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第34話 だから、妖怪と友になることを止められなかった


 電車に揺られている間、花枝は千隼に引っ付いていた。普通の人間は触れられないとはいえ、近くにいるというのは不安なのだろう。


 興味本位で街まで下りてきたはいいけれどやはり人間は怖いようだ。自分のしたことを反省しているようにしょんぼりと項垂れている。


 大丈夫だろうかと千隼が心配していれば、風吹が「安心てほしい」と花枝に声をかけていた。ちゃんと私の知り合いが面倒を見てくれるからと。


 そうやって目的地の学校の裏山までやってきた千隼はどうやって入るのだろうかと疑問を抱いた。


 この山に入り口らしき場所を見かけたことがないのだが何処かにあるのだろうか。千隼の疑問を解決してくれるように風吹が手招きをする。


 学校から離れた鬱蒼と生い茂る木々のとある個所まで歩み寄った風吹がタロットカードを翳した。瞬間、ぱっと霧が晴れたかのように道が現れる。



「秘密の抜け道だ!」


「そうだね。私や巳波司書教諭のような存在専用の道さ」



 おいでと風吹が歩いていくのを千隼はついていく。道は木々のトンネルのようになっていた。木漏れ日で少しばかり幻想的に見える光景に、綺麗だなと千隼が眺めていればひらけた場所へと出る。


 広場のようになっているその場所には狐や狸が座って酒を飲んで転がっていた。


 幼子のような見た目の子たちが昔ながらの衣服に身を包んで駆け回っている姿も見かけて、千隼はどういう状況かと困惑してしまった。


 風吹はその中を迷いなく進んでいく。千隼がきょろきょろと周囲に目を向けながら追いかければ、ひときわ大きい木の根元に座っている妖怪がいた。


 真っ白な長い髪を一つに結った三尾を持つ女性。見た目の年齢で言えば、お姉さんと呼ばれるぐらいではないだろうか。艶やかな着物姿で盃を片手に酒を楽しんでいた。



「つぐみさん」


「あん? あぁ、ツキハ神様じゃあないか」


「もう神ではないよと何度、言えばいいのかい?」


「ちょっとした絡みさ。これぐらい良いじゃあないか、風吹様」



 ちょっとした戯言も許しておくれよと笑うつぐみと呼ばれた三尾狐は千隼のほうへと目を向ける。すっと目を細めてから足元に居る花枝に視線を移した。



「頼みはそこの一つ目かい?」


「あぁ。帰る土地が何処なのか分からなくなってしまったんだ」



 花枝の事情をつぐみに話すと彼女は「歓迎するよ」と微笑んだ。この山は去る者は追わず来る者は拒まずだからねと。


 つぐみの返答にほっと息をついて花枝は「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 これで解決したのかなと、千隼が思っていればつぐみは「人間の友人はいつぶりだろうね、風吹様」と問いかけた。



「貴方は〝あれ以来〟ずっと人間の友人を作ろうとしなかったけれども。まあ、今は人の生を受けているのだから、寿命の概念は気にしなくてもいいのか。でも、死んだあとはどうだろうね?」


