再びライアンが先手を打ち、ルドルフが追撃を狙う形が繰り返される。
同じようにジークムントはひらりひらりと攻撃を避ける。
幾度か二人の攻撃を避けた頃、ジークムントは違和感を抱いた。
二人の騎士の――特に若い方――踏み込みが浅くなっている。
先程負わせた傷の所為かとも思ったが、彼らの眼光は鋭くなるばかりで、負傷の影響は見られない。
老騎士が大振りの打ち下ろしの構えを見せた。ジークムントは背後の空間を確認して、バックステップで避けようとした。
その時、階段が視界入った。
真の目的であるアンジェリカ姫に通じる階段。
――愚かな騎士共。
ジークムントが階段の方へ体の向きを変えた時。
「リリアァァァ!!!!」
ライアンが吼えた。
突如、蒼く燃える巨大な炎の塊が空中に出現した。
それは大きなうねりを伴ってジークムントへ襲い掛かった。
しかし彼が炎に包まれたかのように見えた時、その身体は忽然と姿を消した。
ライアンは炎の着弾点に駆け寄った。そこへリリアも加わるが、彼らの足元には一欠けらの灰も落ちていなかった。
「その女、魔導の使い手か」
大広間の隅から声がした。
二人が視線を向けると、そこには無傷のジークムントが立っていた。
次の瞬間、リリアの眼の前に剣を振り上げたジークムントが出現した。
ライアンが即座に反応して、リリアに迫る刃を己の剣で受けるが、勢いとまらず肩口の甲冑が砕かれて鮮血が迸った。
再び剣を振り上げるジークムント。
しかし剣が空を切る音とともに、その姿は消えてしまった。
ルドルフからの攻撃に気づいたジークムントが、再び長い間合いの先に逃げたのだった。
「ライアンさん!」
「だ、大丈夫だ……。リリア」
額に浮き出た汗を拭き取り、ライアンは応えた。
裂かれた左肩からの出血は、腕を伝って手の先まで滴っていた。
ルドルフはその様子を一瞥して、広間の隅のジークムントに視線を戻した。
「さて、アレを避けられるとはな……。想像より、数段厄介じゃのう」
いつになく、老騎士の口調には余裕が感じられなかった。
「まだだ。まだやれる」
「強がっても、その傷、浅くはないぞ」
「へっ、まだやれるって言ってんだろ。それに、次で仕留めるさ」
そう言ってライアンは、声を潜めてルドルフとリリアに何事かを告げた。
告げられた言葉にルドルフは口の端を上げた。
「成程、悪くない」
いつものような鷹揚な口調でルドルフが呟いた。
ゆっくりとした足音が広場に響いた。ジークムントが悠然と近付いてきている。
ライアンはルドルフと頷きあって、相手と間合いを取った。リリアはライアンの背に隠れるようにして、後ろにぴたりとついていった。
二人の騎士は相手を挟み込む位置で剣を構えた。
ジークムントは微かな笑みと共に、強烈な殺気を放出した。
口火を切ったのはリリアだった。ライアンの背から飛び出して右手を振りかざした。
ジークムントは素早く後ずさり、元居た場所には轟音と共に蒼い火柱があがった。
間髪入れずに少女は手を振るった。蒼い火柱が幾つも立ち上るが、どれも相手の影を焼くことすらかなわない。
やがて、火柱は列を成して巨大な炎の壁を作り上げ、連なった蒼い光が煌々と大広間の天井を照らした。
炎の壁を背にしたジークムントの前に、ルドルフが現れた。
ジークムントは肩越しに背後を見やり、わずかに口角を上げた。
「逃げ道は塞いだ、という訳ですか」
じりじりと間合いを詰めるルドルフを見据えながら、剣聖は言葉を続ける。
「無駄と言っても聞かぬのでしょうね」
そこまで言ってジークムントは口をつぐんだ。
もう一人の騎士が居ないことに気づいたのだ。
ジークムントは眼前の老騎士の視線を読んだ。
老騎士の視線は自分の少し後ろ――炎の壁に向けられていた。
