目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第37話 救出


 金魚すくいの池の中には黒や赤、まだらの金魚がすいすいと泳いでいた。子供の中に混じるように大人も楽しそうに金魚をすくっているのが見える。


 その泳ぐ金魚の中に挙動がおかしいのがいるのに千隼は気づく。よくよく観察してみれば、一匹の金魚が明らかに金魚すくいの紙ポイを避けて泳いでいた。


 あれっと指をさしながら風吹の方を見遣れば彼は頷く。どうやら、この金魚が妖怪らしい。


 見た目は赤と黒と白のまだらの金魚なのだが、尾ひれが金色に見える黄色をしていた。他とは違う見た目をしているけれど、周囲の人たちはそれに気づいている様子はない。


 この金魚を狙って取ろうとしている人がいないのだ。それが異様に見えてしまって千隼がこそりと風吹に聞いてみれば、「彼女の妖力だよ」と教えてくれた。


 弱いながらに妖力はあるらしく、そのおかげで人避けができているらしい。けれど、狙って捕まらないだけで不意打ちは避けられないため、必死に逃げているということだった。



「彼女の力にも限度がある。このままだと捕まってしまう」


「助けたほうがいいですよね、それ」



 金魚すくいの金魚が長生きできるかは取った人間による。ちゃんと育てられる環境を用意してくれるならいいが、そうでなければ生きてはいけないだろう。


 環境によっては死んでしまうのは、どの生き物と変わりはない。妖怪だから大丈夫というわけではないのだ。



「私はこういった遊びが苦手なんだ。上手くできない」


「そうなんですか?」


「手を使えばできるが、道具を使うのが下手なんだ」



 魚を取る時も手を使っていたからなのか、道具を使って獲物を捕るということに慣れていないのだと風吹は話す。手で取る方が早いと。


 魚を手で取るほうが難しいような。千隼はそう思ってしまったけれど、風吹は普通の人間ではないからと納得することにした。



「だから、千隼にできるかどうか聞いたんだ」


「得意ってわけではないですけど、苦手ってほどではないですね」



 千隼は金魚すくいを何度かしたことはあった。取るからにはきちんと育てていたのだが、この年でまた金魚すくいをすることになるとは思っていなかった。


 久々にやるので上手くいくかの不安がないわけではない。そんな千隼の様子に「彼女の誘導なら任せてほしい」と風吹は言った。



「私の力で彼女を誘導することはできる。ただ、道具に細工をすることはできないから、千隼には頑張ってもらうしかないのだが……」


「やってみますよ」



 困っている妖怪を放っておくことはできないし、自分は風吹の助手なのだから手伝えることはやりたい。千隼はやるぞと気合を入れて店の人に声をかけた。


 おじさんから紙ポイとお椀をもらって千隼はしゃがみこむ。風吹はその後ろで同じようにかがんで金魚を見つめた。


 妖怪である金魚は風吹の視線に気づいたように小さく反応を見せる。ふらふらと泳いでくるのを千隼はじっと観察する。


 下手に紙ポイを水につけては破れやすくするだけだ。一匹をすくうことだけを考えて、動きを見極める。


 金魚が千隼の元までやってきて、紙ポイを持ち直す。それからゆっくりと水面まで落として――一気にすくい上げた。


 極限まで水につける時間を減らし、力を込め過ぎずに紙ポイを動かして捕らえた金魚がお椀に収まる。一発で取ることができた千隼はよしっと拳を握って風吹を見た。


 一瞬のことすぎたのか、風吹は目を瞬かせて驚いた様子を見せている。一発で捕らえることができるとは思っていなかったようだ。



「千隼、凄いね」


「久々でしたけど上手くいきましたよ」



 よかったぁと千隼はほっと息を吐く。それからこの金魚だけを持ち帰ると店主であるおじさんに声をかけた。


 まだ紙ポイは使えるぞと言われたけれど、「一匹捕まえたら満足しちゃった」と笑って返す。そんな返しにおじさんも笑いながらビニールに金魚を入れてくれた。


 無事に金魚を救出した千隼は風吹とともに出店を離れて、金魚へと目を向ける。金魚はビニールの中の水を泳いでいたが、視線に気づいたようで見上げてきた。



「ここで会話するのは目立つね……」


「あ! じゃあ、役所の裏の入口にある駐車場はどうですかね?」



 祭りは表でやっているので裏は人気が少ないのではないか。その提案に風吹は一先ず、そこに移動しようかと賛成してくれた。



「それにしても、珍しい柄だなぁ。あと、金魚にも妖怪がいるんですね」


「いるよ。これは金魚の幽霊の一種だね」


「金魚の幽霊の一種?」



 金魚の幽霊とは有名なものでいうならば、藻乃花という女の霊が飼っていた金魚に憑いたのが有名だ。


 けれど、それはこの藻乃花だけではない。他の幽霊であってもこういったことは起こりえるのだと。



「彼女がどんな理由で金魚の幽霊となってしまったのかは、聞かないと分からないけれどね」


「へー、そんなこともあるのかぁ。理由はどうであれ、無事でよかったですね」



 上手くいってよかったと千隼が金魚へ眺めていれば、何かを訴えるように口をパクパクさせているのに気づく。これはと風吹を見れば、ふむと彼は顎に手をやった。



「話したいことがあるみたいだね。急いで人気のない場所に行こうか」


「わかりました!」



 千隼は周囲を見渡しながら人気の少ない役所の裏へと回った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?