数日後、マイケルは病院の一室にいた。
肩は包帯でがっちりと固定されている。
ベッドに座り、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「ぱぱー」
ジェシカの声がして振り向くと、病室の出入口にアンナが立っていて、ジェシカが走って入って来る。
「ジェシカ」
マイケルは手を広げ、駆けてきたジェシカを受け止めた。
「今日で退院ね、帰ってビールで乾杯しましょ」
アンナが言うと、ジェシカは「ビール? わたしは?」と聞きながらアンナを見上げる。
「ジェシカにはミツバチ印のオレンジジュースよ」
とアンナが返すと、ジェシカは「やったー」と嬉しそうに跳びはねて言った。
帰りの車で、助手席に座ったマイケルは、スーパーマーケットでの事を思い出していた。
あの世界は何だったのか、あのピエロは何だったのか。
考えれば考えるほどに、分からなくなる。
そんなぼーっとしているマイケルを、運転しながらアンナはちらりと見た。
「ねえ、マイケル」
呼び掛けられ、マイケルは「ん?」と返す。
「神隠しって、知ってる?」
そう聞かれ、マイケルはアンナの方に顔を向けた。
「神隠し……ああ、言葉くらいなら」
あまりオカルト的な知識は無かったが、マイケルでも一応は知っている。
突然人が行方不明になる現象だ。
「ジェシカはきっと、神隠しにあったのよ、神隠しにあった子どもが、十年以上経ってから子どものままの姿で帰ってくる事があるんだって」
それを聞いて、マイケルは苦笑する。
「神隠しか……向こうは悪夢のような世界だったよ」
苦々しい表情でマイケルが言うと、アンナは「ピエロがいたっていう場所?」と首を軽く傾げて聞く。
マイケルは「ああ」と頷き、後部座席で不満そうにチャイルドシートに座るジェシカを見た。
「神隠しでもなんでもいい、ジェシカが無事に帰ってきた……それだけでいいんだ」
優しい声でマイケルが言うと、アンナは微笑み「そうね」と呟くように言う。
マイケルがまた外の景色に目をやると、閉店して暗くなったスーパーマーケットが見えた。
そのスーパーマーケットの前に頭の無いピエロが立っているように見えて、マイケルは目を見開く。
そのまま車は通り過ぎ、スーパーマーケットは離れて行った。
窓の外に釘付けになっているマイケルに気付き、アンナは口を開く。
「どうしたの?」
アンナに聞かれ、マイケルは目を閉じる。
「いや……あのスーパーマーケットは、無くなってよかったんだ」
マイケルが言う。
アンナは頷いて。
「そうね」
と返した。
あの日の出来事が何だったのか知る術は無いが、今は幸せな日常に戻れることをマイケルは静かに喜んだのだった。