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第9話

「え、まさか、あ」


 どうやら気づいたらしい。

 察しの良さは悪くない。なにより、気づいてからすぐに実践できているところにはセンスの良さが垣間見えた。


だろ? 必要なのは感度の高さだ。ネットでもとれるもんなのに、いくら学生相手だからってこんな分厚い紙束をそのまま渡すってのはどうしてか。この紙自体に細工があるってことだ」


 紙の質が違う。

 触れただけでわかる。表と裏の材質の違い。硬く、その癖よく曲がる。和紙のようでいて和紙じゃない。


 なにより、この紙にはが込められているのだ。


「…ずるい」


「ずるくない。君は探索者になるんだろ?」


「だからって、こんなやり方ありえない。だって」



は普段使っちゃいけないのに」


 魔力。

 呪力。

 世代によって呼び方が異なるが、探索者にとっては生命線となる基礎的な技能だ。おれが子供の頃にはなかったがこの世代では授業で習うらしい。それだけ十年前の災害がこの国に与えた影響は大きかった。


 なにせ、当時おれみたいな一般人ですら漫画の世界でしかなかったはずのを手に入れているのだから。


「そんな学生感覚は忘れた方がいい。使えるものはなんでも使う。ばれなきゃいいのさ。第一、バレてもなんの罰則もない」


「先生はそんなこと言ってなかった」


「大人には本音も建前もあるんだよ」


 むむむ、と納得いかない表情を浮かべる伊藤さん。

 素直すぎる反応が初々しい。けれど、まぁ、こういうことを隠す必要はないだろう。ましてダンジョン探索者なんて商売をやるつもりなのだ、これから嫌と言うほど知らなくていいことを知る必要が出てくるんだから。


「でも役場の人も何も言ってなかった」


「それくらいはこっちで気づけってことさ。あー、あと、必要のないところも書きすぎかな。逆に見にくいし。それに、回答もいくつかおかしいところがある。もっと簡潔に書いた方がいい。いくつか添削してもいいか?」


「…鉛筆でお願い、します」


 さらさらと紙に跡が残らないようにいくつか文言を直す。

 妙な気分だった。

 職場では課長から手直しを受ける立場なせいか、ついぞ誰かの文章の指摘なんてした覚えがない。やってみると意外に楽なもんだ。書く時は苦しいのにどうしてか誰かの文章を良くするのは非常に楽に感じる。

 申請の文章に話し言葉はいらない。事実の羅列をつなげるだけの方がいい場合もある。かといってあっさりするぎるのもつまらない。彼女原文をいくらか残した方が心象もよくなるはずだ。

 そんなことを考えていると申請書はまともな形に仕上がった。

 さて。


「この通り直せば問題なし。後はさっき通りだ」


「うん、わかった」



「やくそうなら訓練場でも採れる。早速みんなで行ってみる」


 目に呪力を込めると書類から浮かび上がる文字。

 幾分か堅苦しい書き方はされているが、要約すれば【やくそう】を持ってこいだった。つまりはこの程度のことに気づけなければ申請すらする資格はないってことだ。





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