ルーシアは盛大に目を泳がせた後、咳払いと共に居ずまいを正した。
そして、取り繕ったような真面目顔になった。
「正式には、
「う、うん?」
「……………………」
「……………………」
ルーシアは、正式な名称を教えた後、なぜか無言になり、取り繕った真面目顔のまま、わたしを見つめる。
え、えーと?
この間は、何?
とりあえず、見つめ返しておく。
ジジッ。
ジジジッ。
と、見つめ合う二人。
やがて、ルーシアは観念したみたいに口を開いた。
「
「星導女子……ラピチュチュリアだけが使っている、愛称……?」
あー……?
学校で例えるなら、ピンクのネクタイを愛用している現国の先生のことを、こっそり「ももセン」って呼んでるみたいな?
でもって、星導女子? ラピチュチュリア?
え? なにそれ?
なんか、名門私立星導女子学園の生徒が誇りと優越感を込めて自らのことを
……………………いいね?
「
「星の……力?」
また、新しい『ラピ』が来た!
えっと、こっちの星界の魔力的なものなのかな?
んん-。『ラピ』って、星っていう意味がある古い言葉的な……?
あー、だめ! 無理!
黒夢が滾るっ!
「古い言葉で、星のことを『レイ』っていうの」
「レイ……?」
あれ? 『ラピ』じゃないの?
そして、『レイ』?
じゃあ、もしかして、レイジンの名前は古い言葉で『星のなんちゃら』みたいなカンジってこと?
え? レイジンの名前にも、『星』が入ってるの?
わたしの
やばい! どうしよう!
運命を感じてきた!
嬉しい!
「星の力、『レイチカ』が訛って縮まって『ラピカ』になったって言われてるわ」
「……………………レイチカが、ラピカに……」
やばっ。
恋愛脳に浸ってて、反応が遅れた。
聞いてます。ちゃんと話は聞いてます。
えーと、そうすると?
他の『ラピ』も縮まって『レイ』が『ラピ』になったの?
ルーシア先生、続きをお願いします。
この授業、楽しいな。
「ラピチュリンはね、異星界からの渡り人だったの」
「え?」
ここで、まさかの急展開。
恋愛脳から分泌された成分で半分蕩けかけていたわたしの顔も真顔になる。
「そういう意味でも、ステラ。あなたは、チキュウからきたラピチュリンであり、チキュウとこの星を揺らぎから救った
「……………………」
ルーシアから、気まずさを内包していた取り繕った真面目さが消えた。
代わりに、わたしを見つめる金の瞳には、敬愛の光が灯っている。
わたしは、いたたまれなくなって俯いた。
慣れてない。こういうの、慣れてないのっ。
「話を戻すわね。ラピ繋がりに盛り上がった古の
あ。そんな休み時間の女子高生みたいなノリの話なんだ。
いたたまれなさも吹き飛んで顔を上げたら、ルーシアは繕い真面目顔でフルフルしていた。
…………もしかして、恥ずかしがってる?
てゆーか、いたたまれてない感じ?
こういうのを馬鹿にしそうな男子とかご年配の方の前で恥ずかしがったり、いたたまれながったりするのは、分かるけど。
え? わたし、もー全然、ラピラピするよ?
一緒にラピるよ?
はっ!? もしかして、ラピチュリンへの敬愛の念が、わたしのラピ化を阻んでいる?
いや、仲間に入れてよ!
――――と思ったら、違った。
ルーシアは、フッとわたしから目を逸らして、片手で顔をパタパタしながら羞恥の理由を漏らした。
「いやー。私も一昨年くらいまでは、平気でラピラピしてたし、まあ今でも
目を逸らしたまま、ちょっぴり早口。最後は、ほんのりしみじみ。
うん。なるほど。理解。
それ、わたしも分かる。
わたしの前世じゃなかった黒夢みたいなものだよね?
中学生の頃は、正しく真っ盛りでどっぷり浸ってた。
浸り過ぎて自分だけの秘密とか思って誰にも言ってなかったのが幸いしてたけど。
本気で、前世は別の世界のお姫様なんだって、信じてた。
でも、高校生になって気づきを得た。
あ、これってば、いわゆる中二病ってヤツじゃない?――――って。
気づいたわたしは、姫の夢を暗黒夢として封印した。
今となっては、悶絶級だよ、ホントに!
