝わらないの?


恭ちゃんの態度に慌てていると……。


「く、ふ……ふははは」


なぜか恭ちゃんは笑い出した。


「恭ちゃん?」

「ふっ、夜までいたいんだろ?」


「えっ、いいの?」


「俺だってそのつもりだったのに、彩乃の必死感と言ったらもう……」


そうして思い出したかのように笑いだす恭ちゃん。


「もう!もともとそのつもりだったら先に言ってくれればいいじゃん!」

「そんなことしたらつまらないだろう?」


つまらない?

すると恭ちゃんはニヤリと意地悪に笑った。


「俺、好きな子はイジメたいタイプだから」


な、なんて性悪なんだ……!


「ほら、行くぞ彩乃」


なんて恭ちゃんはご機嫌に言うけれど、あたしはまだ許してないからね……!

そんなこんなでなんとか恭ちゃんの家にやってきたあたしたち。


8時になったら帰るという約束の元、恭ちゃんはあたしの意向を聞いてくれた。


「でも久しぶりに恭ちゃんとどこかに行けて楽しかったな」


「確かにな、昔は気軽にどっか行ってたけど出掛けなくなったからな」


恭ちゃんも忙しいっていうのも関係しているんだろう。


これからはこういうデートっぽいことが増えるといいな。


あたしは借りて来たDVDをテーブルに置いた。


恭ちゃんは手を洗うと、そのまま買って来たお菓子をキッチンに運んでお皿に入れてくれた。


お菓子を食べながら、一緒にDVD。

恭ちゃんはちょっと部屋を薄暗くして見るのが好きらしい。


恭ちゃんがあたしの隣に腰掛けると、肩がピタっと触れあう。


──ドキン、ドキン、ドキン。


付き合う前は「ひっつくな!」って言われてたけど、今は恭ちゃんの方から来てくれるから嬉しいな。



こうして2時間半のDVDが終わると、エンドロールが流れている所であたしは言った。


「面白かったね~」

「誰かさんが大人しく見てくれたお陰でな」


前、あたしが恭ちゃんの気を引こうとして騒がしくしてたこと、まだ根に持ってるな。


全ては恭ちゃんを振り向かせるためだから仕方ないじゃん!


なんて心で思っていると、恭ちゃんは思い出したように、言う。


「そういやさ、」


真面目な顔をこっちをじっと見つめながら言うからなんだろう?と不思議に思っていると、返って来た言葉はあたしを拍子抜けさせるものだった。


「やっぱいいや」

「えっ。なんか気になる」


「いや、いい」

「いいの?」


「ああ」


切り出したのに……?


なにが言いたかったのか少し、気になったけど、恭ちゃんは「ところでさ」と話を変えるからあたしはまぁいっか、とその話を流すことにした。


「じゃあ、もう帰る時間だな」


時間を見ると時計は8時を指していた。

もっと一緒にいたいよ……。


でもこれ以上は恭ちゃんに迷惑になるし、お母さんにも激怒されるだろう。

仕方ない、帰ろう……。


あたしは帰る準備をする前に恭ちゃんの前に行って目をつぶった。


「なに?」

「恋人っぽいことしたい……ちょっとでいいから」


あたしがそう言うと恭ちゃんは、深くため息をついた。


「お前ねぇ……」

「ダメなの?」


「ダメじゃねぇけど、俺も色々我慢してるわけよ」


我慢なんかする必要ないのに。

だってあたしと恭ちゃんは恋人同士なんだから。


あたしはいつでも恭ちゃんをウェルカムだもん。

なんて思っていると……。


「彩乃、こっち」


イキナリ色気のある声で、あたしのことを呼ぶ恭ちゃん。


雰囲気が変わったのが分かった。


ゆっくりと近付いてきた顔にああ、キスされる。


なんて思って目をつぶって受け入れる。


「恭ちゃん……」


うれしいな。

しかし、あたしのつぶやいた言葉に恭ちゃんは声を漏らした。


「それ、」

「え……?」


思わず目を開けて、恭ちゃんを見ると不機嫌そうな顔であたしを見ていた。


「彩ちゃんはいつになったら俺のこと名前で呼んでくれんの?」


名前……?


「恭……ちゃん?」


問いかけるように聞くと、さらに恭ちゃんの顔は不機嫌になる。


「俺、恭平って言うんだけど?」


あたしの耳元で優しくささやいてくる声があたしの背中を駆け巡ってゾクゾクして、あたしの顔は気づけば真っ赤に染まっていた。


「なぁ、呼んでくれねぇの?」


今度は少し可愛い気に言う恭ちゃん。

そんな彼にあたしは首をぶんぶん振りながら言った。


「む、無理だよ……!だって、昔からずっと恭ちゃんって呼んでたのに今更呼べるわけないじゃん」


そうやって伝えると、恭ちゃんは「ふーん」と返事してそっぽを向いてしまった。


な、なんでよ……。


「恭ちゃん、怒らないで」

「…………」


あたしがそう言ってみても、答えてくれない。


「ねぇ、恭ちゃん!こっち向いて」

「…………。」


強く言ったってこんな風に無視してくるし。


もうっ!恭ちゃんの意地悪!

