「あ、黒地さん! 待ってたんすよっ!」
沈んだ気分をせめて切り替えようとキミさんの店にやってきた。
入店と同時にキミさんが駆け寄ってくる。普段よりも慌てた様子になんとなく嫌な予感を覚えながら、奥の方へ引っ張られた。
「なにがあったんすかっ? アオイちゃんブチギレですよっ?」
挨拶もなしに詰問されるのははじめてだった。
当たり前か。客と店主の関係だったのだからお互い適切な距離感でしか接していなかったのだ。その上で信頼してくれていたのである。なおに、まさか自分が紹介した女子高生がマジギレしてるってんだから焦る気持ちは十分にわかった。
実際、おれが十割以上悪いんだから。
「いや、実は霞城ダンジョンに行ったんですよ。攻略ルートで」
「それは知ってます。そもそも、おれだって一番はじめに黒地さんに連れてってもらったじゃないですか」
そうだった。
というか、だからこそおれはあそこを選んだのだ。キミさんの他にも何人もあそこのダンジョンに連れていっている。
「いや、同じようにしたんですけどね。まずは魔力の扱いを、と思って」
「それはわかります。確かにスパルタすぎましたけど、あれは俺たちの中でも一番ためになったって思ってますから」
俺たち?
ああ、そうか。他の連中とも同じことを何度もやってる。そいつらも横のつながりがあるのも当然なのかもしれない。
「で、ちょっと見逃せないというか、放置するにはまずいことがありまして」
「なんです?」
「明らかに、あの階層にいちゃいけないモンスターがいてね。それを駆除したらミキさんが吐いちゃって」
「…大体、状況はわかりました。黒地さん、ガチになるとマジで容赦ないからなぁ。どうせ、グロになったんでしょ」
「いやいや、石を投げつけたらちょっと爆発しちゃって」
「モンスターは大抵爆発しませんから」
そりゃそうか。
どうやら誤解が解けたらしい。キミさんは険悪なムードを解いた。おれとしてもほっとした。女子高生にゲロ吐かせた中年のおっさんなんてどう考えても犯罪でしかない。冤罪とは言い難い所業に対して許しが得られただけ良かったとほっとした。
キミさんはカウンター方に戻ると生ビールを注ぎ、持ってきてくれた。ありがたい。流石にやらかしすぎたと酒でも飲まなきゃやってられないと思っていたのだ。
「でも、どのモンスターがいたんです? 黒地さんがガチになるとか相当やばいでしょ?」
「んー、どっかで見たことあるんだよな。奇妙な弓を使ってたし。多分、ゴブリンにも使わせてたんだよな。で、自分はそれよりでっかいの使ってたけど」
「使わせてた? つまり、ゴブリンを従えてたってことですか?」
「ああ、そんな感じ」
「あの、もしかして」
キミさんがまたカウンターの方に戻って行った。
そのままおれも移動すればいいのかもしれないが、動くのが面倒くさかった。正直疲れてたし、ゆっくりビールで自分自身を慰めたかった。
やっぱり、女子高生って難しい。
「これですか?」
キミさんがタブレットに一枚の画像を浮かべて持ってきた。荒い。明らかな隠し撮りだ。ただ、シルエットや装飾、顔まではぎりぎり判別できた。
だから、確信した。間違いない、あの時のやつだ。
「ああ、それだ」
ぎょっとした表情を浮かべるキミさん。
キミさんはもう一度間違いないかをおれに確認し、
「これ、ゴブリンロードっすよ! なんで上層にいるんすかっ!」
そう叫んだ。