絶対に封印を解除してはならん!
てゆーか、わたしの黒夢歴史に比べたら、ルーシアのラピ歴史なんて、可愛いもんだよ!
――――って、叫びたいけど、叫べない!
「あ、そうだ。私からも質問をいいかしら?」
「…………え? あ、はい。もちろん」
内心で悶絶してたら、微妙にグダった空気を入れ替えるかのようにパンと小気味よい音が鳴り響いて、質問が飛んできた。
まあ、入れ替えるようにというか、入れ替えるための柏手だよね。
効果は絶大だった。
渡りに船とばかりに、わたしは背筋を伸ばしてカモン状態で続きを待機。
話題、変えちゃってください。
「鍵の力のおかげなのか、会話は問題ないみたいだけれど、えーと、どこまで通じているのかしら? あ、質問の意味、通じているかしら? その、何て言えばいいのかしら?」
「あー……。高性能な通訳機能は備わっているみたいなんですけど、辞書機能はないっていうか……」
真面目な質問きた。
でも、これ。
このすり合わせ、大事なことだよね。
鍵の力の機能については、さっき考えをまとめたところだったから、その結論をそのまま伝えたら「ん?」って顔をされたので、この説明じゃ伝わらないかと補足説明を試みる。
もしかしたら、回答の方向性が違ってる可能性もあるけど、ま、とりあえずね。
「えっと、その……。説明されなくても、ラピチュリンが星の護り手のことだとか、ラピチュアが星導師っていうのは、分かったんですけど。えーと、言葉の詳しい意味っていうか、文化的な背景? 歴史的な背景? んー、そういうのは、分かんないです。あ、こういうことで、いいんですかね?」
「あ、そう。そういうこと。ありがとう。察しがいいのね?」
「え? いえ、そんなことは……」
褒められて照れつつ謙遜。
よかった。方向性は合ってた。
わたしは、照れて謙遜しつつホッと胸を撫でおろす。
だけど、ルーシアは顎に人差し指を当てて、何やら考え込み始めた。
わたしは黙ってルーシアを見つめる。
活力あふれる褐色美人の憂い顔。
遠慮なく鑑賞させてもらいます。
そして、大体数十秒後。
ぷっくら形の良い唇が、小さく動いた。
「
そのまま……顎に指を当てたまま、ルーシアは黙り込む。
わたしは、詳しく聞きたい気持ちを堪えて、ただ耳を澄ました。
きっと、こっちから尋ねたら、誤魔化されてしまう。
呟きを拾えたのは、ラッキーだった。
たぶん、ルーシアは考えに没頭して、わたしの存在がすっぽ抜けてるんだろう。
呟きを漏らしたことにすら、気づいてない可能性もある。
エイリンは、鍵の持ち主のことは機密だって言ってた。
そして、夢を信じるならば、鍵の持ち主はこの星のお姫様だ。
この星とか国とかじゃなくても、貴族の姫とかでは、あると思う。
やんごとない身分のお方だから、機密。
てゆーか、本当に星とか国の王女様なんだとしたら、それって、もしかして国家機密レベル?
胸がドキドキしてきた。
恋のドキドキみたいに、いい意味でのドキドキじゃない。
やっべーの方のドキドキだ。
いや、だって。
ルーシアのさっきの言い方だとさ?
持ち主の見当はついているけれど、はっきり誰のものなのか確証はない……みたいな感じじゃない?
鍵の力を巡る星導教会と王家の確執――――みたいな展開になったりしないよね?
や、ラノベで楽しむ分には嫌いじゃないよ?
でも、自分がまきこまれるのは、ごめん被る!
わたしは息をひそめて耳を澄ました。
今後の立ち回りを考えるためにも、今は少しでも情報が欲しい。
けれど、さっきのひとり言以上の情報が得られることはなかった。
「ルーシア! 外へ! 新たな揺らぎを感知しました!」
絨毯部屋の外から、エイリンが緊急事態を知らせてきたからだ。