ジェシカが消えてから五年後……。
マイケルは郵便局の配達員として働いていた。
ただ、毎日淡々と郵便物を届けるだけの仕事をこなし、家に帰る。
それだけの毎日を、無気力に過ごしていた。
この日も、仕事を終えてマイケルは家路につく。
車を運転して、自身が住むアパートへと向かう。
途中、小さな子どもを連れた家族が見えて、マイケルはジェシカのことを思い出す。
ジェシカはチャイルドシートが嫌いで、チャイルドシートに乗せられるとむすっと頬を膨らしていた。
でも、お気に入りの曲を流してやると、途端にご機嫌になって、曲に合わせ、歌いだす。
そんな娘の様子に、何度も癒されていた。
(ジェシカ……)
思い出したマイケルの目に、涙がうっすらと浮かぶ。
深く呼吸をして、マイケルは運転に集中した。
アパートにつき、マイケルは荷物を持って自分の部屋へと向かう。
すると、マイケルが住む二〇三号室の前に、一人の女性が立っていた。
彼女はセミロングの赤毛に、メガネを掛けていて、マイケルに気付くと片手を少し持ち上げて動かす。
そしてにっこりと笑った。
「……アンナ」
マイケルが女性を見ながら呟く。
女性、アンナは元同僚だ。
彼女は片手に持ったビールを見せて、部屋のドアをチラリと見る。
「どう? 飲まない?」
アンナが言うと、マイケルはため息をつく。
そして呆れたように首を振り、アンナの隣に行くと、部屋の鍵を開けた。
マイケルはドアを開け、目線だけでアンナに入って良いと合図を送る。
それを見たアンナは「じゃ、遠慮なく」と言って部屋に入って行った。
室内に入ったアンナは、まるで自分の家のように、慣れた様子でコートを脱ぐと、キッチンへと向かう。
綺麗に整頓されたキッチンは、マイケルの几帳面さを表しているかのようだった。
アンナは栓抜きを手に持ち、自分より少し遅れて部屋に入って来たマイケルを見る。
マイケルは黙ってソファーに座ると、無言で新聞を読み始めた。
アンナはマイケルに近づき、ビールをマイケルの前にあるテーブルに置く。
「ありがとう」
そう言ったマイケルだったが、その視線はアンナに向けず、新聞を読み続けていた。
アンナはキッチン横に置かれた椅子に座り、ビールを一口飲む。
「ねぇマイケル」
声を掛けると、マイケルは新聞を睨みながら「ん?」と返す。
いつもマイケルは、新聞やテレビを見ていても反応はしてくれる。
そんな律儀なところが、寂しがりなアンナにとって心地良かった。
アンナは片手に電話を持ちながら、画面に表示されたピザ屋のサイトをマイケルに向ける。
「ピザ頼むわね」
アンナが言うと、マイケルは顔を上げてアンナの方を見た。
やっとマイケルが自分を見てくれたことに、アンナは少しだけ満足げな笑みを浮かべる。
「ああ……好きにするといい」
そう言われたアンナは、携帯を操作してピザのデリバリーを注文する。
マイケルは開いた新聞を隅々まで読んだ。
どこかに、ジェシカの事件と関係のある事件がないかと、必死に読む。
注文を終えたアンナは、冷蔵庫から一口サイズのチーズを取り出すと、マイケルの隣に座って、真剣な表情のマイケルの横顔を眺めた。
チーズを手の中で転がしながら、ビールを飲む。
「もう五年も経つのね」
ぽつりと、アンナが呟く。
それを聞いたマイケルの眉がぴくりと動いた。
「ねぇ、余計なことだとは思うけど、そろそろ前を向かない? いつまでも立ち止まっていたら、ジェシカも悲しむわ」
アンナがそう言うと、マイケルは首を振って新聞をたたむ。
「ジェシカは生きてる、私が見つけないと」
マイケルが言って、新聞をテーブルの上に投げた。
そして両手で顔を覆い、下を向く。
「……えぇ、そうね……ごめんなさい」
アンナは謝り、マイケルの背中を優しく撫でた。
「そういえば、知ってる?」
アンナに聞かれ、マイケルは少しだけ顔を上げてアンナの方を見る。
ビールを飲み、アンナは口を開く。
「ジェシカが行方不明になったスーパーマーケット、来週で無くなるらしいわ」
その言葉を聞いたマイケルの心がざわつく。
あのスーパーマーケットが無くなったら、もしかしたら何処かにあるかも知れないジェシカの手掛かりが消えてしまう。
マイケルは焦りを感じ、唇を噛んだ。