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第35話 それは反則だと思う


「斎藤先輩と木枯、大丈夫かな」



 駅前のカフェに入った千隼と風吹は飲み物を飲みながら休息を取っていた。学校は遠くも無いが近くもないので行き帰りで疲労が溜まる。


 せっかく遊びに誘ったに申し訳ないと謝る風吹に千隼は気にしてないですよと返しながら、ふと裕二と木枯のことを思い出した。彼らは何事もなく過ごせているだろうかと。



「敵意、或いはそれなりの力を持つ存在からは感知されにくくなっているから問題はないと思う。ただ……」


「ただ?」


「斎藤君と同じような波長、つまり兄姉ないし、弟妹には見えてしまう可能性がある」



 裕二と同じような波長で彼が敵意を向けていない存在が、木枯ような存在を畏怖していないのであれば視えてしまうかもしれない。



「その注意はしておいたので何かあれば連絡してくれると思うよ」


「それなら大丈夫かな。二人とも楽しめているといいなぁ」



 木枯は裕二に懐いていたので二人が楽しい日々を送れていたらいい。千隼はそう願いながらオレンジジュースを飲んだ。



「そうだ。千隼に聞きたいことがあったんだ」


「なんですか?」


「祭には興味あるかい?」


「祭り? あ、港まつりですかね?」



 隣の町になるが毎年夏に港で祭りを行っている。夜には盛大に花火が上がるので人気なのだが、場所取り争いが起こることでも有名だ。


 そういえば、陽平が祭りに行かないかって誘ってきたなと、千隼は思い出したことを伝えれば、風吹がすっと目を細めた。



「彼らと一緒に行くのだろうか?」


「え? まだ決めてないですけど……」


「なら、私と一緒に行かないか?」



 千隼は返事を考えるよりも風吹の少しばかり食い気味な問いに驚いた。


 どうしたのだろうかと思いつつ、今のところ祭の日に予定はないことをスマートフォンのカレンダーで確認する。


 陽平にも予定が入らなければと返していたので、まだ一緒に行くことは確定してはいない。とはいえ、先に誘ってきたのは彼だしなと困っていれば、風吹が眉を下げた。



「駄目だろうか?」



 この時、千隼は実感した。顔の良い男の小動物さを見せるお願いの表情というのは、とてつもなく破壊力があることを。


 男の自分でもこれは断れないとなってしまうほどにはすさまじい。これが女性なら恋に落ちていたのではないだろうか。



「私は千隼と一緒に行きたいのだが……」



 それは反則ではないだろうか。こてんと首を傾げられて、千隼は「いいですよ」と頷いてしまった。


 それはもう嬉しそうにするのもまた反則だと思う、などと千隼は呟きそうになるのを堪える。


 陽平に連絡をすればからかわれるだろうことは想像ができるが、この反則の塊のような言動をされては負けを認めるしかないのだから仕方ないとしておく。


 風吹はといえばなんとも嬉しそうにしていた。そこまでと不思議に思ったが友人が再びできた喜びというのは彼にとって大きいのかもしれない。



「どうしたんだい、不思議そうな顔をしているが?」


「え! いや、誘い方が風吹先輩のイメージじゃなくて……あ、すみません。勝手に想像しちゃって……」


「いや、気にしなくていいよ。私はあまり人を誘うということをしないから。どう誘うのがよいのかは考えていたんだ」



 考えた結果、ということなのか。あのあざとい誘い方は。それは確信犯というものではないかと千隼は突っ込みそうになるのを堪える。


 ちらりと風吹を見やれば、何とも読めない表情をしていた。なんだろうか、してやられた感は。とは感じつつも、千隼は怒ってはいなかった。


 風吹の意外なところを見られて気を許してくれたことが嬉しかったのだ。助手として友達として傍にいるならば、そうしてくれると信頼されているように感じるから。



「おかしかったかな?」


「そんなことないですよ。気を許してくれたみたいで嬉しかったです」


「こんなことは千隼以外にはしないけれどね」


「そうなんですか?」



 両親は誘わないのだろうかという疑問が表情に出ていたようで風吹に、「千隼だけだよ」と念を押されてしまった。



「私にとって特別だからね」


「特別?」


「今は気にしなくていいよ」



 ちゃんと意味を教えてあげるから。風吹はそう言ってコーヒーを飲んだ。今じゃないんだと千隼は問おうとしてやめる。


 風吹がそう言うということはタイミングというのが必要なことなのかもしれないと。



「でも、千隼の友達には悪いことをしてしまったね」


「陽平なら大丈夫ですよ。からかってはくるかもしれないですけど、わかってくれるんで」


「彼は大丈夫だろうけど、飯島君は違うだろうね」


「え、直哉?」



 なんで直哉がと千隼が首を傾げれば、「私は彼に警戒されているから」と風吹は苦く笑ってみせた。


 そういえば、直哉は風吹に対して当たりが強い。彼の話となると不機嫌になったり、言葉が荒くなる。


 その態度は警戒していると言えるかもしれない。嫌っているというよりは、そちらのほうがしっくりくる雰囲気だ。


 風吹と祭りに行くことになったと知れば、彼も何か言ってくるかもしれないなと千隼は眉を下げた。別に悪いことをしているわけでもないのにと少し不満を抱く。



「まぁ、彼も私と同じなのだろうけれど……」


「同じ?」


「いいや。こちらの話しだよ。千隼には迷惑をかけてしまうけれど、許してほしい」



 君と二人で行きたかったからと何とも申し訳なさげに風吹は言う。そんな顔はしなくていいのにと千隼は「大丈夫ですよ」と笑って返した。



「二人とも話せばわかってくれますから安心してください」


「そうならいいが……」



 そこまで心配しなくてもいいのにと千隼は特に気にしていなかった。


 問題がそこまであるとは思わなかったからなのだが、風吹はそうではないふうに目を細めてから「千隼に任せるよ」と話す。



「任せてください! あ、祭りまでまだ日にちありますし、勉強とかってどうします?」


「そうだね。千隼の空いている時間にやろうか」



 課題は早めに終わらせておくと後が楽だからと言われて、それはそうと頷いた。最後まで残しておくと追い込まれて修羅場になってしまう。


 それで一度、徹夜をしている経験があるので千隼は避けたかった。あんな心境は二度も味わいたくはない。



「修羅場はもう味わいたくないので、よろしくお願いしますね!」


「私はその経験がないけれど、あまり心配しなくていいよ。分からないことは教えるから」


「ありがとうございます、風吹先輩!」



 苦手な教科は不安でと千隼はほっと息を吐く。風吹の教え方は優しくわかりやすいので、その言葉だけで安堵できた。


 そんな様子に風吹が小さく笑う。そこまで不安だったのかいというように。千隼は少し子供っぽかったかなとえへっと頬を掻いて誤魔化した。





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