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出世できない男と見下されたおれは仕事を辞めてダンジョン配信者になることにした
出世できない男と見下されたおれは仕事を辞めてダンジョン配信者になることにした
peco
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年02月13日
公開日
4.4万字
連載中
ダンジョンが地球に現れて数十年。平行員だった黒地銀一はいつまで経っても出世できない自分に呆れ果てていた。上司にはいびられ、無視され、同僚や後輩からは距離を置かれていた。そんな職場に嫌気が差し、新天地として目指したのはダンジョンだった。 実はダンジョン冒険者の創業に数多く携わった経験を持っており、彼らから事業ノウハウを教えてもらおうと思ったからだ。 そんな中、ダンジョン配信者通称DTUVERが流行っていることを知り── これは、出世できない男が下剋上する物語である。 カクヨムにも投稿しております。

第1話


「おい、黒地ぃ!」


 支店長の声に背筋を伸ばすして立ち上がった。

 直立不動である。

 普段であれば何をやらかしたのか背中から汗が吹き出してくるが今日は違う。むしろ、どこか清々しさと言うか腹落ちしたような、妙な気分になっていた。

 周囲もどこか白々しいまでに普段通りの空気を維持していると言うか、俺に対して一切視線も向けない時点でお察しである。

 俺みたいに同期とも仲が良くなくて何もわからない人間じゃないので、噂話みたいなもんで今回の件も聞いていたんだろう。


 だったら教えてくれてもいいのに。

 いや、そんな話をしないからこの会社に居座れるんだろうなと我ながら納得してしまった。


「お前、資格取ってないのか?」


 応接室…ではなく、まさかの支店長室。

 普段なら応接室で説教を喰らうのでここに通されるとは思っていなかった。それだけ今回の件は重いことなのかもしれない。あれだ、支店長としてはまさか自分の部下行員が昇格時期を逃すのなんてありえないと思っているのかもしれない。

 …まぁ、まだ半年しか働いてないがこれまでの支店長に比べたら随分と評価してもらった気がする。

 けれど、この支店長も栄転で支店を去るのだった。

 近い将来には役員となるだろうが、おれには全く関係のない話。というか、てっきりマジギレされるのかと思ったがそうでもない現状に逆に驚いていた。

 どこか気遣うような雰囲気に、おれの方が戸惑ってしまった。


「資格は全部取ってますね」


 副支店長が言った。

 この人もおれに優しくしてくれた人だった。

 普段から声もかけてくれたし、困ったことがあればすぐに相談にも乗ってくれた。だから、苛立ちを隠さない態度も俺に対してじゃなく人事部に対するものだろう。

 重い沈黙。

 うちの会社では資格取得が昇格での一番の難関だ。

 そこを満たしていればある程度の融通は効くはずなのに。それでもおれはこの十年、まともに昇格することが出来ていなかった。

 けれど、今回は違った。

 この支店長もおれをいつまでもうだつが上がらんのは格好がつかんだろ、と言ってくれていたのに。

 今回も昇格は叶わなかった。


「黒地。あー、なんだ。1何度目わからんが次回もチャンスはある。腐らずやれよ」


 何度目かわからない激励の言葉。

 けれど、今回はまだまともな言葉だった。

 過去には一時間以上の説教と共にだからお前は駄目なんだと否定されたこともあった。そういう意味では気が楽だ。けれど、同時に思うこともある。


 おれは、もう駄目なんだろうなという諦めだ。


 まさか、主任にもなれずに十年以上経過するなんて。


「はい、がんばります」


 いつも通りの言葉。

 自分で言ってて白々しすぎる。それでもやるべきことをやれば給料が出る。同期はみんな上に行ったが、おれは平社員。その立場に甘んじてさえいれば、食うには困らない程度には生活できるのだから文句を言う方が間違いなのかもしれない。

 結婚や遊びは流石に厳しいが。今どきそんなもんだろう。

 まぁ、昇格の機会に関しては毎年ある。次回はもしかしたら上がれるかもしれなかった。

 そんなおれの思考が態度に出てたのか、


「まて、黒地」


 支店長はいつになく真剣な表情で呼び止めてきた。


「はい?」


「お前、うちの会社辞めろ」


 え。

 言葉を失った。

 セクハラパワハラなどのコンプラ違反が叫ばれる昨今、こんなにストレートに告げられるとは思っていなかった。しかも、この人からそんなことを言われるとは。

 一瞬全身から血の気が引いた。

 けれど、それも本当に一瞬だった。

 支店長の目からは蔑みでも憐れみでもなく、おれに対する真摯さが見えたからだ。


「人事部にはおれがもう一度掛け合う。だが、多分無理だ。一度発令されたものは覆らない。それはわかるな」


「は、はい」


「お前はもう自分のことだけ考えろ。この会社ではお前はいらないと判断されてるってことだ。その意味を考えてみろ」


 そうとだけ言って、支店長は席を立った。副支店長も後に続く。

 なぜか支店長室におれは一人残された。


 ああ、なんだ。


 もうとっくにおれは駄目だったんだな、と改めて思い知らされた。



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