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第8話


「ええ、わかった。もう言わない」


 素直すぎる回答に少し肩透かしを食らった気分になる。説教くさい発言に嫌悪感の一つも見せるだろうと思っていたからだ。けれど、向けられた眼差しを見て気を引き締めた。まっすぐな視線にはどこか力強さのようなものを感じたのだ。

 先ほどの子供らしさが滲んでいた雰囲気とはまた違う。どうやら、少しは目が覚めてくれたらしい。


「でも、私にも言いたいことがある」


「言いたいこと?」


「私だけが言うことを聞くのは対等じゃない、でしょ?」


 負けず嫌いでもあるようだ。

 適当にいなすのは簡単かもしれないがそれでは意味がない。そもそも、おれはそういうやり方が好きじゃないのだ。こちらの希望だけをやらせて自分に対しての要望はやらないなんてのは人としてどうかしている。

 ただ、だからと言って子供のように素直な態度でいられるのかってのは別の話である。


「ま、おれに出来ることなら」


「なら、髪を切って、髭を剃って、よれよれのスーツをクリーニングに出して。革靴も磨き直して。正直、不潔すぎる」


「そこまで言う?」


 おじさん死にたくなってきたんだけど。

 鋭利な刃で滅多刺しにされた気分。思わず泣きそうになってしまった。

 いや、確かに指摘は間違っていない。ここ数ヶ月は期末までの追い込みで休みも訪問していたので髪を切りにも行っていなかった。スーツにしても三着ほどで着回ししていたがクリーニングはしばらく出してもいなかった。革靴だってそうだ。

 髭に関しては休みの日だからとまるで気にしていなかったのも事実。

 流石に女子高生ともなると他人の身嗜みにも目敏いらしい。


「むしろ優しめに言ってる」


「えぇ…。まじかぁ」


「死んでほしいと言わなかった私を褒めてほしい。ていうか生理的にキモい」


「いや、そこまで言うかっ?」


「まだ手加減してる」


「それでっ?」


 目敏いどころか生理的嫌悪まであるらしい。至って真剣な様子になんだか今すぐ髭を剃らなければいけない気がして来た。


 そろそろ場も温まってきたし、本題に入ってもいいだろう。流石にこれ以上若者に責められたらメンタル的に追い込まれてしまう。ただでさえ仕事でやられてるのだから。

 いや、その仕事を辞めるために行動しているんだけれども。


「まぁ、わかった。流石に今日は無理だけれど次回までにはなんとかしておくよ。さて、そろそろ本題に入ろう」


「逃げた」


「逃げてない。十分仲良くなったからね、ここから本題に入るんだ。時間は有限だからね」


「逃げたんだ」


「逃げてない」


「そいうことにしといてあげる」


 どこか満足げな表情を浮かべる少女。

 完全になめてるな、こいつ。

 まぁ、さっきみたいに唯々諾々な態度でないだけ遥かにマシだ。ダンジョンの探索者たるもの、他人に生殺与奪を握らせる方が間違っている。

 このくらいの負けん気は絶対に必要なのだ。


「で、本題だけれど、申請書類は持って来たかい?」


「ええ。はい、これ。市役所で渡されたのはこれが全部。もちろん全部書き込んでるわ」


 カバンの中から書類を取り出した。綺麗な封筒に入っており、折り目もついていない。角も揃っており、この年にしてはしっかりと物を管理できていると感じた。

 内容を軽く流し読んでみる。

 うん、なるほど。


「これじゃダメだな」


 典型的すぎて逆に安心してしまった。


「どうして? きちんと答えられているはずよ」


「だからって言った方がいいかな? そういうのは関係ないってこと」


「え?」


「これはダンジョンの探索者になるための一歩だ。だったら探索者に必要な能力を見るものに決まってるだろ? だから、ただ答えてもダメなんだ」


 そもそも、と我ながらわざとらしいと思いながら強調して言った。



「市役所で書類を全部渡して来た時点で気づかなきゃいけない」

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