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第10話


「あ、キミさんだ」


 ファミレスで肉をたらふく食わせ、おれは伊藤さんとファミレスを出た。うん、高校生の食欲を舐めていた。いくら女子でも探索者を目指している時点で成長期の高校生怪物なのだった。おれの財布は死んだ。

 休日の昼間ということもあって、道行く人々の姿がいくらか確認できた。それでも数えられるほどだから、田舎の過疎化は深刻である。ましてやこの地区はダンジョンがあるのだ。その危険性から休日こそ人出が少なくなる。だから、今、この街は駅前でもシャッター街と化している。

 逆に、平日になると他所から山ほど探索者が押し寄せ、そいつら向けの商売をしている店舗が開いて駅前が大盛況になるのは地元民としては複雑な思いである。

 そんな片田舎の一角に不釣り合いな大型ビジョンがある。


 そこにキミさんが映っていた。

 ポーションらしきもの一気飲みしている。


「ああ、今月ランキングにも載ってたからな」


「やっぱキミさんすごいんだ」


「すごいさ。あんなとこでバーやってる必要ないくらいには稼いでるだろうしなぁ」


 有名探索者はタレントよりも知名度のある存在である。どこぞの上場企業が個人スポンサーとして手を挙げたことでニュースになるくらいには社会的地位ってやつがあるのだ。

 一昔前、というか数年前には考えられない手のひらがえしだ。

 あの頃はダンジョンはタブーとして誰も触れることはなかったし、ましてや、モンスターの駆除に関わること自体が反社とかヤクザと同様に社会的排除される要因だったのに。


「あたしも、なれるかな」


 ぽつり、と伊藤さんは画面を凝視しながら呟いた。


 ああ、なんて眩しい。

 憧れの存在を前に真剣な表情を浮かべる姿は画になりすぎる。


「なれるさ」


 年甲斐も無いことをしたと思った。

 よくもまぁ、いい年したおっさんが言ったもんである。たかだか銀行員でしかないくせにどうして前途有望な若者の未来に口を出せるのか。

 それでも、ここは言うべき場面だと思ったのだ。


「なれる?」


 繰り返す問いかけ。

 不安げはかけらもない。むしろ、こちらを試すような問いかけだった。 

 気性は十分。

 性格も大人に対しても臆さない負けず嫌いさも評価できる。素直さも同様だ。

 なにより、キミさん先達からの推薦もある。


 あとは、


「なれる。あとは一歩踏み出すだけだ」


 大人が背中を押してやればいい。

 もともと子供の背中を押すのが大人の仕事なのだ。そういう意味では真っ当な仕事である。銀行員などよりもよほど真っ当な仕事だ。


 ノルマでしか人を見れない人間なんて、それこそ大人なんて言えるんだろうか。


「それじゃ」


 伊藤さんはそう言って駅の改札に消えた。

 彼女の家はこの街から電車で一時間はかかる。キミさんの店に出入りするには遠すぎる距離。多分、孤児院から直接キミさんへ紹介されたんだろう。

 であれば、能力面については間違いなく問題ないだろう。

 人間性も将来性も申し分なしだ。


 あとはおれが大人としての義務を果たすだけである。


 とりあえず、美容室を明日で予約。スーツは帰宅後にクリーニングへ。靴も磨くことにした。




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