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希望

 ドアに映し出された世界には、アンナと警官の姿がある。

 その世界にどうすれば帰れるのかは分からなかったが、この映し出された世界に帰れるならと、マイケルは希望を抱いた。

 マイケルは斧を持つ手でドアを叩く。


「アンナ! アンナ、ここだ! 気付いてくれ!」


 マイケルが叫ぶと、アンナが反応するように動いた。

 気のせいかもしれないが、こちらの声が届いたのかもしれないという希望にかけて、更にマイケルはドアを叩いた。


「アンナ!」


 大きな声で言うと、アンナはゆっくりとドアに近付いて来る。


「マイケル? どこなの?」


 アンナが不安そうに声を震わせながら言う。


「ここだ! ドアを見てくれ!」


 叫ぶマイケルの声が響く。


「上手く聞こえないわ、マイケル、マイケル!」


 アンナはマイケルの名を呼びながら、ドアに少しずつ近付いて来ていた。

 あと少し、あと少しでアンナが目の前に来てくれる。


 そう思ったマイケルの耳に、耳障りな高い笑い声が入って来た。

 恐る恐るマイケルが振り向くと、自身の頭を持ったピエロが少し離れた所に立っている。

 ピエロは軽くステップを踏み、両手を広げてくるっと回った。


「みーつけた」


 けらけら笑い、ピエロが言う。

 マイケルはジェシカを自分の後ろに隠し、斧を持つ手に力を込めた。


「最悪だ」


 マイケルは吐き捨てるように言い、ピエロを睨む。


「マイケル? そこなの?」


 アンナの声がして、マイケルはドアの方を見た。

 そこには、ドアに手をつけたアンナの姿が、やや鮮明に映っている。

 アンナは信じられないと言いたげに顔を歪め、マイケルからの返事を待っているようだった。


「アンナ!」


 マイケルが呼ぶと、アンナは「やっぱり、マイケル!」と返してくる。


(向こうに帰れるかもしれない)


 そんな希望が芽生えたが、コッツンと足音がして、マイケルの表情は険しく変わった。

 ピエロは斧を手の中で回して遊ばせながら、一歩ずつマイケル達に接近してくる。


 マイケルはどうすればいいのか分からず、ピエロを睨み付けた。


「来るな!」


 叫ぶがピエロは止まらない。

 斧を持ち上げ、不快な笑い声を上げる。

 どうしたらいいのか、迷ったマイケルだったが、意を決して斧をピエロに向かって投げた。

 投げられた斧は回転しながらピエロに向かっていき、ピエロの胸を直撃する。


 深々と胸に斧が刺さったピエロは、倒れた。


 それでも笑い続けている。


 マイケルは振り向き、ドアを見る。


 アンナが、ドアに手を触れて立っていた。


 ふと、マイケルは自分がこの世界に来た時の事を思い出す。

 ジェシカと手を合わせた時、黒い手に引き込まれたことを。


(もしかして、アンナの手に触れれば元の世界に戻れるか?)


 そう思ったマイケルは、そっとアンナの手に自分の手を合わせた。

 その瞬間、無数の黒い影のような手が伸び、マイケルとジェシカを包んだ。


 暗闇の中、マイケルはただひたすらジェシカを離すまいと、ジェシカを抱き締める。

 そして、光を感じて目を開くと、二人の警官が立っているのが見えた。


「ど、どうなってるんだ?」


 警官の一人が戸惑った様子で言う。

 もう一人の警官も、この状況が理解できない様子で、目をむいていた。


「……戻って、来たのか?」


 マイケルは呟き、腕の中で震えているジェシカを見る。

 間違いなく、そこにはジェシカがいた。

 五年前と変わらない、小さなジェシカが。


 マイケルの目に涙が浮かぶ。


 ジェシカと一緒に帰ってこれたことが、何よりも嬉しかった。


「……マイケル」


 アンナの声がして振り向くと、アンナが驚いた顔をしながら立っているのが見えた。


「アンナ……」


 マイケルが言うと、アンナはマイケルの隣に膝をついて心配そうな表情を見せる。


「ひどい怪我……早く病院に行きましょう、ねぇ、そこのあなた、救急車を呼んで!」


 アンナが警官の一人に言うと、警官は慌てて救急車の要請を始めた。

 マイケルはアンナを見て、涙ぐみながらジェシカを見せる。


「アンナ、見てくれ、ジェシカだ、ジェシカが帰ってきたんだ!」


 マイケルが言うと、アンナはジェシカを見て微笑む。


「お帰りなさい、ジェシカ、マイケルも……」


 アンナは幼いままのジェシカの事をすんなりと受け入れ、マイケルとジェシカを抱き締めた。


「マイケル、あなた五日も行方不明だったのよ」


 そう言ったアンナの言葉に、マイケルは驚く。


「五日も?」


 マイケルが聞くとアンナは頷いた。


「ええ。 でも、時間なんてどうでもいいわ、二人が帰ってきたんだから」


 アンナはそう言って、にっこり明るい笑顔を見せた。


「アンナちゃん」


 ジェシカがアンナを見上げて言う。

 アンナはジェシカの頭を撫で、頷いた。


「そうよ、覚えていてくれたのね」


 確かに、昔何度かアンナはジェシカに会っている。

 母親を早くに亡くしたジェシカにとって、アンナは母親のような存在だったのだろう。

 ジェシカはアンナに抱きつき、すりつく。


「良かった……」


 マイケルは呟き、そのまま倒れてしまった。

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