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第六章:過去の思い出があるからこそ

第31話 もうすぐ夏休み


「全て終わったぞー」



 千隼は机に突っ伏しながら息を吐く。


 期末テストも終わり、返却されたテスト用紙を全て受け取った。全教科赤点無し、平均以上をキープできていたので追試は免れている。


 あとは夏休みを待つだけだ。やっと暫くはテストのことを気にしなくいいぞと、千隼はぐてっと力を抜いた。


 数学と理科、英語は風吹に教えてもらった成果か、成績は上がっていた。そんな千隼のテスト用紙を陽平は見比べながら言う。



「千隼の成績の上がり方がえぐい」


「風吹先輩にしっかり教えてもらってるからなー。成績上がってなかったら申し訳なさすぎて顔を見せられないよ」


「千隼のやる気もすごいと思うけどね」


「あいつの話はいいだろ、別に」



 陽平と千隼の会話に直哉が不機嫌そうに入ってくる。どうやら彼は風吹にあまり良い印象を持っていないようだ。


 風吹の話をすると途端に機嫌が悪くなるのだ。悪い人じゃないと言ってはいるが彼はそうではないらしい。


 むすっとしている直哉に陽平はこらこらと肩を抱きながら拗ねるなってと笑う。



「て、夏休みどうするー」



 夏休みに入れば、一時帰省が許される。もちろん課題は出されるのだが、それさえちゃんとこなせれば長期の休みだ。


 とはいえ、絶対に帰省しなければならないというわけではない。寮に残る生徒もいるので、その辺りは自由だ。


 帰省する生徒は家族で旅行に行ったり、友達と遊んだりと予定を組む学生は多い。陽平もそのつもりらしく、「祭りとか、海もいいよなー」と、夏休み中の予定を考えていた。



「友達とは遊びたいしなぁ。あ、千隼って実家の市が一緒だよなー? 夏休みどっか遊ぼうぜー」


「いいけど、ちょっと待ってね。えーっと、風吹先輩と課題一緒にやるから……あとは親と……」


「はぁ? お前、夏休みもあいつと会うのか!」


「どうして会わないと思ったの?」



 直哉の上げた声に千隼が首を傾げる。風吹に勉強を見てもらっているだけでなく、最近は一緒にいることが多くなった。


 夏休みであっても風吹と会わないとは限らないじゃないかという千隼の言葉に直哉は黙る。



「薬師寺様と仲良いよな、千隼」


「仲良くしてくれているね」


「でも、勉強じゃない日もあるんだろ? 祭りと海に行こうよ」


「海は嫌だなー。僕、泳げないもん」



 千隼は泳げないので海で遊ぶという行為が理解できなかった、何処が楽しいのだろうかと思うぐらいには。


 この高校を選んだ理由にプール授業がないことも決め手の一つだったのだ。なんて、言えば陽平から笑われてしまった。



「少し入るぐらいじゃんかー」


「それでも嫌なんだよ」


「えー、勉強するより楽しくないか?」


「僕的には風吹先輩と勉強しているほうが楽しいよ」


「私を呼んだだろうか」



 その声にはっと振り返ると風吹が不思議そうに見ていた。もうすっかり昼休みに入っていて、彼は千隼を迎えに来たらしい。


 丁度、来たばかりで話までは聞いていなかったようだ。名前を呼ばれた気がしたので反応したといったふうだった。


 そんな風吹に陽平は「千隼が海は嫌っていうんですよー」と声をかける。



「海?」


「夏休みに海で遊ぼうぜって誘ったら泳げないから嫌って言われてー」


「遊ぶなら海じゃなくてもいいだろー」


「嫌がる場所に連れていくのはどうかと私は思うが?」



 風吹の指摘にうっと陽平は言葉を詰まらせる。相手が嫌だと言っているのだ、無理して連れていくというのは嫌な思いをさせてしまうと諭されてしまった。


 千隼は「風吹先輩ありがとう!」と心の中で感謝していた。何せ、このままでは無理矢理にでも連れ出されていただろうからだ。


 海など泳げない人間にとっては苦痛でしかない。プールだってそうだ、あんなぎゅうぎゅうなところに行っても楽しくはない。


 千隼は「僕は行かないからねー」と風吹の背後に隠れた。



「千隼、ずるいぞ! 薬師寺様の後ろに隠れたら何も言えないだろー」


「これは隠れてるわけじゃないしー」


「くっそー! でも、遊ぶのは確定だからなー」



 海以外ならば遊ぶのは別に構わなかったので、わかったよと千隼が返事をすれば、陽平に「連絡するからな」と何故かやる気に満ちていた。


 そこまで遊びたいのかと思った千隼はあっと風吹を見遣る。せっかくだから勉強以外でも会って遊びたいなと、千隼は声をかけた。



「風吹先輩も夏休み遊びませんか?」



 千隼の誘いに風吹は「いいのかい?」と首を傾げた。自分と二人で遊びよりは陽平たちとのほうが楽しいのではないかと言うように。


 千隼はどんな相手であれ、友達ならば楽しいという考えだ。なので、「気にしなくていいんですよ」と伝えれば、風吹はふむと顎に手をやった。


 ちらりと見遣れば直哉が露骨に不機嫌そうにしていて陽平は苦笑している。千隼はどうしたのさと不思議そうにしてみれば、陽平に「気にしなくていいよ」と言われた。



「直哉は気にしなくていいんだよ。風吹先輩と仲良くしてなー」


「え、何! 急に?」


「無自覚って怖いよなぁ」



 陽平はそう言って直哉を見た。彼は不機嫌なまま千隼ではなく風吹に目を向けている。睨むまではいかないものの、威嚇するような視線だった。


 風吹はそれに気づいて目を細めると少し間をおいて、うんと頷いた。



「千隼が誘ってくれるのなら、何処か遊びに行こうか」


「ほんとですか! 行きましょう!」



 わーっと喜ぶ千隼の様子に直哉はますます表情を顰めるが、風吹は何でもないように微笑んでいた。



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