自分は前から名前で呼んでるからいいかもしれないけど、普段呼んでない名前で呼ぶって、すっごい恥ずかしいんだからね。


そんな気持ちを込めながらもゆっくり深呼吸して、そっぽを向く恭ちゃんを見つめる。


「恭へい……くん」


思った以上に恥ずかしくて、さっきやっと引いた熱がまた顔に集まっていくのが分かる。


ああ、もう恥ずかしいよ……。


そう思った時、恭ちゃんはこっちに向き直って言った。


「やっべ、想像以上にかわいいな、それ」


口元を抑えながらそんなことを言う恭ちゃん。

そこにはちょっと照れてるのが見えてあたしは嬉しくなった。


しかし、当然1回で終わるはずはなく……機嫌が戻った恭ちゃんはさらに言う。


「なあ、もう1回呼んで」


また……!?

しかも今度は恭ちゃんの顔を見ながら?


なんだか嬉しそうな顔をしている恭ちゃんを見て、あたしはつぶやく。


「な、なんか意外……かも」

「なにが?」


だって恭ちゃん、普段はすごく大人っぽいのに名前を呼んでもらった時は子どもみたいに嬉しそうな顔してるし、それに……。


「名前とかこだわらないかと思ってたから」


恭ちゃんでも名前で呼ばれたいって思うんだなって、ちょっと意外だった。

そしたら恭ちゃんは少し間をおいて、そっぽを向きながらつぶやいた。


「だってよ、お前……呼んでたろ。」

「ん?」


「良樹、だっけか?アイツのこと、名前で呼んでたじゃねぇか」


ええっ、それで!?

あの時、そんなことを思ってたの……!?


「そいつのことは普通に呼ぶのに、俺は恭ちゃんだし……なんか納得いかねぇじゃん」


か、可愛いっ。

恭ちゃんが拗ねてる……。


普段そういうことを口に出さない人が出す破壊力は半端じゃなくて、あたしは緩む口元を必死で閉じることが出来なかった。


「恭ちゃん、って意外とヤキモチ焼きなんだ……?」


今はあたしの方が優位なことをいいことに、そんなことを聞いたら恭ちゃんは拗ねた口をしながら言った。


「悪りぃかよ。好きな女のことなんだから仕方ねぇだろう」


うわわ、今日の恭ちゃんすごく素直だ……。

素直な恭ちゃんにあたしも気持ちを伝えておきたくて、しっかり目を見て言う。


「恭ちゃん、あたしが特別なのは恭ちゃんだけだからね」


こんなことするのも、名前で呼ぶ時に恥ずかしいって思うのも全部、恭ちゃんだけだから。


そんな気持ちを込めて微笑むと、今度は恭ちゃんがにやりと笑った。


「ふーん、じゃあトクベツなことしないとな?」


さっきまで可愛いかったのに、その怪しい笑顔と同時にあたしのアゴを持ち上げる。


「ちょっ!?恭ちゃん……?」

「不正解。そうじゃねぇだろ?」


ゆっくりと近付いてくる顔にあたしは身の危険を感じる。


「ほら、早く言わねぇとキスしちまうぞ」

「……っ!」


その言葉に慌てて名前で呼ぼうとするけれど、こんな至近距離で恭ちゃんの名前を呼ぶのは恥ずかしくて、少し戸惑った。


だけど、その間にどんどん恭ちゃんの顔が近付いてくる。


──キスされる。


そう思った瞬間、あたしはとっさに恭ちゃんの名前を呼んだ。


「きょ、恭平くん……っ」


すると、恭ちゃんはぴたりと動作を止めてふわりと笑った。


「正解」


極上の笑顔とともに降って来たのは甘い甘いキスで。


「んん……っ!」


ちゃんと言ったのに、という言葉は恭ちゃんのキスによって溶けていった。


「ん……っ、ふ……」


なに度も角度を変えて行われるそれは、ふわふわとしてとても心地いい。


「きょう、ちゃ……っん。」


ああ、もう好き。

大好き。


今思ってる気持ちが全部恭ちゃんに伝わったらいいのに。


ちゅっ、ちゅっと音を立ててくっつく唇が離れていくのが名残り惜しい。


ーーもっと、もっと。


この時間が終わらないでほしい。


いつの間にかそんなことを思ってしまっている自分に恥ずかしくなった。


「……ん」


そして、ようやく唇が離れて行く。

その様子はぼーっと見ていると、恭ちゃんは言った。


「なに、足んない?」


本当、意地悪……。

だけど、やっぱりそう思っちゃう自分がいるのも事実であたしの感情は、全部恭ちゃんにバレバレなんだなって改めて思った。


もうきっとあたしが恭ちゃんを大好きなことも全部伝わっているだろう。


「足りないよ……っ」


まっすぐに伝えた気持ちに恭ちゃんは目を大きく開ける。


「煽るの禁止つったろ」


なんて頭を抱えたら、もう一度優しくあたしにキスをした。


「んっ……」


こんなに満たされて、心が幸せだとささやいてる。


今のあたしたちに不安なんてない。

あたしはそのまま恭ちゃんに寄りかかってあえて口にも出して伝えた。


「幸せ、大好きだよ」

「ああ、俺も」


恭ちゃんからの返事もかえってきて、なにひとつ曇りのない幸せに満たされた日。


だからこそ、気づくことが出来なかったんだろう。


その時、黒い影が近付いることに──。




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