夏休みに入って千隼は実家へと帰省した。母親には「ちゃんと勉強やっているの」と心配されてはいるが、そこはちゃんとしているので問題ない。
学校のことを聞かれるも千隼は友達もいるから大丈夫と適当に流して、「じゃあ遊びに行くから」と家を出た。
今日は風吹に誘われていたので彼の住んでいる地域へと電車で向かう。電車一本で行けるのでそう遠くはない。
電車に揺られること暫く、待ち合わせの駅へと着いた千隼は改札を通り抜ける。風吹はどこだろうかと見渡せば、彼は案内板の傍に立っているのが見えた。
「千隼、大丈夫だったかい?」
「大丈夫ですよ。って、待ちました?」
「いいや? 待ってないよ。さて、さっそくなんだけれど手伝ってくれるかい?」
手伝うとはと千隼は首を傾げてから、妖怪か幽霊かなと頷いた。遊びに誘ったというのにと申し訳なさげにする風吹に千隼は気にしていないと笑いかける。
「何かあったんですか?」
「困っている子を見つけたんだ」
風吹はそう言って歩き出した。後ろを着いていけば、駅を抜けて駐車場のほうへと向かっていく。
線路下の野外駐車場の隅にそれはいた。小さく蹲っている少女の姿をした古めかしい着物姿の彼女はぷるぷると震えている。
おかっぱ頭を揺らしながらゆっくりと振り返った少女を見て、千隼は妖怪だと気づいた。彼女の目が一つしかなかったからだ。
「妖狐さまぁぁ」
「落ち着きなさい。どうして此処まで来てしまったのか、説明できるかな?」
風吹が優しく問えば、一つ目少女は涙を浮かべながら話してくれた。彼女の名前は花枝というらしく、この町からさらに奥の田舎からやってきたようだ。
山で大人しく暮らしていたけれど、人間の世界を知りたくてこっそりと村人に憑いてきたのだが、あまりの人の多さに驚いてしまい、帰り道が分からなくなってしまったのだという。
「こげな、ひと多いと思わなかったぁ」
「え、えっと落ち着こう?」
おろおろと泣き始める花枝を千隼は慰める。子供をあやすように頭を撫でてやれば、しゃくりあげながらも落ち着いてくれた。
どこから来たのかを聞いてみるけれど、花枝は地名を覚えていなかったらしく、此処よりも奥としか言えないとのことだった。
これでは難しいなと千隼が花枝の背を撫でながら風吹を見れば、彼は暫し考える素振りを見せてから「住処を移すほうが早いかもしれない」と言う。
「場所が分からない以上は送るのが難しいんだ。此処からならば、学園からそう遠くはない。あの山は新入りにも優しいからね」
「なるほど」
「い、いじめられねえかなぁ」
ぷるぷると花枝が震える。新しい場所での人付き合いというのは妖怪であろうと怖いようだ。そんな彼女を安心させるように風吹が「私から口添えをしておこう」と優しく微笑む。
千隼も大丈夫だよと声をかければ、花枝は交互に見遣ってからうんと頷いた。どうやら納得はしてくれたようだ。
「住み慣れた故郷へ戻りたいかもしれないが、こちらも使える力が限られていてね」
「いいんです、妖狐さま。あたしが何も考えずにやってしまったんが悪いんだ」
自分がやらかしたことでこうなってしまったのだから、それは自業自得だと花枝は言う。
反省しているようで、次からは考えも無しにそんなことはしないと約束してくれた。
「また電車に乗ることになるけれど大丈夫かい?」
「あ、あんの箱に……が、がんばります」
どうやら乗った時間が悪かったようで混雑した電車内で押しつぶされていたようだ。
昼頃である今の時間帯ならばそれほど混んではいないはずだ。だから平気だよと千隼が言えば、花枝はそれならばと立ち上がった。
「ご迷惑おかけするだ、妖狐さま」
「気にしなくていいよ。さあ、行こうか」
風吹が声をかけて歩き出すと花枝はきょろきょろと周囲を見渡していた。
自分が視えている人間が居ないか気になるのだろと、千隼は「裾を握っていいよ」と微笑む。
「怖いだろうから、裾を握っていなよ」
「ありがとう」
花枝はおずおずと服の裾を握ってきたのを確認してから、千隼は彼女の歩幅に合わせるように歩きながら風吹を追いかけた。