寒気と共に振り向いた彼が見たものは、炎の壁の中から蒼炎を神々しく身に纏いながら、剣を振り上げて斬りかかる若い騎士――ライアンだった。
完全に虚を衝かれたが、辛うじて斬撃を剣で受けた。
しかし剣と剣が重なった瞬間、ライアンは自らの剣を手放し、空いた両手で両腕を鷲掴みにしてきた。
「やっと捕まえたぜ」
その言葉でジークムントは全てを悟った。
体内を氷のような冷たさが突き抜けた。
ルドルフの剣が背中から貫いていたのだった。
ジークムントは口から血を吹き出した。蒼い炎の壁は蒸発するように掻き消えていく。
そして、最後の炎が消えた時、剣聖は床に崩れ落ちた。
倒れたジークムントはぴくりとも動かない。しかし辛うじて息はあるようだった。
その身体に向かってルドルフは剣を振り上げる。
「待ちなさい、ルドルフ。止めはいいでしょう。もう終わっているわ」
隠れていたシェリーが姿を現していた。
皇女はジークムントを見下ろしながら告げる。
「一つ聞かせて、ジークムント。『剣聖』とまで謳われた貴方が、何故こんな真似を?」
問われたジークムントは視線だけを皇女に向けた。
「……取り止めさせる為だ」
「取り止める? 私と皇子の成婚のこと?」
「そうだ、全ては皇子の成婚を阻止するためだ。貴方の暗殺はその最終手段だ」
ジークムントは無機質な声で応えた。
「クロムウェル卿に謀反を起させたのもお前達の仕業か?」
ライアンが問うた。
「察しの通りだ」
「黒幕は誰? 貴方だけではこんな大掛かりのことは出来ないでしょう?」
「とうに調べはついているのだろう? ダニエラ妃殿下だ。皇子の母親だ」
予想通りの答えに、シェリーは大きくため息をついた。
「そう、ダニエラ様の為に貴方は……」
しかし、ジークムントは口元を歪めて嗤った。
「あの女の為だと? あの女などはどうでもいい。アレはただの道具だ」
「道具?」
「そうだ、ただの出世の道具だ。私は婿養子の側近などで終わるつもりはなかった。ましてや、こんな片田舎の王国などまっぴら御免だ。私の野望は帝国そのものだった。それが、こんな騎士どもに……」
剣聖は戦いの最中では見せることのなかった野卑な表情を浮かべた。
そして最後に自嘲するように嗤って事切れた。シェリーは大きなため息をついた。
「良かったわ。ここにトリシアが居なくて」
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ザウスベルク帝国ゲルハルト皇子の側近であるジークムントが、リアンダール王国アンジェリカ皇女の暗殺を企て、護衛の兵との戦闘の末に討ち死にしたという事実は、両国に衝撃と共に伝わった。
更に、アンジェリカ皇女親衛隊がエディンオル貧民街で捕らえた凶賊の口からも、ザウスベルク帝国の要人による皇女暗殺の企てが明らかとなり、先の菓子職人による暗殺未遂を、愛国者の暴走と片付けていたザウスベルク帝国の威信は地に堕ちることとなった。
国家としての威信を揺るがす由々しき事態に対して、帝国の対応は迅速そのものであった。
ジークムントによる暗殺未遂から数日も経たぬうちに、帝国はダニエラ王妃を一連の首謀者として断定するに至ったのだった。
尋問に対してダニエラ王妃はあっけないほどに自らの罪を認め、計略を洗いざらい白状した。
そして己の罪の全てを語り尽くした後、共謀者とともに自害して果てたのだった。
ダニエラ妃の実子であるゲルハルト皇子は処刑こそ免れたものの、王位継承権は剥奪――皇子としての地位の失権を余儀なくされた。
それにより、アンジェリカ皇女とゲルハルト皇子との婚約も破棄されることとなったのだった。
~~第四章[完]~~