目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

逃走

 とにかくピエロの視界から逃れるように、マイケルは商品棚の影に潜り込む。

 背を低くして、ジェシカを守るようにしながら、ゆっくりと影の中を進んで行く。

 棚には隙間があり、そこからピエロの動きを盗み見ると、ピエロは立ち止まっていた。


(なんだ、アイツは)


 マイケルはそう思いながら、ピエロから距離をとるために、更に進んだ。


「出ておいでー」


 そう言ってから、ピエロはケタケタと笑う。

 そして、急に斧を振り回し、棚の商品を破壊した。


 床にトマト缶が転がり、傷ついた缶から中身がこぼれる。

 大きな音に怯えるように、マイケルの腕の中でジェシカが震えた。


「ぱぱ」


 消え入りそうな声で、ジェシカが言う。

 マイケルは「しー」と声を出さぬよう、ジェシカに伝え、屈んだまま進んだ。


 このフロアの中では、いつか見つかってしまう。

 そう思ったマイケルは、ピエロが出てきた奥の方へと向かうことにした。


(あっちは、スタッフ用通路だな)


 店の広いフロアよりは隠れる場所も多いだろうと思い、マイケルはピエロの動きを覗きつつ、スタッフ用通路を目指して歩きだす。

 ジェシカはマイケルにぎゅっと掴まり、顔をマイケルの肩にすりよせた。


 その温もりを二度と離さないよう、マイケルはしっかりとジェシカの背中を抱く。

 棚の影に隠れ、ピエロの動きを見ながら、何とかスタッフ用通路の入り口についた。

 あとはスタッフ用通路とフロアを隔てるドアを開ければ中に入れる。

 しかし、音を立てたならばピエロに気付かれるだろう。


 マイケルは慎重にドアを押す。


 音を立てぬよう……。


 しかし、無情にも『キィ』と音が立った。

 その瞬間、ピエロの首がぐるりと回り、マイケル達のいる店の奥の方へと向く。


「そこかい?」


 楽しそうにピエロが声を上げる。

 直ぐ様マイケルは立ち上がり、スタッフ用通路の中へと駆け込んだ。

 そして入ってすぐの場所にあった在庫置き場に入り込む。

 箱の影に行き、マイケルは息を殺した。


「どこだーい? 一緒に遊ぼう?」


 ピエロがそう言いながら歩いて来る。

 マイケルはピエロが来ないことを祈りながら、ジェシカをぎゅっと抱きしめた。


 コッツン、コッツン。


 ピエロの足音が響く。

 その足音は、在庫置き場の前で止まった。


 マイケルはそっとピエロの様子を覗く。

 ピエロは、首をぐるぐると回している。

 明らかに人間ではない。

 首が回っても平気でいるなど、人形としか思えないとマイケルは感じる。


 ピエロの首がぴたりと動きを止め、笑い声を上げると、またフロアの方へと戻って行った。


(何とかなったか)


 ほっと息をつき、マイケルは箱に背を預けながら脱力する。

 ジェシカを膝に乗せ、額を濡らす汗を拭った。


「ぱぱ、大丈夫?」


 ジェシカが心配そうに聞いてくる。

 マイケルは優しく微笑み、ジェシカの小さな頭を撫でた。


「大丈夫……心配ない」


 マイケルが言うと、ジェシカはうんと頷く。


 五年前、行方不明になった時のままの姿をしたジェシカに、マイケルは少しの不安を抱く。


 なぜ、ジェシカは成長していないのか?


 そもそも、ここはどうなってしまっているのか?


 頭の中にそんな疑問が浮かんだ。


 もしかしたらこれは夢で、本当はジェシカと再会などしていないのではないかと、急に不安になってしまう。


「どうしたの?」


 ジェシカの声に、マイケルはハッとした。

 そして笑顔を見せて「なんでもない」と返す。


(これが夢でもなんでもいい。 ジェシカと帰りたい)


 そう思い、マイケルはジェシカの頬を優しく撫でた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?