「つぐみ」


「そんな怖い顔をしないでおくれよ。話していなかったんだね、悪かったよ!」



 低い声がしてびっくりしながら風吹を見遣れば、彼が怒っているような表情をつぐみに向けていた。つぐみは慌てて謝罪しながら立ち上がって花枝を抱き寄せる。



「この子はあたしたちがちゃんと面倒みるから安心していいさ」


「そうしてくれると有難いよ。長居をするのはよくないからこの辺で」



 よろしく頼むよと風吹はそう声をかけて千隼の手を引く。引っ張られる形で千隼はその場を後にした。


 木々のトンネルを歩きながら千隼は風吹に声をかけるか悩む。つぐみが何を言っていたのか、気にならないわけではなかったのだ。


 けれど、風吹の反応を見るに知られたくないことなのかもしれない。もしかしたら、嫌な思い出かもしれないので、問うのはどうなのか。


 そうやって頭を悩ませていれば、風吹がはあと息を吐き出すのが耳に入った。



「私がお狐様として祀られる前、一人の人間と友になったんだ」



 えっと千隼が目を瞬かせれば、風吹が振り返って「気になるだろう?」と眉を下げながら笑まれる。


 それは話したくはなかったけれど、心配かけるぐらいなら教えようといった感じであった。だから、千隼は「話さなくても」と思わず返答を返す。



「別に問題はないよ。君を助手にすると決めた時からいつか話そうかとは思っていたからね」


「そうなんですか?」


「うん。隠すことでもないし、妖怪と親しくなるということの現実は教えたほうがいいから」



 そう言って風吹はゆっくりと歩きながら昔話を話してくれた。


 風吹が妖狐でまだ神として祀られる前のこと、一人の人間である青年と出会った。山で猟師をしていた青年とは偶然の顔合わせだったという。


 ふらりと山を散策していた風吹は九尾の姿で青年と遭遇してしまったのだ。山の奥深く、いくら猟師とはいえ人間が立ち入ることなど殆どない深い場所だった。


 青年は驚いていたが風吹は落ち着いていた。此処で下手に刺激しては攻撃されかねないと判断したのだ。


 出方を窺っていれば、青年ははっとしたように表情を変えて大きな声で言った。


『すまん、帰り道を教えてくれ!』


 それはもう元気よく。あまりの潔さに風吹は笑ってしまった、なんと勢いがある人間かと。面白いと思ったが負け、風吹は青年に帰り道を教えてやった。


 風吹はそれっきりのつもりだったというのに、青年は律儀にお礼をしにきたのだという。珍しい人間もいたものだと感心したのと同じく興味が湧いた。



「それから弥助とは話をする仲になったんだ。私が神として祀られる時は喜んでくれたものだよ。私の力に頼ろうとも、欲も見せずにね」



 弥助は純粋で心の強い人間だった。神の力に欲をかかず、頼ろうともしなかったのだ。風吹の事を良き友として接してくれた、優しい人間。



「でも、人間とはどうあがいても別れがやってくるんだ」



 妖怪と人間には違う点がある、それは寿命だ。人間よりも遥かに長く生きる妖怪は、彼らの最後を見届けることになる。


 良き友との別れというのは悲しくも辛いものだ。風吹もそれを経験したのだと聞いて、千隼は裕二と木枯を見る時の悲しさを帯びている眼を思い出した。



「あ、斎藤先輩と木枯……」


「そう。彼らにも何れ寿命という別れがやってくる。正直な話をするならば、妖怪と友人関係になるのは勧めない。見送る側も黄泉へと下る側も悲しいからね」



 でも、止められなかったよ。風吹は別れの悲しさも、出会いの喜びも、友としての日々の楽しさをしている。



「だから、止められなかったんだ」


「えっと、別れってやっぱりどんな関係でもあると思うんですよ」



 千隼の言葉に風吹が目を瞬かせる。それでも、千隼は「それは生きている以上、避けられないことなんですよ」と話を続けた。



「僕はいつか来る別れよりも、今が大事だと思うんです。もちろん、別れは悲しいことなんですけど、それまでの楽しかった日々が思い出に残ってくれる」



 思い出としていつでも懐かしむことができる。別れの寂しさはあれど、覚えてくれているということが一番、嬉しいことではないか。千隼はそう感じた、忘れられるほうが辛いと。



「風吹先輩がそうやって友達のことを忘れずにいてくれるだけで、その人は生き続けていると思うんです。その、上手く言えないんですけど……」



 こういう時、自分は言葉がでないな。千隼はうーんと頭を悩ませる。そんな姿に風吹はふっと微笑んだ。



「言いたいことは分かったよ。人間として暮らしてから、感情というのがより芽生えたように思えるよ」



 人間の感情というものが理解できた、きっと彼もそう願っているのだろうと思えるほどに。風吹はそう言って千隼の手を少しばかり握る。



「改めて気づけたよ。ありがとう、千隼」


「僕は特に……」


「君を傍に置くことを選んでよかった」



 その優しさは人間にしかできないことだよ。風吹があまりにも朗らかに笑むものだから、千隼は何も言えなかった。とても眩しく見えたから。



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