ジェシカの気持ちも落ち着いてきたのか、撫でられたジェシカは少しくすぐったそうに微笑む。

　その表情を見て、マイケルはほっと息をついた。

　そして、マイケルは通路の方を覗き、ピエロがいないことを確認する。

「よし、いないな」

　呟いて、マイケルはジェシカを抱いて立ち上がった。

　暗い在庫置き場から出ると、足音をできるだけ立てぬようにしながら警備室に向かって歩き出す。

（たしか、警備室は休憩室の先にあったはず）

　明滅する蛍光灯の光の中を進み、休憩室を通りすぎる。

　すると休憩室のすぐ隣に、警備室と書かれたドアがあった。

　マイケルは小さくノックをした後、ドアノブを回し、中に入る。

　誰か人がいれば……とマイケルは思っていたが、人の気配は無い。

　警備室の中は狭く、人が二人も入れば窮屈に感じるであろう広さだ。

　室内には監視カメラの映像を確認するためのモニターと、小さなテレビ、そして一人分の机があった。

　マイケルはジェシカを机の上に座らせ、監視カメラの映像を確認する。

　店内を監視するカメラの映像には、フロアを徘徊するピエロの姿が映されていた。

　ぎこちない動きをしながら、時折かんしゃくを起こす子どものように暴れだし、斧を振り回している。

　それだけでも気味が悪い映像だが、さらにそのピエロには無数の黒い手が絡み付いていた。

　その手はマイケルをこの世界に引きずり込んだ物と同じに見える。

「なんなんだ、一体」

　思わずマイケルが口から漏らす。

　ジェシカは何があったのかと気にするようにマイケルを見上げた。

　そんなジェシカの行動にも気づけないほど、マイケルはモニターに釘付けになっている。

　ピエロの異様な動きと、ピエロを操るように蠢く手。

　その様子は不気味という以外に表現する言葉が見つからない。

　マイケルがじっとモニターを見ていると、画面がぱっと切り替わった。

　映し出されたのは、レジの所だ。

　しかし、その映像は今現在の物では無いと、すぐに気付く。

　理由は簡単だ。

　画面には、手際よく商品を読み込む店員と、そのレジに並ぶマイケルの姿があったのだ。

　カートの上にジェシカを乗せて、財布を取りだそうとしている。

　この光景は五年前、ジェシカがいなくなった日の出来事に間違いない。

　マイケルがジェシカから目を離した瞬間、カートが真っ黒な手に包まれる。

　そして次の瞬間には、ジェシカは消えていた。

　ほんの一瞬の出来事に、マイケルの眉間にシワが寄った。

　もしもこの映像が本物ならば、警察が自分に映像を見せたがらなかった理由が理解できる。

　映像は、ジェシカを探すためにお菓子売り場へとマイケルが向かっていったところで途切れ、薄暗いフロアを眺めるカメラに切り替わった。

　フロアの奥で暴れるピエロの姿が見える。

　ピエロは頭をぐるぐると回しながら、店の奥……スタッフ用通路へと向かっていた。

「ああ、まずい」

　マイケルは呟く。

　この狭い警備室では、隠れる場所もない。

　何とかできないものかと、室内を見回すと、鉄製の赤い箱が壁に設置されているのが目に入る。

　もしかしたら……と、マイケルが箱を開けると、中には防災斧があった。

　それを手に取ると、マイケルは監視カメラの映像を確認する。

　既にピエロの姿はフロアには無かった。

　こちらに確実に近付いていると感じたマイケルは、ジェシカを机の下に隠れさせると、ドアの近くで斧を構える。

　手が震え、口が乾く感覚を抱きながら、マイケルは喉を鳴らした。