港まつりは十時から始まり、出店などが役場の広い駐車場に集まる。フードフェスタと銘打って、ステージや休憩場所などが設置されている会場に千隼はいた。花火は港の方で打ち上がるというアナウンスが流れている。
役場の駐車場ってこんなに広かったんだなぁと、祭り時期にしか来ない千隼は毎度、思ってしまう。役場前のステージでは芸人が立って場を盛り上げているのが見えた。
中心が休憩所となっており、長机と椅子が置かれているが殆どが先に来ていた人たちによって占領されてしまっている。これは座れそうにないなと千隼はここで休むのを諦めた。
「この祭りに来るのは初めてなんだが、人が多いのは何処も変わらないね」
「ですねぇ。出店も多いし、キッチンカーも並んでいるし……人混み大丈夫ですか?」
「問題はないよ。ただ、こういった賑やかな場所には紛れているんだよ」
紛れているとはと言いかけて、千隼はあっと周囲を見渡した。目を凝らしてみれば、薄っすらと透けている人が見える。
風吹は千隼が気づいたのを察してか、「あれは無視していいよ」と話す。あれはただ、楽しそうな気を感じて近寄ってきただけだからと。
「幽霊というのは楽しい気に惹かれやすい。それは生前の思い出を感じたいためだったり、楽しめなかったことへの未練だったり様々だ。祭りや大型商業施設、イベントといったところは楽しい気というのが豊富だから集まりやすんだよ」
「なるほど。基本的には大丈夫なんですか?」
千隼の問いに風吹は「大丈夫だね」と答える。悪さをするモノもいるけれど、基本的には楽しい気を感じ取っているだけで何もしないらしい。
稀に憑りついてしまう場合もあるが、それを祓う必要はないとも風吹は言った。
こういったところで憑く幽霊はひと時だけなので、いつの間にかいなくなるのだという。
「それにアナタに幽霊が憑りついていますよ。なんて知らない人に言われたら、宗教勧誘か何かと勘違いされて警戒されえしまうからね」
「た、確かに……。下手に自分から関わるのもよくはないですよね」
「そういうことだね。さて、千隼は何か屋台で食べるかい?」
いろいろ出店されているけれどと風吹が指をさす。そうだ、せっかく来たのだから屋台は楽しみたいと、千隼は見える範囲の出店を確認した。
金魚すくいやお楽しみくじにヨーヨー釣りといった遊びは子供たちで賑わっている。
焼き鳥や焼きそばにイカ焼きといったガッツリ系なものから、かき氷やフルーツ飴にチョコバナナといったデザート系と食べ物も豊富だ。
「りんご飴が食べたいですね。好きなんですよ、あれ」
「甘くないかい?」
「あの甘さが好きです」
りんご飴のあの甘さが千隼は好きだった。甘ったるいといえばそうなのだが、その口に残る味が癖になる。りんごの酸味も相まって美味しく感じるのだ。
今はカットされたりんご飴もあるので食べやすいと、千隼は目をキラキラさせながらフルーツ飴の屋台を見つめる。
「りんご飴が大好きなのは伝わったよ、かなり」
「では、買いましょう! 食べたい!」
千隼は風吹の腕を引いてフルーツ飴の屋台へと並ぶ。子供だけでなく、大人も並んでいるのを見るにフルーツ飴は今でも人気なようだ。
自分たちの番になって千隼はカットされたりんご飴を一つ注文すると、風吹はどうするのかと聞いてみる。彼は少し考えてから「同じのを一つ」と頼んだ。
カットされたりんご飴を一つ齧れば、甘さと果汁の酸味が口に広がる。千隼は「この味だよ」と、にこにこしながら食べた。
ちらりと横を見やればりんご飴を齧って目を瞬かせている風吹がいた。その表情に千隼がどうしたのだろうと首を傾げれば、彼は「こんな味だったんだ」呟く。
「えっと?」
「実は私はりんご飴を食べたことがなかったんだ」
「そうなんですか!」
「甘い物が嫌いと言うわけではないのだけどね。飴をあまり食べないから」
果物は好んで食べるのだが、飴といったお菓子はあまり口にはしないのだという。なので、フルーツ飴は食べたいと思ったことはなかったらしい。
「千隼の話を聞いて興味がでたんだ。なるほど、これは確かに甘ったるい」
「苦手でした?」
「いや、そうではないよ。甘ったるいけれど、果実の酸味がそれを中和してくれているから食べやすい」
これは甘い物と果物が好きな人にはぴったりだね。風吹はそう言ってまた一つりんご飴を齧った。
嫌いではないというのは本当のようで美味しそうに食べている。気に入ってくれたのかもしれないなと千隼は思うことにした。
「あ、りんご飴を食べたのはいいんですけど、先にイカ焼きとかのほうが良かったかな。などと思ったりしました」
「あぁ、これはデザートの部類に入るね。でも、食べたいものから先に選んでもいいと私は思うよ」
美味しいと感じる時に好きなものは食べると良いと風吹は話す。確かにお腹があまり空いていない時に食べても美味しさは半減してしまうような気がした。
今、りんご飴を選んだのは良いかもしれない。千隼がそう思っていれば、風吹がぴたりと足を止めた。
なんだろうかと風吹の視線の先を見れば金魚すくいの出店の前だ。何かあったのだろうかと問おうとして、「千隼は」と風吹が口を開く。
「金魚すくいは得意かい?」
「え? そうですね……すくうのは得意だったかな。それがどうかしましたか?」
「あの金魚すくいの池の中に妖怪がいる」
「え」
こそりと言われた言葉に千隼はえっと声を零して金魚すくいの出店をのぞき込んでしまった。