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第11話

「らっしゃーせー」


 おざなりな挨拶に目が点になる。

 伊藤さんとの面談の後、自宅に帰ってからスーツを着替え、馴染みのクリーニング屋に入った直後のことだ。大手チェーンではなく、地元密着型の老舗店。最近改装したばかりで雰囲気も明るく、洒落た小物まで売ってる店である。

 普段ならもっと黄色い挨拶が迎えてくれるのに、どうしてか、今日は擦れた女子中学生の挨拶みたいな感じの適当さで迎えられた。

 はじめて見る店員だった。

 学生バイトだろうか、制服のサイズが微妙に合ってない。一番気になったのは髪色だろうか。鮮やかな金色で目を引くが、適当にヘアピンで止めているせいかどうにも垢抜けていない感じだった。

 分厚いメガネも芋臭さに拍車をかけている。痩せ型で背が低く、もしかすると中学生くらいだろうか。


「らっしゃーせー」


 繰り返される挨拶。これがとっと来いの催促であることは十分に理解できた。

 スーツの他にシャツがいくつか入った袋を渡し、会員証を出す。

 意外にもスーツの扱い方は丁寧でシャツもビジネスシャツとワイシャツとの仕分けも手際よくやっていた。

 が。


「え」


 なぜか、彼女は会員証とおれの顔を見比べてきた。一度じゃなく、何度何度もである。


「どうかしました?」


「あ、いえ」


 嘘だな。

 挙動不審さが何かあったことを物語っている。

 けれど、どうにも心当たりがない。よくよく見れば肌も白く、分厚いメガネに隠された瞳は青い。顔の彫りもどこか深くて、明らかにハーフかクオーターではなかろうか。少女をじろじろ見るのは気が引けたが、さっきの反応を見るに顔見知りの可能性が高い。

 不思議なことに記憶のどこにも彼女あるいは彼女と関係のありそうな人物はいなかった。


「お、久しぶりだな」


 微妙な空気が流れる中、奥から大きな男がやってきた。

 四十代前半。赤茶色の長髪を後ろで纏めている。グラサンをかけ、口髭を生やしている姿は遊び人のおっさんといった風情。けれど、そんなちゃらんぽらんな見た目とは裏腹にその肉体は鋼のような筋肉で覆われているのだ。

 この店の店主であり、有名探索者PTのリーダーも務めるヌマさんだ。

 久しぶり、という言葉は皮肉である。おそらく二ヶ月近く顔を見せなかったことに対する当てつけである。繁盛してるくせに、そういうところはしっかり言ってくるから油断できないのだ。


「久しぶりです。ヌマさん、また潜りました?」


「お、わかる? 今回は三十二層まで行ったんだよね。お陰で大繁盛よ」


 ヌマさんはにこにこ笑顔を浮かべている。

 今日は機嫌がいいらしい。

 若い店員は店長が苦手なのかどこか居心地悪そうに視線を逸らしている。


「なんだよ、スーツだけか? 相変わらず銀行員なんて堅苦しい生き方してんな」


「いや、違うんだ。今日はコーティングして欲しくて持ってきた」


「まじかっ!」



「とうとう復帰する気になったか! うちにこいよ、給料なら三倍は出すぜっ!」


 復帰という言葉は間違っている。

 そもそも、おれは探索者じゃない。

 三倍の給料は魅力的だったが、ヌマさんみたいな高レベルの探索者PTで出来ることなどないのだ。

 そう言いたかったが、嬉しそうな表情を浮かべるヌマさんにおれは苦笑するしかなかった。



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